彼女と膠着
「……あと一時間で誰も死ななければ、この魚住が一人殺しまーす」
そう言ってれいちゃんがタイマーの音を鳴らすと、
「はぁい」
と、魚住さんが答える。
「殺す……って……」
「……」
その言葉に、栄村さんと柿本さんは揃って顔を歪める。
梅井さんはというと、興味深そうに腕を組みながら、何か考えている様だった。
れいちゃんがどのくらい続ける気なのかは分からないけど、自然に殺しが起こるまで永遠に続ける気では無いらしい。
こうやって強制的に人を減らしていってるし、それに……いくら山奥の廃校とはいえ、腐臭なんてしてきたらさすがにバレるだろうし。
一応そこまでは考えてるんだと、ちょっと感心してしまう。
……まぁ、感心してる場合じゃないんだけど。
僕だって、あの魚住さんって人に殺されるかもしれないんだから。
「……れい」
そんな事を考えていると、さっきまで静かにしていた波止場さんが、れいちゃんに向かって話しかけた。
「お前……いや、それは何だ?」
「……」
波止場さんの話しかけたのを、れいちゃんは魚住さん……いや、特別なイスに座りながら聞いて、当たり前の様に答える。
「奴隷だよ」
「……奴隷?」
「そう。奴隷」
奴隷……。
確かに扱いはそんな感じだけど、一介の高校生に奴隷なんているもんなんだろうか。
……デスゲームの主催者な時点で、一介の高校生とは程遠いかもしれないけど……。
そう考えてみると、今まで普通の高校生として接してきた僕にしてみれば、れいちゃんの事を全然知らなかったって事になるんだろうか。
それなら……ちょっと悲しいな。
「じゃあ……どうしてその事は、俺に言わなかった?」
波止場さんの言葉に、れいちゃんは小さくあくびをする。
「何で?……言う必要無いって思ったから」
「そんな事……兄妹だろ?」
波止場さんのクサイくらいに悲痛な声にも、れいちゃんはそっぽを向く。
「……」
でも、……僕は波止場さんをちょっと疑っているからか分からないけど、そっぽを向かれた波止場さんは、やるせなさと言うよりはイラつきで唇を噛んでいる様に見えた。
「でも……どうする?このままじゃ僕らの中から誰か、殺されちゃうんでしょ?」
で、そんな空気の中発言したのは、やっぱり梅井さんだ。
しかも、わざとなのか触れにくい所……だからどうしろって言うんだよって所に触れてきた。
「……もう、そっちの方がマシです」
栄村さんは寝れてないと言っていたし、疲弊し切った様にそんな弱音を口にした。
「殺される前に一人生贄を決めて、みんなで殺そうとでも言うんですか……?そんなの、誰かが殺されるのを待つよりよっぽど残酷ですよ……」
やっぱりさっき怒っていたのも虚勢だったのか、でもちゃんと正論を言う栄村さんに、梅井さんは「うーん」とうなる。
でも……やっぱりこんな疲れ切っていても逃げ出さないのは、栄村さんが何かおかしいのか、それともただ単に疲れてそういう行動に出る思考に至らないのか分からないけど、やっぱり不気味だった。
「……あっ、潮汐さん、質問!」
「何?」
そんな事を考えているうちに、しばらくうなっていた梅井さんは思い付いた様に手を挙げた。
れいちゃんが相変わらず特等席に座りながら答えると、梅井さんはさながら答えが分かった探偵の様にもったいぶってから言った。
「ここに居る全員で一人を殺したら……全員の『お願い』は叶うんですか?」
それを聞いて、「確かに」と思ってしまった。
この対立している状況、同じ目的の者同士で協力体制が作れるのだとしたら、かなり心強い。
それに何より……背負うものの軽さが比じゃない。
心理的に一人で一人を殺すのが無理でも、皆で責任を負い合うのなら殺せるという人も当然いるだろう。
人間は……そう出来てるんだから。
「うーん……それは無理かな」
そんな事を考えはしたものの、結局ダメらしいのでどうしようもない。
……が、
「一人死んだら一つのお願いだから、二人で二人殺せば、一人一つ叶えてもいいけど」
という事だった。
つまりは、協力自体は出来なくないという事だ。
ただ、協力体制が大きくなれば大きくなる程、殺さなきゃいけない人数は増えるという事になる。
一歩間違えれば結局仲間内で殺しが起きる可能性もあるし……よく出来た諸刃の剣だ。
「なるほど。いや、参考になった」
梅井さんはその答えに満足そうに頷いてから、そう答えて会話を終わらせた。
梅井さんがもう良いのが分かると、れいちゃんはまた足を組んで特等席でくつろぐ。
「……鈴村少年」
それをぼんやり見ていたら、……どうせふざけるつもりなんだろう。やけにニヤニヤとした梅井さんが耳元でコソッと呟く。
「どうだい?今一番無防備なのは、彼女のイスになっている彼……魚住くんだ。ここは一つ協力して、二人で彼を……」
「……嫌ですよ。れいちゃんが怪我したらどうするんですか?」
梅井さんがそれ程本気でないのは、ほぼ確実に断るであろう僕に提案している時点で分かったけど、それにしても
しかも二人で殺すって事は、もう一人を殺すのを前提にしている様な言い草だ。
一時間経った後のペナルティで起こるであろう殺人を止めたいのなら、一人で魚住さんを殺しに行っても良い訳だし。
やっぱり何か、僕がいかにも殺人大丈夫ですみたいな扱いをされているし……それに関してはどうしても気に入らない。
グロ耐性があるって事は、いつも人を刺し殺す妄想をしたり、ネットで漁ったグロ画像をニヤニヤと眺めている様なヤバい奴とでも思われてるんだろうか。
わざわざ言いはしないけど、僕は覚えてる限り至って普通の刺激しか受けずに暮らしてきた平凡な男子高校生だ。
そんな奴に、一体何を写し見ているのか知らないけど……全く迷惑な話だ。
「ごめんごめん、そうだったね。……君は、彼女のボーイフレンドなんだっけ」
「……言いましたっけ?」
「言ってたとも。最初会った時に、『彼女』に呼ばれて来たって」
「……」
「彼女は学校ではどうなの?鈴村くんとはどこまでいったのかな?」
「……デリカシーってモンが無いんですか、あなたは?!」
「ははは、青春だなぁー」
相変わらずうざったい様子に、僕がわざとらしく顔を顰めていると、急に梅井さんは真面目なトーンで言ってきた。
「結局、何も決まらないままそろそろになってしまったね。……潮汐さんは本当に殺させるかな?」
「えっ」
僕が思わずれいちゃんの方を見ると、れいちゃんはタイマーの方をじっと見て……あと少しなんだろう、時が来るのを待っていた。
「……」
そして……しばらくの沈黙が来る。
れいちゃんがゆっくり立ち上がり、魚住さんも四つん這いから膝立ち状態になった時、
ピピピピ…ピピピピ…
タイマーが一時間経ったのを知らせるべく電子音を教室中に響かせた。
「だれも死ななかったね。……魚住」
「はーい」
魚住さんは包丁を手に取って片手に握る。
「れい……誰を殺すんだ?何かゲームして決めるとか……?」
「……」
話しかけられて、れいちゃんは波止場さんの方を向く。
「もう決まってるよ」
存在感のあるれいちゃんの一言の後、……気配を消していた魚住さんを意識が捉えた時には、もう鋭い切断音と共に波止場さんが首元を割かれて倒れようとしている時だった。
「バイバイ」
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