彼女の記憶

「ねぇ、ゲームしよう?」


面白そうに言う彼女に、僕は聞く。


「ゲームって?」


僕の言葉に、れいちゃんはゆっくり話し始める。


「見つかったら負けのゲームだよ」

「……負けたらどうなるの?」

「ん?……負けたら死ぬんだよ」

「えっ、死ぬの……?」

「うん。どっちも死ぬ」

「じゃあ、勝ったら……?」

「勝ったら、負けるか死ぬまでここで暮らし続けるだけ」

「……」


そんなの……ゲームって言うんだろうか。


とんだめちゃくちゃだったけど、彼女は当たり前の様に言う。


「こまちゃんとも遊んでたんだから、れいともゲームしてくれたって良いでしょ?」

「うーん……でも、死んだら悲しいよ?」

「大丈夫。死ぬ時はれいも一緒に死ぬから、そしたら寂しくないでしょ?」

「確かに……」

「……それに、」


僕が納得しかけていると、彼女は付け足した。


「しきもれいも大切じゃないから、居なくなっても誰も泣かないよ」

「……そうなの?」

「うん。だって、あんな時間に一人で外に出て良い子供は……大切に思ってないよ」

「そうなんだ……」

「でも大丈夫」


僕がちょっと悲しくなっていると、れいちゃんは言った。


「れいが、しきのこと大切にしてあげるから」

「……ほんと?」

「うん。だからゲームしよう?」

「うん!」


僕はれいちゃんの言葉が嬉しくて、勢いよく返事をした。


死ぬのはちょっと嫌だったけど、大切にしてくれるのがれいちゃんだけなら、れいちゃんと一緒にだったら良いかな……なんて思いながら、僕はその二人だけのゲームを始めた。


「れいちゃん、お腹すいた」

「もう?」

「うん……」


暗闇に入ってしばらく経った頃、最初に問題になったのは食事だった。


朝でも暗いその地下では、今何時頃かも分からなかったけど……とにかくすぐにお腹が空いた。


「……これじゃ、お腹すいたので死んじゃうよ?」


僕がそう言うと、れいちゃんは平気そうに答える。


「じゃあ食べ物探して来れば?」

「えっ……外出ていいの?」

「良いよ。見つかったら終わりだけど」

「あっ、そっか……」


見つからないで食べ物を見つけるなんて……出来るんだろうか。


「じゃあ……もうちょっと我慢しようかな」


とりあえずその時は何も思いつかなかったから、そうやってれいちゃんと寄り添って過ごす事にした。


このゲームに勝ち逃げなんてないって、気付かないまま。



****



「れいちゃん!お菓子あった!」

「良かったね」

「うん……全部下持ってくね」


少なくとも、丸一日は経ったであろう頃。

お腹がすいてどうしようも無かったので、僕は仕方なく地上に上がってたくさん置いてあるものを探っていたら、缶に入ったビスケットを見つけた。


「よっ……と」


見つかったら終わりだから、とりあえず全部下ろして蓋を閉め、中身が無いのがバレないようにした。


「見て、お水もあったんだよ」

「へぇ」

「でも、ちょっとしかないから……これキャップに入れてね、飲むんだよ」

「……へぇ」


でも、僕が食べ物を見つけたのに……れいちゃんはあんまり楽しそうじゃなかった。


つまんなそうな顔ばっかりして、ビスケットも全然食べないし……。


「……」


れいちゃんは……どうしたら楽しそうにするんだろう。

せっかくゲームして遊んでるんだから、たのしくして欲しいのに。


「ねぇ、死ぬってどうやるの?」

「?」


僕がふと聞いてみると、れいちゃんは不思議そうな顔をしてこっちを見た。


「どういうこと?」

「だって、普通にしてちゃ死なないでしょ?」

「あぁ……そっか、どうしようね」

「決めてないの?」

「ん……じゃあ、練習しとこっか」

「練習?」

「そう」


彼女はそう言って、僕の前までゆっくり移動して来た。


「何するの?」

「だから、死ぬ練習」

「?」


僕がよく分からなくて首を傾げていると、


「あっ……」


パシッ……と、ちょっと大きめの音を立てて、れいちゃんは僕の頬を叩いた。


「……痛い」


そう呟くと、じわっと涙が溢れて来る。


「うっ……どうして叩くの……?」

「……しき、そんなのも耐えられないの?」

「だって……」

「ダメだよ、死ぬのは痛いんだから」

「じゃあ死ぬのやだぁ……」

「……」


僕がそう言うと、れいちゃんは黙り込んでしまった。


どうしたのかなと思って見上げると……れいちゃんは冷たい目をして僕を見ていた。


「あっ……!」

「……しき、辞めるの?」

「だっ、だって……」

「そうなんだ。辞めちゃうんだ?」

「ぇっ……」


……どうしよう。


辞めたら、れいちゃん怒っちゃうよね。

僕がするって言ったんだもん。


でも、痛いのは嫌……。


「……しょうがないなぁ」


僕があわあわしながら黙り込んでしまうと、れいちゃんはそう言って立ち上がった。


「!」


僕は許して貰えると思って見上げると、れいちゃんは優しく笑っていた。


「じゃあ、こう思えば良いんだよ。痛いのは愛なの。れいの愛を愛だと思えるようになれば、もう痛くないから」

「愛……?」


れいちゃんの言葉を繰り返した僕に、れいちゃんは優しい笑顔のまま片手を振り上げた。



****



「ひっ……誰か床叩いてる……」

「これ、花火だよ」

「花火……?」

「うん。多分たくさん人居るから、見に行くのは出来なさそうだけど」


ドンドンと響く様な音に僕がれいちゃんにしがみつくと、れいちゃんはそう教えてくれた。


「書いてあげよっか」

「あっ、また書いてくれるの?」


最近、れいちゃんは僕が知らないものがあると、その小さな地下室の壁に絵を描いてくれる。


僕はそれが、一番の楽しみだった。


「わぁ……丸いんだね」

「うん。丸いお花みたいなのだよ」

「へぇ、可愛いね」

「……本当は光ってて、綺麗なんだよ」

「へぇー……!」


れいちゃんは全部描ききってから、壁から指を離す。


「それに……赤だけじゃなくて、いろんな色なんだよ」

「へぇ……れいちゃん良いなぁ、そんな凄いの見れて」

「……れいは見てないよ」

「えっ……見てないの?」

「うん」


聞くと、こまちゃんに教えて貰っただけで、見た事は無いみたいだった。


「普通の子は見られるのかな」

「普通の子は見られるよ」

「そっか……」


そんな話をして、やっぱり僕の家族はれいちゃんの言った通り、僕の事は大切じゃなかったんだな……って、ちょっと悲しくなる。


「しき」


……でも、良いんだ。

れいちゃんは大切にしてくれるし、愛してくれるから。


ちゃんと……もう痛くなくて、愛だって思える様になったから。


「可愛いね、しきは」


僕の血でのお絵描きの時間が終われば、れいちゃんはそう言って今日も僕とを繰り返す。


死ぬのももう怖くないし、僕も早く死にたいな。


だって……死ぬ時は一番痛いから、そしたられいちゃんは、僕を一番愛してくれてるって事だもん。


「れいちゃん、僕……今日も痛くないよ」


僕が言うと、れいちゃんは穏やかに笑って僕の頭を撫でた。


「しきはいい子だね」

「えへ……」

「私と死んでくれるんでしょ?」

「うん、れいちゃんと一緒」

「……そっか」


れいちゃんはそう言うと、ゆっくりと僕から手を離す。


「しき」

「ん、なに?」


呼ばれて見上げると、れいちゃんはまた小さく笑って、ちょっとだけ寂しそうに言った。


「だいすき」


そして、そのまま続ける。


「……だから、一緒に死のうね」


その言葉に、僕が答えようとした時……その時だった。


「えっ……子供!子供です!」


眩しいくらい明るい光が突然上から僕らを照らして、知らない大人が沢山来て、僕らを見て驚いた様な顔をしていた。


「……!れいちゃん!」

「しき……」


そして、僕らは引き裂かれた。


「いつか、いつか必ず……」

「うん、分かってるよ」

「……続き、ちゃんと終わらせて」


……最後、そんな約束を交わして。

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