〚ウシオ コマエ〛⁡

『愛してた。それで生きてきたのに』




「れいちゃん」


れいちゃんは、私の双子の姉妹だった。

お母さんさえ私達の事を区別出来ないから、どっちがお姉ちゃんでどっちが妹かも分からない。


でも確かに、そっくりな双子の……私の片割れの様な存在だった。


「今日も、あの公園で遊んだんだよ。泥団子が綺麗に作れたから、お砂場の端っこに埋めて隠しておいたの」

「へぇ。……楽しかった?」

「うん!」


れいちゃんは外に出られない。

だから、私がれいちゃんの分まで今日あった事を事細かに伝えた。


……れいちゃんにとって、世界は私の話す事が全てだから。


だから……綺麗な世界の事、たくさん知って欲しい。


「良かったね。こまちゃん」


私の事をこまちゃんと呼ぶ人は、もう他に居ない。


いや……あと一人かな?


「あ、こまちゃん!」

「……おはよう、しきくん」


それは……最近よく遊んでた子の、しきくんだ。


「ねぇ、今日はなにする?」

「うーん……泥団子は壊されちゃったから、今日は壊れない事にしよう」

「壊れない事?」

「うん。……かくれんぼとか、鬼ごっことか?」

「あっ、じゃあかくれ鬼は?」

「いいね。じゃあ、じゃんけん」


その日も、大体いつもの様に遊んでいた。


唯一気がかりなのは……泥団子とか、何か形のあるものを作ったり書いたりすると、それが壊されたり消されたりしてしまうという事だったけど……きっと公園の人が掃除でそうしてるんだろうなって、そう思う事にしていた。


「逃げるの得意だから、逃げる方にする!」


そんなこんなで、今日もこんな日々が続くと思ってた……のに。


「数えるよー……いーち……」


しきくんが数え始めて、早くどこかに隠れようとしていると、


「れいちゃ……!」

「しーっ」


その公園の入口に、れいちゃんが居た。


「何で?出てきちゃダメじゃ……」


私の言葉に、れいちゃんは声を潜めながら言った。


「……お願い」


その後、れいちゃんと一緒に家に帰ってから……れいちゃんはそのままどこかに行ってしまって、帰ってこなかった。


「れいちゃん……」


いつも二人で寝てたから、れいちゃんの居ない夜は怖くて、心細くて、心配で仕方なかった。


「今日はね、れいちゃんが帰って来ないの……」


私は話す相手も居ないのに、今日あった事を話し続けた。


学校に行っても上の空で、夕方いつもの様に公園に行ってもしきくんも来ない。


どうしよう。

私を……こまちゃんを知ってる人が、みんな居なくなっちゃった……。


「しきくん……れいちゃん……」


もう私は一人で生きなきゃいけないんだって、そう思っていた時、


「……こまちゃん」


れいちゃんは帰って来た。


「れいちゃん!」

「こまちゃん」

「れいちゃん、良かった、れいちゃん……」

「……こまちゃん」

「……?なに……?」


でも、れいちゃんは変わってしまった。


「……今度から、ちゃんと全部教えてね」


れいちゃんは……世界の綺麗さを十分に知る前に、世界に汚されてしまったみたいだった。



****



「れいちゃん……」

「よしよし、こまちゃん」


その後、辛い日々が続いた。


れいちゃんが突き落としてしまった人の所で責められたり、友達に嫌われてしまったり、クラスメイトの人達に怒られたり。


れいちゃんは慰めてくれた。

私はいつの間にか……れいちゃんに綺麗な世界を見せるんじゃなくて、辛い現実を話す様になっていた。


れいちゃんがそう頼んだのもあるけど……そうしないと、とても生きていけなかったから。


もう一人の私の様な存在のれいちゃんに聞いて貰って、私は耐えてきた。


……なのに、状況はどんどん酷くなった。

ただでさえ二人で居るのは大変なのに、お母さんは私をあまり帰らせないようにする為に、『お兄ちゃん』の居る所に行くように言った。


「!……れいちゃん!」

「こまちゃん……お帰り」


私だけ別の家でご飯を食べたり勉強したりしてる中、れいちゃんは何も出来ないで……こんなんで良いんだろうって、ずっと思ってた。


「こまちゃんが楽しかったなら、良いよ」


れいちゃんは毎日、私にそう言った。

その度、胸が締め付けられた。

どうして私達は……双子として、二人で暮らせないんだろう。

一人としてしか生きれないんだろうって。


「っ……」


だから、嫌だったけど……ちょっとホッとした。


れいちゃんの代わりに、私が辛い思いをすれば……可哀想なのは半々だって。


……中学生になって、私は知らない人に触られたり、お兄ちゃんに痛い事をされたりしたけど、全部我慢した。


「よしよし」


それは……れいちゃんが慰めてくれたから。

人間として生きさせて貰えないれいちゃんが、家で私の話だけを待っていたから。


しきくんと会えなくなって、私の名前を呼んでくれる人は……もうれいちゃんだけだから。


「れいちゃん……助けて」


でも……限界はあった。

れいちゃんに言ったって困らせるだけなのに、そう言ってしまって後悔していると、れいちゃんは言った。


「そんな時は、『サチ』に助けて貰えばいいよ」

「『サチ』……?」

「うん。サチはこまちゃんを守ってくれる、強い子だよ」


れいちゃんに言われるがまま、私は心の中にサチを飼った。

いや……サチで私の心を守った。


すると、怖くて逆らえない人にも、サチが強く言ってくれた。


「良かったね」


その事を言うと、れいちゃんはそう言って笑ってくれた。


……だから、


「っ……ごめんなさい……ぅぅっ……」


サチが壊されてしまった事、れいちゃんにはどうしても言えなかった。


始めて嘘をついた。

始めて……平気なフリをしてしまった。


私が辛いだけなのに。

でもそれ以上に……せっかくれいちゃんが頑張って助けてくれようとしたのを、台無しにしたなんて言えなかった。


れいちゃんは……私よりずっと、辛い思いをして暮らしてるだろうから。


「な、何の事ですか……」


そして、その辺りから……知らない人に声を掛けられるのが増えた。


刃物を向けられたりもした。

……怖かった。


「サチさん!」


何故か……『サチ』を知ってる人が、私の事をそう呼んで来る事もあった。


……どうして?

何で私達のサチを知ってるの?


「……れいちゃん?」


そして……とうとう気づいてしまった。


れいちゃんが、最近夜に出掛けてる事。


信じたくなかった。

れいちゃんは……外に出ちゃダメなのに。


れいちゃんが外に出られる様になったら……私はもう要らなくなっちゃう。


「れいちゃん!」

「……なに?」

「助けて、れいちゃん、れいちゃん……」


私はれいちゃんに見捨てられるのが怖くて、今までれいちゃんの事を思って、もうほとんど話す事は無かったのに……今まで苦しかった事、全部話してしまった。


「……」


れいちゃんは黙って聞いていた。


私は……全て話してから、後悔した。

れいちゃんに辛い現実を話してしまった。


……けど、


「じゃあ、私が復讐させてあげる」


れいちゃんは、そう言って笑った。



****



その頃から、私は昼に活動して、れいちゃんは夜に活動する生活を送っていた。

もちろん、お母さんには内緒で。


れいちゃんは、冬には出来るという。


私は……正直迷っていた。

それで本当に良いんだろうかって。


でも、それを頼りにいつ終わるかも分からない辛い日々を生きていけたのも事実だった。


「ちょっと、この子困ってますよ」


だから……そんな時にひとみさんと会ってしまって、私は分からなくなってしまった。


「帰りたくない?」

「!」


楽しかった。

楽しかったから……楽しい日が少しでもあるなら、復讐しなくても良いんじゃないかって思ってしまった。


れいちゃんは明日する為に、私の事を考えて、待ってくれてる。


でも……ひとみさんと別れてしまえば、私はもう復讐に生きる事しか出来ない。


「帰らなくていいよ!」


そんな迷いがあったから、


「帰りたくないなら……私んとこ、来てもいいよ」


その時……その救いに縋ってしまった。


「こまちゃん」


ひとみさんの事は、すぐに好きになった。

私に優しくしてくれる人なんて……居なかったから。


ちょっと態度がおかしくなった時もあったけど、私の事が恋として好きだったからと言われて……嫌われてなくて安心したと同時に、嬉しかった。


私、誰かに好きになって貰える人だったんだ。


恋として好きと言われれば、私も恋として好きになれる気がした。


だから、もういっそ……この人と暮らしていければ良いって、そう本気で思い始めていた。


「……こまちゃん」

「!れいちゃん……?」


だから……どうして。


「れいちゃん、昼間に出てきちゃ……」

「こまちゃん、帰ろう」

「えっ……?」

「……こまちゃん。こまちゃんが来ないなら……私はこまちゃんを置いてくよ」


どうして、そんな事言うの?


「ごめんね。やっぱり嫌だったよね」

「えっ……違……」

「いいの!……っ……いや、言い訳なんて、聞きたくないの……分かってよ……」

「……!」

「……ごめんね」


あぁ、こんな時に突き放されたら……。


「分かりました。……さようなら」


……私は、復讐に生きるしかなくなってしまった。


「行ってきます」

「……」


その日から、れいちゃんが昼に活動する様になった。

私はあれで心が壊れてしまって、これ以上まともにれいちゃんとして生きていけなかったから。


……心配だったけど、れいちゃんは毎日ちゃんと帰って来た。


でも、私には自分の事は話さなかった。


その代わり、毎日私に言った。


「大丈夫。今度はちゃんと二人で行こう」


日が近くなると、れいちゃんは私の話した嫌な事をしてきた人達に配るメッセージカードを書くように言った。


その中にひとみさんは居なかったけど……私は内緒で彼女にも宛てて書いて、残った力を振り絞ってポストに入れておいた。




だって……私が一番殺したいのは、ひとみさんだったから。



****



「ゲームしよう!」


そして、れいちゃんの手によって、私の復讐は始まった。


何よりも確実な……死を。

私を苦しめて来た人の死。


夜、私に痛いことをしたお兄ちゃんも、次の日には死んだ。


「あと三人だよ、こまちゃん」


れいちゃんはそう言って、久しぶりに私とくっついて寝てくれた。


死、死、死。

死が続いた。


……もう、何とも思わなかった。


『お呼び出しでーす。……二階に居る、栄村さん、栄村ひとみさん、僕が呼んでます』


そんな時、放送が聞こえた。


迷ったけど隣だったから覗きに行くと……そこにはしきくんとひとみさんが居た。


「……だから、もう私の前には姿を現してくれないんでしょ?」


あぁ、私の事……気付いてないんだ。


「……あなたは?」


せめてもの反抗心で、私はひとみさんにキスをした。


「!」


彼女は驚いた様な顔をする。


「こま……こまなの?」

「……」


ひとみさんは謝った。

私の事を考えて……私の為に。


そして何より、自分の心を軽くする為に。


「……終わり?」


……狡い人。


「ご、ごめんね!他にもいっぱい謝らなきゃいけないことあるよね……」


私は、たった一言欲しかっただけなのに。

信じてあげられなくてごめんねじゃなくて、これから信じてくれれば良かったのに。


「……えっ?」


困惑するひとみさん。

そりゃそうだよね、私に刺されるなんて思って無かったでしょ?


「別に……嫌いになんて、なってないよ」


でもね……本当は私、こういう人なの。

れいちゃんみたいな事をしても受け入れてくれる人じゃないと……きっと私の全部は、ひとみさんには受け入れて貰えない。


「でも最後くらい、『ごめん』じゃなくて『好き』って言って欲しかった」


……自分を殺してくる、『こまちゃん』でも。


「……好きだったよ、ひとみさん」


ね?

私達きっと、分かり合えないの。

無理だったの。


あなたと私、二人で幸せにはなれないよ。


「君、しきくん……だよね」


だから……せめて、一緒に。

一緒に行かせて欲しい。


私とひとみさん、そして……れいちゃんも。


置いていかれるのも嫌だけど、私達は二人で一人みたいなものだったから……バラバラになるのは嫌。


れいちゃんがしきくんをどうして呼んだのかは分からないけど、もし私の事を思うだけの気持ちでこのデスゲームを始めたんじゃないとしても……。


「れいちゃん、聞いてる?……私、ひとみさんを殺したから……その分の『お願い』は叶えてくれるよね?」


それは許せないけど……それでも、いや、だからこそ……置いていけない。


「私の『お願い』は……れいちゃん。れいちゃんが、しきくんに殺されて死ぬ事なの」



そしてそのしきくんに、私も……


「思いっきり切って」


……殺されよう。


「しきくんなら……私なら、しきくんは殺せるでしょ?」

「……」


れいちゃんは、あの時確かにしきくんと居なくなった。

もしれいちゃんにとってのしきくんが、私にとってのひとみさんなら……れいちゃん、これが私の最後の復讐。


「ばいばい、れいちゃん」


私を狂わせた、大好きな双子のれいちゃん。

誰よりも大好きだから、誰にだって……れいちゃんにだって、私達双子を引き剥がさせはしないの。


どうして私を選んでくれなかったの?……なんて、今更言わないから。

それだけは、しきくんに譲ってあげるから。


だからね、れいちゃん。


私は……あなたの最後を、ここに縛り付けたい。




私の死んだ、この場所に。

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