〚トビタ ユズヤ〛⁡

『死にたいより、特別な感情があった』




「ゆずー、聞こえてるの?晩御飯ー!」

「……」


カラン、と、手に持っていたビール缶が落ちる音がした。


「これだ……」


その日、俺は見つけた。


『私の赤ちゃんは、殺されたんです……』


缶から中身がこぼれるのも、母さんが呼んでるのも気にならないくらい、それは俺の求めていたものだった。


『……まだ小学生の、女の子に』



****



それを書き込んだのは若めの主婦。


今までの書き込みを遡ったら、どうやら相当苦労して授かった子供らしい。

段々書き込みの内容がねじ曲がっていって、今では女の子に誘拐されたと言っているから相当参ってるんだろう。


『anさん、初めまして!書き込み見ました。大変でしたね……。私も主婦なので、もし良かったら色々話し相手にしてください。』


「よし……っと」


俺は出来るだけ不信感を持たれないような書き込みをして、その日からその女の子を探すネットの旅が始まった。


『yuzuさん〜!聞いてください〜!!』


その主婦は、自分の住んでる地名こそ言わなかったものの、よく喋る人だった。


近所で祭りがあっただの、誰々の選挙カーがうるさいだの、病院に行く電車が事故で止まってただの。


……住んでる地域を特定するのは、そんなに難しい事じゃ無かった。


『へぇー、どのくらい来るんですか?』

『一週間に一回は必ず来るんです。でも、何も要求はして来なくて…』


そして、彼女の中ではもうすっかり、女の子は誘拐犯という事になっていた。


俺はあくまでその主婦に寄り添いながら、確実に情報を掴んでいった。


「……辿り着いた」


そして、その子が通う学校の特定まで行けた。


が……ここからはどうしても現地に行かないと無理で、そんな所で聞き込みなんて俺には出来ないし、かといって誰かを雇う金も無い。


……俺の努力は無駄に終わった。


『市内に人を殺した子供が居るらしい』


しょうがないので俺はその市の掲示板にそんな題名で書き込んで、それからはまた元通りな日々を過ごした。


「……あっ」


それをまた思い出したのは、二、三年か……それ以上経った頃だった。


この頃は狂人を纏めたサイトを見るのにハマっていて、そんな中でふと思い出したのだ。


あの主婦……anの存在を。


サイトを見ると、あの主婦はまだ元気に書き込みを続けている様だった。


それを見ていて、最終的に何もせずに書き込んだ市の掲示板を思い出し、笑い話の様な気分で覗いたら……。


『それ、知ってる』


俺の書き込みに、反応があった。


しかも……そんなに昔じゃない。


『詳しく』


直ぐに返信したけれど……正直市の掲示板なんて過疎だから、覚えてる間に返信は来ないかと思ってた。


……けど、それは二、三日も経たずに来た。


「行ってきます!」

「えっ、ちょっとゆず?!」


その返信を見て、俺は深夜にも関わらず何かに取り憑かれた様に家を飛び出した。


その足で電車に乗ってしばらく揺られて、終電も考えずに飛び出した。


「書き込みの人……!居ますか……?」

「お客様、大声は……」


初めてかもしれない。こんなに外で大声を出したのは。


「……呼んだ?」


その後、一言と共に現れたパーカーの少女は……


『私だよ。今一番大きいネカフェに居る』


……俺の探していた人だった。



****



会ったは良いけど、想像以上すぎて……結局何を話したのか覚えていないし、そんな感じだったから、一番大切な事を言い忘れていた。


……殺して欲しいって。


「な、何の事ですか……」


それなのに……下校時間、必死に探してやっと話しかけた彼女は、なにも覚えてないかのように怯えて、逃げる様に帰って行った。


「どういう事なんだよ……ほんとに……」


期待させておいて、知らないフリするなんて……俺は本気なのに。


……そうだ、本気だって信じて貰えてないんだ。


きっと、試されてるんだ。


「待って!」

「ひっ……な、何ですか……?」


家に入ろうとする彼女を引き止め、強引に人目のつかないところまで手を引く。


そのままポケットに入れていたサバイバルナイフを取り出すと、彼女は叫ぼうにも声が出ないと言った様にしゃがみこんでしまった。


……何で?


人を殺すような人なのに……ナイフを見せられただけで怖いなんて。


……。


なんか……もう疲れた。


「っ……ぁっ……」


声の出ない彼女を置いて、俺は帰路に着いた。


『俺は、君に殺して欲しかった』


やり場のない気持ちを書き残して、それで吹っ切ろうと思ったのに……そこから始まったのは、いくら更新しても来ない返信を待つ日々。


いつかどうでも良くなると思いつつ、いつまで経ってもそれを止められない自分に、俺はそこまで自分を殺してくれる人を求めていたんだと気づいた。


でも……彼女に会ってしまった今、彼女以外考えられない。


あの昼間の彼女は、何かの間違いで……あのネカフェで会った彼女が、本当に俺を殺してくれるんだって思いたかった。


でも、深夜の彼女の方が気の所為だった事を考えるとどうしても恐ろしくて、あの場所には行けなかった。


……だから、永遠と更新されないページを見続ける日々。


こうやって、結局誰にも殺されずに老いて死んでいってもしょうがないかな……って、割り切ろうとしてた時だった。


『8月29日の10時、廃校で、夢を叶えてあげる』


目を疑った。


……もし誰かのイタズラでも良い、それなら吹っ切ろうと思った。


いい加減、この気持ちにケリを付けなくちゃいけないと思ったから。


「何だこれ……」


でも、そこには沢山の人が居た。


……騙されたか?


そう思ったけど、皆一人の人を待っている様だった。


それは、もしかしたら……。


「ゲームしよう!」


……そう言って現れたのは、紛れもなくあの子だった。


怖がりもしない、あの……俺の望んでいた彼女そのものだった。


でも、彼女は俺に凶器を持たせた。


……俺を殺してはくれないんだろうか?


一人目が殺された時、彼女が本気なのは分かったけど……今更彼女以外に殺されるのは嫌だった。


……勿論、彼女以外を殺して思い出を穢すのも嫌だった。


だから俺は考えた。


二人だけで……彼女に殺してもらう方法。


すると、丁度いい機会が来た。

隣に居た少年が彼女に聞くのを見て、俺も気になっていた事を聞いてみた。


凶器を持っていなかったから、そうかとは考えてたけど……やっぱりだ。


彼女は人を殺す意図は無いらしい。

なら……。


「へぇ。……じゃあ、もう一つ」


今度の質問は、それは明確なルールを作る為。

彼女は律儀にを埋めたんだから、俺の『お願い』もきっと聞いてくれる。


「うん」


彼女の答えに、勝った……と思った。

あとは簡単だ。


「飛田さん……は、れいちゃんとはどんな関係なんですか?」


そんな事を考えていたら、隣の少年がそう聞いてきた。


彼女は……何なんだろうな。


悪魔?

いや、そんなんじゃ生ぬるいほど……


「彼女は……俺みたいな人の天使だよ」


……そうだ。

彼女は天使だった。


「れいさん!」


そんな天使に向かって、俺は叫んだ。


「……俺を殺してください!」


そしてそのまま、自分の腹にナイフを突き刺す。


……正直、どっちでも良かった。


楽しそうに笑いながら刺されて死んでいかなくても、無様に相手にもされず死ぬのも、俺の滑稽な最後としては、案外悪くないかなぁって……。


「……」


……だから、俺を無言で刺し続ける彼女が、一切楽しそうにせずただ単純な『作業』としてそれをやっているのに気づいた頃には、俺はもうどうしようもない気持ちで、彼女の悪魔を事切れるまで見続ける事しか出来なかった。

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