彼女と恋

「ん。いいよ」


泣きながら目黒さんを殺した僕に、れいちゃんは変わらずそう答え、一歩一歩近づいてくる。


僕の『お願い』は「助けて」だ。


れいちゃんはどうやって助けてくれるんだろう。

れいちゃんにとっての助けるって、どんなのなんだろう。


「あっ……」


れいちゃんは僕の目の前でしゃがむと、返り血でよごれた僕の頬を両手で包んだ。


そして、


「っ!」


……そのまま、僕の口にキスをした。


確かに、普通にお願いしてたら次はキスかなーなんて、考えてはいたけど……まさかれいちゃんからなんて……。


これがれいちゃんの考える助け?


つまり……れいちゃんの助けは『性』?


「んっ」


そんな事を考えていたら、いつの間にか口内を掻き回されていた。


違う……これは『愛』だ。


れいちゃんの救いは、愛だったんだ。


「ふっ……ん……っ……」

「ん……」


ふわふわする。


人を殺しちゃったのでハイになってるのも相まって、何が何だか分かんないくらい気持ちいい。


「んん……」


ずっと忘れてたな。

これが……このあったかいのが愛だった。


いつか誰かが言ったんだ。

愛は痛くて、それでいてとっても柔らかくてあったかくて気持ちいい。


初めてじゃないんだ、きっと。


だから僕は……


「サチ様ー」


……だから、邪魔しないでよ。


「何?」


魚住さんの呼ぶ声に、れいちゃんは呆気なく僕から口を離して答える。


これで、目黒さんの分の『お願い』が終わってしまったんだろうか。


早く次……やっぱり魚住さんかな。


と、そんな事を考えていると、


「こいつが死んだら潮汐さん、君に自殺して欲しい。それが僕の『お願い』だ」

「……は?」


……急にそんな声が聞こえて何かと思えば、そこにはいつの間にか魚住さんを人質にとった梅井さんが居た。


自殺して欲しいって……え?


……梅井さんに魚住さんが殺されたら、れいちゃんが死んじゃう?


「……!」


殺さなきゃ。

梅井さんは、れいちゃんを死なせる人だったんだ。


……殺さなきゃ。


僕はその一心で、梅井さんに向かってナイフを向けながら迷い無く首元を狙って走る。


「鈴村くん!考えろ!」

「……はい?」


……が。


ストップ!なんて言われても、止まらないつもりだった。


なのにその言葉に、梅井さんを殺そうと進めていた足は思わず止まってしまった。


だって……考えろって何だよ。

何を?


「鈴村くん、君が僕を殺すというなら……その前に僕が魚住くんを殺す」


……?


魚住さんは別にどうでもいいし、勝手に死んだって構わない。


だって梅井さんさえ死ねば、れいちゃんは無事に……


……あっ。


「気づいたか?僕は潮汐さんに自殺をお願いした。……つまり僕を殺しても、その前に僕が魚住くんを殺しさえすれば、彼女は勝手に死ぬんだ」

「そんな事……れいちゃん、そんなお願い無効だよね……?」


小狡い事を言う梅井さんだけど……そんなの、ここはれいちゃんが絶対的なルールで、そんなれいちゃんを遠回しに人質に取るような事なんて……。


「ん、いいよ」

「嫌だ!」


平然とそう返事をして、目黒さんに刺さっていた包丁を手に取るれいちゃん。


僕はれいちゃんにしがみついて、必死に何とかしようとするけど……焦りすぎて何も頭が回らない。


「死んじゃ嫌だ……」


ただ、そんな風に呟く事しか出来なかった。


「鈴村くん、違う」

「何が?!」


そんな時、梅井さんはまた変な事を言った。


……これ以上何をするというんだろう。


他に何もしないから、だから放っておいて欲しいのに……。


「一度二人で話がしたい。魚住くんはその為の人質だ。……僕だって人殺しはしたくないし、君達は私刑じゃなく……法によって裁かれるべきだと思う」

「どういう事ですか?……話せばれいちゃんを殺さないって事ですか?」

「死なせないかは分からないけど……今潮汐さんに死んで欲しくないなら、君は僕に従うしかないよ」


魚住さんの命によって叶えられる『お願い』……れいちゃんの無事を人質に、これから僕は梅井さんの言いなりになるって訳か。


でも……それでも僕は従うしかない。

れいちゃんの命が握られてる限りは……。


「……分かりました。話しましょう」


僕は頬に付いた血か涙かを拭って、そう答えた。



***



『向こうの教室で待ってる。準備が出来たら鈴村くん、一人で来るんだ』


梅井さんはそう言って、魚住さんを連れて別の部屋に行ってしまった。


「……れいちゃん、僕が何とかするからね。大丈夫……だから、死ななくていいから」

「ん?……うん」


僕はそう言いながら、れいちゃんの手に持っていた包丁をゆっくり離させる。


確実な隙を見つけないと、梅井さんは死に際に魚住さんを殺すだろう。


そしたら……れいちゃんは死んでしまう。


それか先に僕が魚住さんを殺すかだけど、れいちゃんがその場に居ないんじゃ、もしかして梅井さんが殺した判断になっちゃうかもしれないし、迂闊にそんな事も出来ない。


つまり僕は、確実に殺せる時まで梅井さんに従いながら……それを待たなきゃいけない。


……失敗は許されない。


大丈夫……僕なら出来る。

れいちゃんの為なんだから。


「じゃあ、行ってくるね」

「うん」


自分の命が懸かってるにも関わらず、れいちゃんは相変わらずな調子だ。


でも、それが彼女らしくて……この状況だと酷く安心する。


「あっ、しき」

「なに?」


僕が部屋を出ようとすると、れいちゃんがふと呼び止めた。


振り返るとれいちゃんは思い出した様に一言、


「今日の夜、花火上がるんだよ」


と言った。


「……あははっ」


そんな場合じゃないのに、マイペースなれいちゃんに、つい笑ってしまう。


「じゃあ……梅井さん殺したら、一緒に花火見てよ」


れいちゃんはその言葉にニヤッと笑って、「いいよ」と僕を送り出した。


「この調子で、頑張って」

「……うん」


れいちゃんは僕を応援してくれている。


だから……早く助けないと。


れいちゃんが生きる為に、そして……れいちゃんと花火を見る為に。


……楽しみだなぁ、早く夜になればいいのに。


あっ、それなら今日の分のゲームが終わっちゃう前に、梅井さんを殺さないとだ。


「……待ってたよ」


花火は今日なんだから、明日になったら叶わなくなっちゃうお願いだ。

今日死んで貰わないと困る。


「何ですか?話って」


聞いてるフリして隙を探そう。

どうせ大した話じゃない。


梅井さんだって生き残りたいんだ。

だから……僕をコントロールしようとする話をするだろう。


耳を貸しちゃダメだ。


「……潮汐さんの事についてだよ」


……耳を貸しちゃ……ダメ、だ。


「れいちゃんがどうかしたんですか?」


本気にしちゃいけない。


「僕は……実は招かれざる客なんだよ」

「はい?」

「そのままの意味だ。……僕はこの場に呼ばれてない」

「はぁ……じゃあ何で居るんですか?」


虚言だ。


「いつか……僕は小説家だと言ったね」

「……そんなの覚えてないです」

「それは嘘なんだ」


全部嘘っぱちだ。


「じゃあ何なんですか?探偵ですか?警察ですか?」

「……違うけど、見方によってはその本質は似た様なものかもね」

「あのね……なぞなぞしに来た訳じゃないんですよ、僕は」


何だってんだ。

関係ない。


「ごめんごめん。僕はね……記者の端くれなんだ」

「記者?……このゲームを取材でもしに来たんですか」

「うーん……半分あってるけど、半分違う」

「じゃあ何なんですか?そろそろはっきり言ってくださいよ」


何故かもったいぶって自分の職業を明かした梅井さんは、ゆっくり言葉を紡いだ。


「僕は、潮汐さんを追う記者なんだ。……そして彼女には、大変な秘密がある」

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