〚サザイ アンナ〛
『返して欲しいだけ、大切なものを……』
「返して……」
私は目の前に居る女の子に懇願した。
「ご、ごめんなさい……」
「謝るなら返してよ!」
「違……い、いや、ごめんなさい……」
この子は誘拐犯。
私の子供を誘拐して、今もどこかで監禁してるのに、いつまで経っても返してくれない。
「お願い……お金ならいくらでも出すから……」
「……ごめんなさい」
「じゃあ何が目的なの……?どうやったら私の子供を返してくれるの……?!」
「……」
女の子は黙ってしまった。
「……杏奈、潮汐さんそろそろ時間だから」
「時間?!橙吾は子供の事、どうだっていいって言うの……?!」
「……どうでも良くないよ。でも、これじゃキリが無いから」
「そんな事……!」
橙吾は私の夫。
最近は疲れた感じにしているけど……それと同時に薄情にもなってしまった気がする。
でも、信じられなかった。
あんなにも二人で、大切にしようって、約束してたのに……。
……それなのに、子供を返して欲しく無いの?
私だったら、目の前に犯人が居るって分かっのたら、脅してでも返して貰おうとするのに……それをしようとすると、橙吾は止めるし……本当に何なの?
訳が分かんない……。
「……」
カタカタカタ…
『助けて……』
『大丈夫?』
『それは辛いね』
『旦那さん、それはおかしいよ』
……やっぱり私が普通だよね。
変なのは、あの子と橙吾。
「……杏奈、病院の時間」
いつも通りの日に、橙吾はそう言って部屋に入って来る。
「私……行かないから」
私が告げると、橙吾は更に疲れた顔をする。
……もう私の事なんて、好きじゃないんでしょ?
だから、子供の事も……いや、もう何もかも好きじゃないんでしょ、知ってるから。
「……何で病院嫌なの?」
「何でって……私は病気じゃないから」
「うん……あぁ、分かってるよ。でも薬は貰わなきゃいけないから。ね?」
「薬……あれって何の薬なの?そういえば私、どこも悪くないのに薬飲んでる」
「……」
橙吾は黙り込んでしまう。
……え?
もしかして……橙吾、私に変な薬飲ませてる?
そうだ……絶対そうだ……お医者さんとグルになって、私で実験してるんだ……。
そう、きっとお金も貰ってる……だからあんなに疲れた顔してるのに、……私の事なんて好きじゃないのに、私と一緒に居るんだ。
……逃げなきゃ。
計画を立てなくちゃ。
お医者さんも敵なら、この国の政府とか……偉い人とかもみんな敵かもしれない。
いや、きっとそうに決まってる。
みんなで私を攻撃してるんだ。
「……」
カタカタカタ…
カタカタ…
カチッ…
カタカタカタカタ…
『それは逃げた方が良いね』
『私たちはanちゃんの味方だからね!』
『そういう時は外国に逃げるのも良いかも』
「……ははっ」
橙吾にバレないように、計画は綿密に決めておかないと。
そう……それまでにあの子から子供を取り返す事も忘れずにね。
子供と二人で、景色の綺麗な山奥の家で、ひっそりと暮らすの……。
そしたらきっと、大丈夫になるから……。
****
最近まで小学生だったあの子は、もう高校生になったらしい。
私の子も……もう小学生になる頃か。
早く返して欲しいのに。
「あの……私、やっぱり……あなたに言わなきゃいけない事が……」
「言わなきゃいけない事?その前に子供を返してよ!」
投げたら花瓶が割れた。
「っ……あなたの子供は……」
「うるさい!帰って!!」
言い訳なんか聞きたくない。
私は近くにあった雑誌を投げつけて、その子を帰させた。
「杏奈……っ!!」
「……」
橙吾が咎めるように言うけど、もうほとんど私の耳には届かない。
「……次来た時に、返してもらわなきゃ」
……そう、思ってたのに。
「……」
しばらく空けてからやっと来たと思ったら、その子は一言も喋らなくなっていた。
ただ、帰り際小さな声で、
「……ごめんなさい。もう許してください……」
とだけ言って、それから家に来ることは無かった。
「どうしよう、どうしよう……返してもらってからじゃなきゃ逃げられない……子供を置いていけない……」
私は焦った。
せっかく立てた計画が、……崩れてしまう。
とうとうおかしくなりそうだった頃、
「……」
マンションの前の花壇の横に、あの子が見えた。
「!」
あの子は窓から見る私と目が合うと、うっすらと笑って手に持っていた手紙の様なものを見せてきた。
……もしかして……それに私の子供の居場所が……?
急いで部屋を出てあの子が見えた場所に行くと、もうあの子は居なかった。
けど、その代わりにさっき手に持っていたのが見えた手紙が落ちていた。
『8月29日の10時、山頂の廃校の中で。潮汐』
「……」
そこで……そこで会えるんだ……。
「良かった……計画は終わりじゃない……」
やっと生きる希望が見えた。
私はその日のうちに荷物をまとめて、ネカフェに泊まり込んだ。
『良かったね!』
『廃校って、雰囲気あるね…気をつけてね!』
『29日、もうすぐだね!』
「大丈夫……もうすぐ一緒に逃げられるからね……」
私は思い出す様にお腹をさすった。
「私の子……」
****
「えっ……何で、橙吾が……」
その日、私が朝早くから行くと、そこには既に何人かが居た。
同じ様にあの子に子供を誘拐された人かと思ったけど、あの子の味方かもしれないから、なるべく関わらないように隅でひっそりとしていたら……何故か橙吾が来た。
「杏奈、落ち着いて聞いて」
「嫌!どうして邪魔するの……?!」
「違うんだ。……僕も、子供に会いに来たから」
橙吾はそう言ったけど、まるで信じられなかった。
じゃあ何で、私に薬を飲ませようとしたの?
……何か確証が欲しい。
なんでもいいの、何か信じられるもの……。
「ゲームしよう!」
そんな時、あの子は現れた。
彼女の説明を聞くうちに分かった。
デスゲームに勝てば、子供を取り返せる……!
「一人殺すと、一つ願いを……」
そこまで聞いて、現実はもっと簡単だと分かった。
全員殺さなくても、一人殺せば私の子供は戻って来る。
……あとは、何とか言って橙吾を殺せば、その分のお願いでゲームを終わりにして逃げられる……。
完璧だ……!
「嘘嘘!いくらこんなんだからって、殺しはさすがに……」
私は一番近くの、一番殺しやすそうな子を……確実に殺せる様に、首元を切り裂いた。
……良かった。
夫婦だからって一本しか包丁を貰えなかったけど、橙吾が持ってる事になってたら……大変だったから。
「何でも叶えるって、言いましたよね……?」
私が言うと、その子は答える。
「……じゃー、お願いをどうぞ」
「私の子供!……私の子供を、返してください……」
その子は私の言葉に聞き返してくる。
早く返して欲しかったから必死で頷くと、その子は橙吾と話し始める。
……えっ、もしかしてグルなの……?
殺したら叶えてくれるのは、嘘だった……?
と、そんな事を思っていたら、
「杏奈、この人が連れてってくれるよ」
「ほんと……?橙吾、ほんとなの……?」
「あぁ……」
……橙吾はやっぱり味方だったんだ……!
良かった、やっと子供に会える……。
「……行こうか」
「うん……!」
久しぶりに信用出来る橙吾に引かれて、私達は体育館の奥に移動する。
「良かった……どこから来るの?もう来る?」
「……もう会えるよ」
待ちきれなくて浮かれながら聞くと、橙吾は静かに言い放った。
「杏奈は知らないままでいいよ。……もう行こうか」
「えっ?」
しゃっ
鋭い音に、声はもう出なかった。
ただ、橙吾に抱かれて……。
「……今度は3人で、幸せになろう」
……何が何だか分からないまま、視界はぼんやりとして、私は消えていった。
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