彼女と欲

「おいで。……れいが連れてってあげる」


彼女の言葉に僕は目を輝かせながら、手を引かれてどんどん知らない場所へ進んでいく。


「どこ行くの?」

「しーっ。誰にも見つかっちゃダメだよ」

「……!分かった……」


走ってるうちに家はどんどん少なくなって、その代わりに道が斜めになっていく。


光も段々無くなっていって、ぼんやりと光るのが点々とあるだけになってしまった。


彼女もさすがに疲れたのか、走って登ったりはせずに、ゆっくりゆっくり、手を繋ぎながらその坂道を上がっていった。


「……」


僕は彼女の言いつけ通り、一言も喋らなかった。


彼女も何も喋らなかったので、とても静かなまま二人分の足音が夜のちょっとだけ涼しい空気に響く。


「……見てごらん」

「これ……学校?」


そして、何十分歩いたか分からないけど、山の上には確かに学校があった。


知らなかった……こんな所に学校があるなんて。


「見つかっちゃダメだよ。ほら、おいで」

「あっ……待って……!」


彼女は楽しそうにそう言ってから、校舎に向かって走って行ってしまった。


僕は慌てて追いかけて、二人で静かに校舎の中に忍び込んだ。


「大丈夫なの?怒られない?」


ふと不安になってしまって聞くと、


「大丈夫。バレなきゃ怒られないよ」


と、彼女は笑った。


「わぁ……」


そのまま、見た事が無い学校を二人で歩く。


何もかもが新鮮で、僕はあちこちに惹かれて楽しくなった。


「知らなかったなぁ、夜って楽しい」

「しーっ」

「あっ……ごめん」

「こっちおいで」

「……?」


そんな風に長くて暗い廊下を進んでいた時、彼女は突然そんな風に言って、一つの部屋に入って行った。


僕も着いて行って中に入ると、そこには大きなベッドが二つと、あとは机とかがあった。


「ここ、保健室のとこ?」

「多分ね。……今日はここで寝よう」

「えっ……お家帰らなくていいの?」

「良いんだよ。おいで」


僕は少し心配だったけど、彼女に従って部屋の奥へと進んで行く。


「しきはこっち、れいはこっち」

「ベッド二つあるのに、一つで寝るの?」

「うん。れい一人じゃ寝れないから」

「そっか……」


そんなこんなで、一つのベッドの窓側に彼女、廊下側に僕で寝る事になった。


「えっと……じゃあ、おやすみ?」

「ん、おやすみ」


ぎゅってして寝るのは初めてだったから……しかも、女の子と一緒に寝るなんて初めてだったから緊張したけど、気づけばぐっすり眠っていて、


「しき!起きて!」

「……?」


……起きた頃には、すっかり朝になっていた。


「早く、こっち」

「んぇ……?」


寝起きにそんな風に手を引かれたと思えば、ベッドの下に押し込まれる。


僕は何が何だか分からなかったけど、勢い良く扉が開いて先生みたいな人が入って来ると、途端に大変なんじゃないかと焦ってきた。


「どうしよう、見つかっちゃう……」

「しーっ。……こっち」


僕が焦っても彼女は冷静に、とりあえず隣のベッドの下まで移動する様に引っ張ってきた。


「ほら、しきもこっち」


先に素早く隣のベッド下に移動した彼女に手招きされて、僕は勇気を出してそこに走り込んだ。


……が、


ガツンッ!


「いっ……!」


……上手くいかなかった。

緊張していたのもありベッドに潜り込みきれず、頭をぶつけてしまったんだ。


「?……誰かそこに居るの?」

「!」

「しき、こっち!」


するとその音に気づいて、さっき入って来た人がそう声を上げた。


僕がもうダメだとぎゅっと目を瞑ると、れいちゃんは一か八かというように僕の腕を引っ張って一目散に走った。


「えっ……子供?!」


見つかった。

見つかっちゃった……。


「しき、走るよ!」

「っ……う、うん……っ!」


凄く怖かったけど、彼女が手を握ってくれているから泣かなかった。


……廊下の角まで移動すると、その途端に階段の上の方から話し声がした。


「ど、どうしよう!人……!」

「……こっち」


最早行き場が無い。

もうおしまいだと思っていた時、彼女は咄嗟の判断か近くの部屋に入った。


「ここは……?」

「……知らない」


その部屋には、物がいっぱいと机とか……とにかく、いろんなものがあった。


「ここに隠れるの……?」

「うん。見つかっちゃ怒られちゃうからね」

「わ、わかった……」


怒られるのは嫌だから、隠れないと。


どこか良い隠れ場所が無いか探していると、


「ここに隠れよう」

「これは……?」

「知らないけど、下に隠れるとこがある」


そこには……何か物をしまう用か分からないけど、地下室の様な空洞があった。


彼女はそのまま、中に入って行こうとしてしまう。


「えっ……ちゃんと戻れる?」


僕が思わずそんな事をいうと、彼女は顔をしかめた。


「戻りたいの?」

「……えっ?」

「れいと行ってくれるんじゃないの?」

「い、いく……」


怖かったけど、彼女に置いて行かれる方がよっぽど怖かった。


だから僕は……一緒にその真っ暗で肌寒い地下に入って行った。


彼女が蓋を閉めると、夜かってくらい辺りは暗くなる。


そんな真っ暗の中で二人で身を寄せあって体育座りしていると、世界に二人しか居なくなったみたいだった。


「れいちゃん……ここだったら、ずっとれいちゃん居られるね」

「気づいた?……ここはずっと夜だから、ずっとれいが居られるの」

「うん。それだったら……僕もずっとここでもいいや」


僕がそう言って彼女にくっつくと、彼女も僕とくっついてあったかかった。


「……しき」


そして、いくらか静かに寄り添い合っていると、ふとれいちゃんが口を開いた。


「なに……?」


僕が答えると、れいちゃんは静かに言った。


「ねぇ、ゲームしよう?」



****



ポタッ…ポタッ…と、水滴の垂れるような音で我に返る。


そうだ……何で忘れてたんだろう。


梅井さんの言う事件は確かにあって、それはれいちゃんと僕にあった出来事だったんだ。


あの後の事はまだあんまり思い出せないけど……きっと二人で過ごしていた。


「わっ」


そんな事を考えていたら、梅井さんが僕の方に倒れて来て押し潰されそうになる。


「もう、重いなぁ……」


僕はそれほど力が強い訳でも無いので、成人男性の……肥満体型の人なんかを支えるのは一苦労だ。


「よっと」


僕はそんな風に声を上げながら、ドサッと梅井さんを横に転がす。


「あー、でも良かった。梅井さんが意気地無しで」


僕はパンパンと手を払いながら呟く。


「結局魚住さん一人、殺せないなんてさ」


首にナイフが突き刺さった梅井さんは、もうピクリとも動かない。


「……それだから僕に殺されちゃうんだよ」


僕が膝を落としたら、すっかり油断してくれちゃって。

力の入ってない手にまだナイフが握られてた事、どうして気にしなかったんだろうね。


……やっぱり抜けてるのかな、この人も。


だから僕が下から突き上げる様にナイフを刺すまで、自分がまだ危険だって事に気づかなかったんだ。


魚住さん一人殺す度胸も無いこの人には……こんな結果で十分だ。


「しき、殺したね」

「!……れいちゃん」


そんな事を考えていると、後ろかられいちゃんの声がした。


魚住さんが解放された時に呼びに行ったんだろうか、彼女は扉の所からこっちを見ていた。


僕はたちまち頬を緩ませ、用意しておいた『お願い』を告げた。


「れいちゃん。今夜一緒に、花火見ようよ」

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