二日目(午前)

彼女の秘密

「サチについて知りたい?」

「……はい」


あの後、気になって眠れなくて……そんな事をしているうちに朝になってしまった。


朝になると波止場さんが弁当を配りにやって来たので、つい聞いてしまった。


「何だ、何かと思ったら……そんな事か」


波止場さんは何がおかしいのか軽く笑ってから、ごめんごめんと続ける。


「俺も確実に分かるって訳じゃないんだけどね。多分……あれはれいの人格だよ」

「……人格?」

「そう。二重人格って言ったりするでしょ?そういう感じのさ」

「……」


……だからか。


れいちゃんの姿をしているのに、れいちゃんだって感じられなかったのは……『サチ』だったから?


「人格って……どんな感じになるんですか?」

「どんな感じ……って?」

「えっと……こういう時になる、とか……」

「うーん……それはちょっと分からないけど……『サチ』は最初から居た訳じゃなかったよ」

「……」


……正直、二重人格って言われても、ピンと来なかった。


「……えーっと、もう良いかな?」

「あっ……はい」


けど……どれも波止場さんに聞くのも違う気がして、僕は結局モヤモヤしたまま貰った弁当に手をつける事になった。


「……二重人格か」

「!」


箸を割ろうとした時、いきなりそんな事を言って後ろから現れたのは……梅井さん。


おかげで綺麗に割れなかった。


ちょっと不機嫌になっていると、「中々興味深い話をしてたね」と、梅井さんは遠慮もせずに隣に座って自分の弁当を開いた。


「『サチ』が彼女の人格なら、彼女に何かしら強いショックがあったんだろうね」

「……強いショック?」


無視して食べ進めようとしていた時、思いがけず気になる単語が梅井さんの口から出て、思わず拾ってしまう。


「あぁ。……知らない?人格は普通に暮らしててパッと出てくるもんじゃないんだよ」

「……じゃあ何なんですか、その強いショックって」

「そんなの、……僕は彼女じゃないんだから分からないけどさ」


僕が詰め寄ると、梅井さんは困った様に手を振って、顎に手をやって考え込む様にさする。


「様々だからね。寂しくて自分の話し相手にとか、受け入れられない現実から逃げる……まぁ、そうだな。現実逃避が多い」

「現実逃避……れいちゃんが?」


真顔で人を刺せるれいちゃんに、これ以上何から逃避しなきゃいけないというんだろうか。


……それとも、アレは『サチ』の方だったって事?


ますます分からない……。


「まぁまぁ、鈴村くん。弁当でも食べようじゃないか」

「……貴方が邪魔したんじゃないですか」

「そう言わずに。……ほら、昨日の夕方作られたばっかりのお弁当だ」

「ばっかりって程じゃ……」


……あっ。


「誰がゲーム中に外に出たんだろうね?……主催者の潮汐さんかな?それともお兄さんの波止場さん?」


梅井さんはそう言って、楽しそうに笑った。


……そうだ。

この人も狂ってるんだ。


四人殺されて、未だここに留まってる時点で……みんなおかしいんだ。


「あと一時間でーす」

「!」


あの後、梅井さんの人懐っこいトークを延々と聞かされていた時、そんな事を言ってれいちゃんがひょこっと顔を出した。


断じて打ち解けては居ないけど、あの人の扱いにはだいぶ慣れてきた気がする。


「れいちゃん」


僕が駆け寄ると、れいちゃんは軽く手を振ってくれる。


「昨日……大丈夫だった?」

「……昨日?」

「あっ……いや、何でもない」


よく分からないけど、二重人格……『サチ』の時の記憶はれいちゃんには無いんだろうか。


「ねぇ……ちょっと時間取れない?」

「時間?……まぁいいよ。始まるまでね」

「……うん」


とりあえず、約束を取りつけることが出来た。


聞けるならば何でも聞いてしまいたいけど……とりあえず重要な事、彼女がどんな状況で、何をしたいのか知らなくちゃ。


僕がこの場から逃げずに留まってるのも、デスゲームが好きとか殺されたいとかじゃなくて……彼女がどうしてこんな事をするのかと、どうしてこの場に僕を呼んだのか知りたかったからだ。



***



「ここでいい?」

「うん」


れいちゃんは、なんと屋上まで連れて来てくれた。


適当に座る彼女の隣に座ると、何だか久しぶりに普通の生活の……付き合っている日々の中に戻った様な気持ちになってドキドキする。


「……れ、いちゃんってさ、」


何だか緊張して噛み噛みになってしまったけど、話し出してしまったからには続ける。


「……好きな食べ物ってあったりするの?」


やっぱりいきなり核心的な事はどうしても聞けなくて、そんな事を言うと、れいちゃんは普通に答えた。


「ない」


……繋げにくい。


「そうなんだ……。あ、僕はね、甘い物がちょっと好きなんだけど……ケーキとか、誕生日にしか食べないようなものは特別な感じがして好きだなぁ……」

「……ケーキは嫌い」

「あっ……ごめん……」

「……」


しまった。

地雷を踏んでしまっただろうか……。


「……あっ、ケーキと言えばね、僕……小さい頃の記憶無いんだよね。小さい頃はよく食べてたって言われたんだけど、それだから覚えて無くてさー」


……話してるうちに、どんどん変な方向に向かってる気がする。


れいちゃんの嫌いなケーキの話で広げちゃったし、何かうっかり重い事……言ってなかったのに、暴露しちゃったし……。


「……覚えてないの?」


ただ、一つだけ収穫があったとするのなら……代償とは到底釣り合わないかもしれないけど、れいちゃんの興味を引けたという事だろうか。


「うん、そうなんだよねー!これ結構大変でさー、小さい頃の友達と会っても、誰だか分かんないし……」


あくまで明るい話で進めようとしたら、ふと気づいた時に、れいちゃんが見たことも無いくらい複雑な表情をしているのに気づいた。


「あっ、ごめん、笑い事じゃないよね……」

「……忘れたんだ」

「えっ?……うん」

「……」


れいちゃんはそのまま立ち上がり、帰ってしまおうとする。


「あっ……えっ?ちょっと待って……!」

「……」


あんまり急だったから、反応に遅れてしまう。


それでも何とか扉の所で引き止めると、


「……何?」


と、振り返りもせず言われた。


「……もうゲーム、始まるんだけど」

「ごめ……あ、じゃあ一個だけ、最後……」


僕がダメ元で言うと、少し悩んだものの「……いいよ」とれいちゃんは答える。


「れいちゃんは……どうなればいいと思って、デスゲームなんかしてるの……?」


答えてくれるか……いや、答えてくれないだろうけど、何かしらヒントが欲しかった。


彼女をここまで駆り立てるのは何なのか。


「……」


沈黙が流れる。


両者が動かず喋らずの中、ただ時間だけが過ぎていった。


空気を悪くしちゃって、聞かない方が良かったかもとまで思い始めた時、やっとの事でれいちゃんはその重い口を開けた。


「……そんなに知りたいなら、誰か殺して『お願い』すれば良い」


……れいちゃんはそれだけ言って、扉の向こうに消えていった。


僕も慌てて後を追ったけど、着いた頃にはみんな集められて、ゲームが始まらんとしている時だった。


キーンコーンカーンコーン…


「……ゲーム開始でーす」


そして、もう聞き慣れたキーのズレたチャイムの音と共に、二日目のデスゲームが始まる。

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