彼女と解答

「……しき、どうしたの?」

「えっ……」


あの後……こまちゃんを僕が殺した後、僕らはどちらからともなくあの地下へ向かった。


……正直、追い詰められた感じはあった。

何しろ、れいちゃんが屋上からパトカーみたいな影を見たと言っていたからだ。


……立ち入ってしまえば、きっと結末は全部決まってしまうと思った。


僕の……僕らの結末。


今更何もかも手遅れだけど、梅井さんの言うように、最後だけでも人として裁かれる事だって、ひとつの道としては確かにあったんだ。


……でも、選ばなかった。

僕らは……選ばなかったんだ。


それでれいちゃんが開けた地下室を見て……一瞬にして、全部思い出してしまったという訳だ。


『誰がこまちゃん殺したの?』


れいちゃんは聞いた。

僕の目の前には、まだ暖かいであろう栄村さんとこまちゃんが居た。


『それは……僕だ』


僕が言うと、れいちゃんは小さく微笑んだ。


その笑顔にどんな意図があったのか分からなかったけど、多分その頃には僕とれいちゃんの心は鏡の様に合わさっていたと思う。


「……何でもないよ。……いや、思い出しただけなんだ」

「思い……あぁ、忘れてたんだっけ」

「うん。どうしてかな……全部忘れてたんだ」


僕は反射的に流れた涙を拭いながらそう言って、れいちゃんの方に向き合う。


「……ずっと、ずっと長い間、待たせちゃったね」

「……」


僕がそう言うと、れいちゃんはしばらく黙り込んだ後、そのまま地下に足を踏み入れた。


「そうだよ……沢山待った」

「……ごめんね」

「……でももう良い、もう終われるから」

「うん」


僕もれいちゃんに続いて地下に入る。

月日の経った僕とれいちゃんではギリギリな狭さだったけど、それが逆に丁度良かった。


言うなればこれは二人の棺なんだから……狭くたって良いんだ。


ただ、二人の眠るスペースさえあれば。


「閉めるよ」

「うん」


蓋を閉めれば、辺りはすぐに真っ暗になる。


あんなにはっきりと残っていた壁中の赤い絵も、光が入らなくなって見えなくなってしまった。


きっと……僕ら以外が見つけてたら、こんなのホラーでしかないだろうな。


僕は苦笑しつつも、暗くなった空間でれいちゃんを探る様に手を伸ばす。


よく見えないのはあれだけど……まぁいいんだ。

闇に目が慣れれば壁の絵も、れいちゃんの表情もじきに見える様になるだろうし。


「れいちゃん、目慣れるまで……ちょっと話さない?」

「……良いけど、何を?」

「そうだな……せっかく思い出したんだし、昔の話がしたいな」

「昔の話……」


何を話すかも考えずに言ってしまって、僕が適当にそんな事を言ってしまえば……れいちゃんは当然困惑する。


「……しきって、何忘れてたの?」

「何というか……全部かな」

「全部……私も?」

「……うん、ごめん……」

「……」


正直に言うと、れいちゃんはちょっと驚いた様に息を吸った後、心底不思議そうに言った。


「……覚えてなかったのに、告白したの?」


まぁ……そっか。

れいちゃんがOKしたのって、僕が覚えてると思って……って、当然か。


全部思い出して、改めて思う。


……覚えてない方がおかしいんだって。

あんな事があったのに。


「何か……ずっと目につく様になってから、放っておけなくて」

「……へぇ」


れいちゃんはよく分からないと言うような返事をする。

まぁ……れいちゃんには、分かんないだろうな。


「……でも良かった、れいちゃんがOKしてくれて」

「……良くない」

「あっ、まぁそうなんだけど……」

「……」


……そうだよなぁ、あんな事忘れてたら当然怒るよなって分かる。

分かるのに……。


「……何?」

「何でも……」


何か、珍しく拗ねてるのか分からないけど……こんな事ってあんまり無いし、申し訳無いけど可愛いなって思ってしまう。


でも、そんな風に考えてたのがバレたのか、ちょっと怒られてしまう。


「でも、もう全部思い出したんでしょ?」

「うん。……全部覚えてるよ」


言っててちょっと照れ臭くなってしまう。


でも、……良かった。

ちゃんとれいちゃんとの思い出があって。


今となって、他の人じゃなくて良かったって思って、やっぱりこれが僕の辿るべき結末だったんだって、そう思った。


『だいすき』


結局あれも……れいちゃんが言った言葉だって分かったし。


そっか、あのれいちゃんに、僕は二回も大好きって言われてたんだ……。


「何ニヤニヤしてるの?」

「えっ……いやっ……!」


見ると、いつの間にか目が慣れていて……僕の醜態はすっかり彼女に晒されてしまったらしかった。


「意地悪だなぁ……」


こんなに穏やかでのんびり居られるのも、これから向かう先が分かっているからだろう。


……じきに、警察とかも来るだろうし。


あぁ……出来るならここで、一生見つからずに二人で眠って居られればいいのに。


何かの間違いで僕らだけ見つからずに、そのままこの廃校が倒壊して、瓦礫の山としてあるうちに、いつの間にか土に埋まっていたりしてくれないかな。


いや、そんな事考えてもキリないな。

最後くらい……幸せな事ばかり考えていたい。


「ねぇ、れいちゃん」

「なに?」

「……僕のどんな所が好き?」


そんな気持ちでつい聞いてしまうと、また不満げな顔をされる。


でも、やっぱり知りたくて、「お願い!」と手を合わせると、れいちゃんは大きく息をついてから僕の方をまっすぐ向く。


「しきは……バカな所が好き」

「バ……?!って……」

「覚えてないのに告白するし、デスゲームも逃げないし、私が言えば人も殺しちゃうし」

「ま、まぁ……そうなんだけど、言い方ってモンが……」

「でも、忘れちゃうくらいバカな所は嫌い」


僕が言い返そうとすると、れいちゃんはそう被せてきた。


「あっ……」


れいちゃんは……怒ってるだけじゃなくて、寂しそうだった。


そりゃそうだ。

一人でずっと、こんなに大きいものを抱えて、でも僕との約束を守る為に……ちゃんと生きてきたんだから。


「……ごめんね」


僕はそう謝ってから、ふとこまちゃんの言葉を思い出す。


『ごめん』より……。


「ずっと……ずっと頑張ったね、れいちゃん」

「……!」


れいちゃんはその言葉に顔を上げる。

色んな感情が混ざって、複雑に歪んだ顔。


れいちゃんは言われ慣れてないんだって、一目で分かった。


「大丈夫だよ。もう……終わるから」

「っ……」


そう言うと、れいちゃんは歯をぐっと噛んで俯いてしまう。


……最後だから、逃げない。


僕はそう心で決めて、そんな様子のれいちゃんを抱きしめた。


「……バカ」

「好きだよ、れいちゃん」


二人の言葉が同時に混ざって、それからどちらからともなく……いや、二人で縋り合うように双方にしがみつく。


あったかかった。


地下は……暗くて寒いから。


「本当は……しきは呼ばないつもりだった」


しばらくそのまま抱き合っていた後、れいちゃんは突然そう呟いた。


「冬にやるって時は呼ばなかったけど……中止になった」

「……うん」

「でも、学校にしきが居て……へぇって思ってたら、急に告白するから……」

「うん」

「一緒に死ねばいいのか、ずっと分からなかった。しき、普通に生きれてたから……」

「うん……」

「……。だから……」


れいちゃんは思うがままに話し続け、僕はそれをただ頷きながら聞いていた。


しばらくは拙くも話し続けていたれいちゃんも、突然引っかかって止まる。


「……ねぇ、しき」

「なに……?」


僕が答えると、れいちゃんは困った様な顔で僕を見ながら口を開いた。


「しき、痛いの嫌?……死ぬの嫌?」


れいちゃんはついに聞いてしまったと言う様な顔をしながら、反射で溢れる涙を止められないといった様に続けた。


「本当は……生きてたい?」

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