〚ウメイ コウスケ〛⁡

『気づけば、『真実』に取り憑かれていた』




僕はしがない記者だった。


個人経営に近い、ネットの記事を書く記者。


雑誌で芸能人のゴシップを書くのはどうも性に合わなかったから、ネットに移って程々に需要のある記事を淡々と書く日々。


もうずっと……ずっとそうだった。


仕事に誇りなんてない。

ただ記事を書く、それだけ。


でもそれで飯が食えるってなら、悪い話でも無いだろう?


ただ、若い頃は張り込みを繰り返して働き詰めだったから、この歳になっちまって嫁も子供も居ない。


それだけは、ちょっと心残りかな。


『市掲示板』


……まぁ、そう嘆いたって仕事からは逃げられない。


僕は地元の掲示板を開く。


今日は……地元の特集を書くことになっている。


『駅前のそば屋めっちゃうまい』

『市長はげ』

『見てる奴いるー?』


いくら遡ってもまともな投稿が無い。

唯一マシな投稿のそば屋は、もう無くなってたし。


他は全部出会い厨、イタズラな書き込み……市の掲示板ってこんなもんなのか?


……まぁ、今の時代ネットを使ってる奴なんて、ろくな奴がいないのか。


「はぁ……」


再読み込みを繰り返しても、一向に更新されない……いや、されるハズがないサイトを見切って、今日はもうラーメンでも食べようと席を立つ。


やかんに水を入れて……うるさいと怒鳴られるから蓋は閉めないでおこう。


それで蓋を開けて、かやくを取りだしながら席に座って……


『市内に人を殺した子供が居るらしい』


「……えっ?」


目を疑った。

こんな書き込みあったか?


……今さっきだ。

僕が最後更新をした時に……偶然書き込まれたんだ。


「こうしちゃー居られない、ね……」


何かが高まる気がした。


……あぁ、思い出した。


僕は……こんな記事を書きたかったんだ。


知られざる『真実』に触れるような、スリリングで魅惑的な、そんな……。


「大地くん!メシ行けるか?」

『うわっ、何ですか急に……』

「奢るから、ちょっと聞きたい事があるんだ!……とにかく、いつもの居酒屋!」

『もー……』


僕は開けっ放しのカップ麺もそのままに、すぐさま後輩の大地くんに連絡した。



****



「人殺しの子供ー?」

「そうだ。何か心当たりは?」

「……そんなの、何で僕に聞くんですか」

「そりゃ、お前がこの町のお巡りだからに決まってんだろ?」


そう。

僕の後輩であり飲み仲間である大地くんは、この町の交番に勤務するお巡りだ。

……何かあれば、きっと知ってるだろう。


「そもそも殺しなんて、この町じゃ何年も……あっ」

「……何だ?どうした?!」

「いや……ね、ちょっと大変だったのを思い出したんですよ」


そう前置きして、大地くんの話し出したそれは……到底子供のしでかした事とは思えなかった。


残酷で孤独な少年少女の話。


それは物語の様で、残酷な現実だった。


「その子供は……今どこに?」

「えぇ……それはさすがに……」

「頼む!」

「……」


僕が頼み込むと、大地くんは困った様に黙り込んだ。


でも、僕が本気だと言うことが分かると、めいいっぱいなやんでから、


「……高い焼肉」

「乗った!」

「はぁ……貴方って人は……」


呆れた様にしながらも、大地くんは言った。


「危ない事しないでくださいよ、先輩」

「お、何だ?心配してくれんのかー?」

「あんたもう随分歳でしょう?!それに、ここらで事件起こされて、面倒を被るのは僕なんですからね?!」

「大地くんー!」

「うわっ!何ですか気持ち悪い!」


それから十分絡み酒して帰り、後日大地くんから大体の家の場所を教えて貰った。


……でも、すっかり忘れていた。

僕は何が聞きたかったんだ?


「……君が、人を殺した事?」


いや……殺した訳じゃ無かったんだっけか。

あの少年がどうなったのかも、そういえば聞いてなかったな。


「こ……殺してないです……」


でも、そんな風に怯える少女を見て……僕はなんて事をしたんだろうと自分を恥じた。


いい歳して、こんな……ネットの書き込みに踊らされて、何をしてるんだか。


「……すまん」


もう止めよう。

そう思っても、頭のどこかであの少女が人を殺したんじゃないかと、そう考えてしまいながら……普通の日々に身を委ねた。


……それなのに。


「!」


数年の時を経て、どうしてかまた、巡り会ってしまった。


『サチ様』


地元の怪しい集団を調べていたら、その教祖的な存在……『サチ様』の写真に辿り着いた。


「間違い無い。あの子だ……」


それから、僕の止まっていた時間は動き出してしまった。


どうしても……この心が止められなかった。


……知りたい。


そんな純粋な思いは、僕をいとも簡単に壊してしまった。


『それ、知ってる』


そして、そんな時……あの書き込みに返信が来ていた。


『詳しく』


書き込んだ奴も、何年も経っていたというのに結構早く返信していた。


『私だよ。今一番大きいネカフェに居る』


……始まる。


『真実』に近づく。


もしこれで来たのがあの子だったら……僕は夢を追いかけるのを止められないだろう。


ネカフェに張り込み、書き込み主と思われる男の声が聞こえたと思えば、


「……呼んだ?」


その後近くの席から顔を出したパーカーの少女は……あの子だった。


僕は声を掛けたいのを我慢して、必死に二人の会話に聞き耳を立てた。


「あっ、あの……殺したって、本当なんですか……?」


ほとんど有意義な会話をしなかった男だったけど、最後に重要な事を聞いた。


「……うん、殺したよ。赤ちゃんだけどね」


赤ちゃん……?


後日大地くんに聞くと、妊婦が子供に突き落とされて流産した事例は確かにあったらしいと返事が来た。


……やっぱりこの子はどこかおかしいんだ。


僕はその日から仕事を辞め、どうにか彼女の本性を……『真実』を知る為に、徹底的に調べ上げていた。


ただ、おかしな事があった。


「殺したんだろ?」


昼間何度聞いても、夜の彼女の様に答えない。

ただおどおどして、違いますと言うばかり。


でも、夜の彼女は……何かを進めていた。


「魚住、こっち」

「はーい」


そこは……あの廃校だった。


彼女はそこで何かを起こそうとしてる。

それが分かっても……何をどんな目的でしようとしているのかが、皆目検討もつかない。


でも……あの場で聞いてしまえば崩れてしまうだろう。


そして気づいた。


僕は何かを未然に防ぎたいんじゃなくて、何が起こるかが見たいんだ。


……悪いな、大地くん。


「あのー……」

「……何?」


一度、夜の彼女に話しかけた事があった。


その時の彼女は……いつもしつこく声を掛けているハズの僕の事を、ちっとも覚えていない様だった。


そして僕は気づいた。

昼と夜の彼女は……同じ人であって、別人なんだ。


そう……言うなれば、『二重人格』。


『8月29日の10時、廃校で、夢を叶えてあげる』


そんなある日、掲示板の返信が増えていた。

廃校は……彼女がせっせと作業していた、昔彼女が事件を起こした所でもある場所だ。


『夢を叶えてあげる』


心なしか……僕にも言われてる様な気がした。


「……よし」


僕はこの衝動を止められないんだ。

例え……死ぬ事になるんだとしても。



****



……来た。


朝からずっと張り込んでいたら、ゆっくりと山を登ってくる少女が見えた。


彼女は校舎に入って行く。


しばらく経って、僕もその後を追いかけると……彼女はあの、事件があったと言う事務室に入って行った。


「……」


僕は息を飲みながらそこを覗き込んだけど……暗くてどこにいるのかさえ分からない。


そのうち物音もしなくなって、仕方ないので外に戻ろうかと振り返ると、


「参加者なら、あっちだよ」


……心臓が止まるかと思った。

後ろには、確かに彼女が居たんだ。


……いつから僕の尾行に気付いていたんだろう。

彼女は部屋の奥に入ったと見せかけて、僕の背後に回ったんだ。


「みんな体育館に集まって貰うから。そこは立ち入り禁止」

「君は、一体……」

「早く。……参加するでしょ?」


そう言って薄ら笑みを浮かべる彼女を見て……僕は参加せざるを得なかった。


知りたかったんだ、彼女を。

彼女の纏う『真実』を。


「ゲームしよう!」


彼女は、僕の望んだ『狂人』だった。


彼女を見張りつつ集められた人達と会話をして、彼女が何故この人達を集めたのかを探った。


中には、彼女を調べるうちに浮かび上がってきた人達も居た。


昔彼女が突き落とした妊婦とその夫、近頃一緒に居た『魚住』という男……などなど。


「嫌ですよ、そんなの。無神経なんじゃないですか?」


その中でも、一番親しみやすかった少年……鈴村しきくん。


僕が何となく彼と行動を共にしたりしていたのも……彼がどこか大地くんに似ていたからかもしれないな。


「れいちゃん、助けて……」


だから、壊れていく彼を見て、どうしようもなく心が揺らいでしまったんだ。


「一度二人で話がしたい」


もう僕が長くは無いんだって分かっていた。

多分……この狂った空間で、多少なりとも正気と倫理観を兼ね備えている僕は、生き残る事は出来ないだろう。


だから、伝えておきたかった。


集めてきた『真実』を、発信するまでが、僕の夢見てきた仕事だったから。


「教えてくれ、鈴村くん。あの日何があった?」

「うるさい!黙れ!」

「彼女の本性は何だ?!」

「そんなの無い!れいちゃんは僕の……!」


最後に訊ねると、鈴村くんは段々と力を弱めていった。


「……僕の彼女だ。ただの……それだけなのに……」


そして、地面に崩れ落ちた。


「……どうして僕達を、あの時……死なせてくれなかったの……」


……そうか。

やっと……やっと分かった。


彼女はやり直そうとしていたんだ。


「ごほっ……」


あの日の続きを。


「……死ね」


……あぁ……ごめん、大地くん。

君の仕事、増やしちゃったなぁ……。

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