彼女と欲望

……これまでに三人死んだ。


桃井さんが佐斎さん……杏奈さんに殺されて、杏奈さんは橙吾さんに殺されて、橙吾さんは自分自身を殺した。


連鎖的に殺しあってたのが、その三人死んだので決着がついた様に静かになった。


「……お願い」


その空気を破ったのは、れいちゃんの呟いたその一言だった。


「お願い、叶えなきゃ」


れいちゃんはそう言って、佐斎さん夫婦が転がっている方までぺたぺたと歩いて、その場で立ち止まった。


「……一旦ゲーム休憩にするから、何人か手伝ってくれない?」

「は、はいっ!手伝います!!」

「俺も!」

「僕も……」


一人が声を上げると、次々と声を上げる人が現れる。


僕も手を上げると、立候補者は半数以上になった。


……願いを叶えるって、多分あの佐斎さんのお願いだから、二人を埋葬する……つまりは死体埋めの手伝いって事だ。


そんなのにこんな人数が立候補するなんて……ほんと、僕含め狂ってるとしか言いようが無い。


「じゃあ、じゃんけんして」


結局、れいちゃんの一言で四人程に絞られる事になった。


……しかも、何だかんだで勝ってしまったし。


「おー!鈴村くんも一緒か!」


そして……あの失礼なおじさん、梅井さんも一緒だった。


「じゃあ二人ずつで一人持ってね」


れいちゃんの声掛けに、梅井さんと一緒なのもなんだか嫌だなと思ったので、大人しそうな別の人の方に行く。


「あっ、ちょっと鈴村くーん!」


そういえば名乗って無かった気がするから、僕の名前も栄村さんとかが呼んでるのを聞いていたんだろう。


胡散臭いのには変わり無かったから軽く無視していると、


「あっ、そっちは危ないよ」


と、一緒に運んでいた男の人に声をかけられた。


「何でですか……?」

「……ほら、そっちは山道だから、普通の人が通るかもしれないでしょ」

「あっ……そっか」


何故か忘れていたけど、この状況を見られるのはマズイんだった。


僕が草むらの中に戻ると、ちょうどれいちゃんが「ここらへん!」と場所を決めている所だった。


「じゃあ、いっちょ掘るかぁ……」


当たり前だけど、埋めるにはまずは墓穴を掘らなきゃいけない。


「目黒くん、僕たちで取りに行こう!」

「はぁーい」


結局、梅井さんと、一緒に運んでいた……目黒さん?の二人が、シャベルを探しに行く事になった。


「……れいちゃん」

「何?」


男の人とれいちゃんと三人取り残されて、することも無いので話しかけると、れいちゃんはやっぱり普通に答えてくれる。


「あのさ、あの子……桃井さんはどうするの?あのまま?」

「うん。お願いじゃ無いから」

「そっか……」


あくまで隠蔽しようとするつもりは無いらしい。


そのまま聞くことも無いので黙ると、今度は男の人の方がれいちゃんに話しかけた。


「次俺ね。……れい……さん?は、殺さないの?」


確かにそう言われると気になる。


れいちゃんが参加者でもあるのなら……自分の身だけじゃなくて、彼女まで守らなきゃいけなくなるんだから。


……まぁ、あの異常な空間で、絶対的な存在になってるれいちゃんを殺そうとする人なんて、本当は居ないかもしれないけど。


「……私は殺さないよ」


すると、れいちゃんは意外にもそう答えた。


れいちゃんはあくまで『主催者』なのかな。

こんなに近くに居るのに。


「へぇ。……じゃあ、今度は確認」


男の人の方は色々答えてくれるのが分かったからか、またそう口を開く。


「自殺しても、先に宣言したら『お願い』は叶えてくれるの?」


佐斎さんの件でそうだったから、多分それはそうなんだろう。


男の人の言葉に、れいちゃんはやっぱり「うん」と答えた。


「じゃあ……」

「あっ、いけない」


また続けて男の人が聞こうとすると、れいちゃんは思い出した様に立ち上がった。


「入っちゃいけない所、入ってないか見に行かなきゃ」


そう言って駆け足に戻って行くれいちゃん。


……ちょっと心配だったけど、この死体を置いていく訳には行かなかったので、大人しくここで待つ事にした。


「……」


男の人は、大人しいというかマイペースなのか、僕なんて気にもせず死体の方を眺めていた。


「……あの、」

「ん?」


僕は沈黙に耐えかねて話しかける。


「僕、鈴村しきです。……あなたは?」

「……あぁ、自己紹介?俺は飛田とびた 柚也ゆずやだよ。……ま、聞いたって俺はすぐ死ぬと思うけどね」


ネガティブ思考なのか、そう言いつつも別に逃げようとはしてない彼に少し違和感を覚えつつも、僕は気になった事を聞いてみる。


「飛田さん……は、れいちゃんとはどんな関係なんですか?」


僕が聞くと、飛田さんは軽く笑った。


「彼女は……俺みたいな人の天使だよ」

「……?」

「関係はほとんど無いんだ。ネットで会った人だからね」

「は、はぁ……」


よく分からなかったけど……ネットの友達?なんだろうか。


僕がそんな事を考えていると、何かスイッチが入ってしまったのか、飛田さんは立ち上がって話し出した。


「何かのついでだったとしても……それで良いんだ。ただ、彼女が俺に最高の機会をくれたんだから、俺はそれに答えるだけなんだ」

「え、っと……飛田さん……?」

「だから俺は……」

「お待たせー!」


何だか変な空気になってきた所に、梅井さんの底なしに明るい声でそれはかき消される。


「いやー、シャベルちゃんとあったよ!」

「ひぇー……疲れた」

「……」


走って来た梅井さんと、横で息をつく目黒さん。

その後にれいちゃんがゆっくり歩いて来て、作業は始まった。



****



「う……腰が……」

「中々の重労働だったなぁ……」


日がだいぶ沈んできた頃、やっとある程度の深さに埋めることが出来た。


「墓標、作らないんですか?」

「掘り返されたら面倒だろ。良いよ良いよ」

「そっか……」


ちょっと可哀想だったけど、確かにこんな所に墓標があったら見つけてくれという様なもんだ。


僕達はシャベルでぺちぺちと地面を整え、れいちゃんの所に何となくで集まる。


「……ん、行こっか」


何もしてないとはいえ、この暑い中ずっと外で見てたからか、立ち上がった拍子に少しふらついていて危うい。


「大丈夫?」

「……大丈夫」


でも、誰の手も借りる訳でもなく、先頭に歩いて行ってしまった。


僕も後に続いて体育館に戻る。

かなり長い間留守にしていたけど……まぁ波止場さん辺りが何とかしてるだろう。


ゲームも休憩って言ってたから、れいちゃんのお願いもストップ中。

……今の間に誰かが死んでるという事も無いだろう。


「れいさん」


体育館の扉にれいちゃんが手をかけた時、飛田さんが声を掛けた。


「なに?」

「……体育館に入ったら、再開ですか?」

「そうだよ。後ちょっとやる」


それにれいちゃんが答えると、飛田さんは確かに笑った。


「……」


その様子をちょっと不審に思いながらも体育館に入ると、皆隅々に分かれていた。


……この雰囲気じゃ、新しい死人は多分居ないだろう。


と、そんな事を思っていると、


「れいさん!」


飛田さんが叫んだ。


「……俺を殺してください!」


……えっ?


僕が理解する前、飛田さんは確かにそう言って、自分のお腹にナイフを突き刺した。


「がっ……あ゛あ゛あ゛っ!!俺を!!滅多刺しにして!!殺してくださいっ!!!あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

「……」


……れいちゃんは、叫び続ける飛田さんの腹から無言でナイフを抜き取り、一回勢い良く首元を切り裂いてから、言われた通りに何回か彼を滅多刺しにした。


「うっ……」


僕の近くまで歩いて来ていた栄村さんも、さすがに見ていられないと言うように離れる。


れいちゃんは飛田さんが動かなくなった後、ゆっくり立ち上がって口を開いた。


「……ルールその四、殺す時は首を切って殺す事」

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