三日目

彼女と奴隷

『……今日のゲーム始まったら、まずは魚住さんをすぐ殺すよ!』


廃校への帰り道、僕は言った。



****



「お弁当、買ってきましたよー。今れいちゃんが配りますから」

「……」


朝、ご飯を買ってなかったと言うれいちゃんと一緒にコンビニでお弁当を買ってきて、その後。


最初に行った栄村さんの部屋では、完全無視といった所。


栄村さんは、僕が柿本さんを殺して以降、全くと言っていい程口を聞いてくれない。


無視されるのは気分の良いものでは無いけど、もう慣れっこというか……この三日間で恐ろしい程メンタルが鍛えられた気がするので、もうどうって事ないけど。


「魚住さんも、お弁当ー」

「……」


魚住さんも魚住さんで、自分の意思があるのかどうか。


ただ、れいちゃんに死ねと言われたら今すぐ死ぬだろうなぁって雰囲気はある。


それが何だか気に入らなかった。


だって……れいちゃんにとって、欲のある僕よりこいつの方が、都合の良さでは上位互換って感じがして、何だか嫌だったから。


「お弁当」


そんな事を考えていると、れいちゃんはみんなの分のお弁当を持ってきて、皆に配っり始めた。


わざわざれいちゃんが配りに来てくれたのに、栄村さんは見向きもしない。


「……」


れいちゃんはちょっと待ってから、受け取ろうとしない栄村さんの横にポンと弁当を置いて振り返る。


「……待って」


すると、もう喋らないと思っていた栄村さんが、不意にれいちゃんを呼び止めた。


「何?」


一体何を聞こうと言うんだろう。

僕も気になって耳を傾けていると、栄村さんはゆっくりと口を開いた。


「私を知ってるあなたは……私の知ってるあなたはどっち?」


何を聞いたのか、僕には分からなかったけど……れいちゃんは栄村さんの方を振り返って、薄ら笑みを浮かべて答えた。


「どっちでもないよ」



****



「ん」


お弁当をすっかり食べ終わって、暇を持て余していたら……もう聞き慣れたチャイムの音が鳴った。


『あなたはどっち?』


……結局、栄村さんは何が聞きたかったんだろうな。


「よっ……と」


僕はそんな風に声を出しながら起き上がる。


チャイムが鳴ったんだから、今日のゲームが始まるんだ。

とりあえず、ちゃちゃっと魚住さんを殺さなきゃ。


チャイムといえば……昨日はよく寝てたからか、夜中にチャイムが鳴ったのか確認してなかったな。


栄村さん辺りは眠れてないんだろうし、鳴ってたら気づいたかな……。


「……わっ」


そんな事を考えていたら、急に足音と共に勢い良く人が突進してきた。


ギリギリの所で躱すと、


「魚住さん?……わっ、ちょっ……」


その僕に突進してきた人……魚住さんは、間髪入れずに何度もナイフを持った手を僕に向かって伸ばしてくる。


「な……何なんですか?急に……」

「……」


僕はそれを何とか避けて、魚住さんのナイフを持つ腕を掴んで押さえつける。


幸いな事に力はそれほど強くなさそうだったけど……捨て身の攻撃だからかまともにくらえば僕だって簡単にやられてしまうだろう。


「と……にかく、早く殺さないと……」


僕は自分のナイフを探したが……何という失態。

さっき飛びかかられた拍子に勢いをつけて落としてしまい、手を伸ばしただけじゃ届かない距離まで飛んで行ってしまっている。


これは……魚住さんのナイフを奪うしかない。


「っ……離してください!」


が……当たり前だけど、どんなに引っ張っても魚住さんはナイフを握った手を離そうとしない。


「っ……何か喋ってみたらどうなんですか?」


無言で刺し殺そうとしてくる魚住さんに段々とイライラしてきて、僕が思わずそう叫んでしまうと、


「あっ」


……危なかった。

いや、死んでた。


「……何がしたい訳?」


彼が……僕を殺す気なら、死んでた。


魚住さんは何を思ったか、手を滑らせた僕の真横の床にナイフを突き刺して固まった。


「殺す気も無いのに、僕にこれ向けてきたの?」

「……」

「……れいちゃんがそうしろって言ったから?」

「……」


どんなに聞いても彼は答えない。


僕は段々腹が立ってきて、固まり続ける魚住さんに向かって怒鳴り声を上げた。


「そうやって、れいちゃんの奴隷で居れば楽でしょうけどさぁ!煩悩なんかありませんって顔して、言いなりでいればれいちゃんの為になるって思ってるんでしょ!」


これだけ言っても、魚住さんは僕の方を見はするものの何も話さない。


……ボロを出せよ!


僕は思わず、心の中でそう叫んだ。

この人の……こいつの本性を引きずり出してやりたかった。


「っ……」


いつの間にか両者凶器を持たずにとっ組み合う。


「……そこで抵抗するのは!あんたが生きたいからなんじゃないんですか?!」

「っ……」


僕の拳を受けまいと手首を掴んでくる魚住さんにそう吐き捨てると、魚住さんはようやく少し顔を歪めた。


「あんたは結局、れいちゃんの言いなりであるように見えて……ずっと望んでるんだ」


魚住さんを押え付ける様に両手で押し合いながら、僕はそう続ける。


「どっちにしろ、あんたは奴隷ってより犬だよ、あれは」

「犬じゃない……」

「じゃあ奴隷がよしよしなんて頼むなよ?!」


やっと反論して来た魚住さんに、ちょっと根に持ってた彼の『お願い』をぶつけてみると、結構食らったのか困った様な顔をして魚住さんは黙り込む。


「っ!」

「がっ……!」


その隙にお留守になっていた足で蹴り込み、魚住さんがそれを食らったのを見て近くに突き刺さっていたナイフを手に取り、近くに転がっていたもう一個を足で遠くに蹴り飛ばす。


……よし、これでとりあえずは安心だ。


「これでもう、勝ち目はこっちに見えましたからね……最後に何か言いたいなら、聞いてやりますけど」

「……」


僕の蹴りが相当堪えたのか、よろつきながら立ち上がる魚住さんを部屋の端に追い詰め、ナイフを向けてそう言ってみる。


何だか悪役みたいなセリフだったけど……この際何だって良いんだ。


「……それとも、梅井さんみたいにれいちゃんの話で時間稼ぎしますか?」


そんな風に適当に話しながら、僕はじりじりと魚住さんと距離を詰めていく。


人殺しの罪悪感から逃げようとしているのか分からないけど、何だか饒舌になってしまって止まらない。


「命乞いなんてしないで下さいよ。僕、そんなことされた事、無いんですから」

「……死にたくないよ」

「……は?」


……と、そんな風に言ったら、信じられない様な言葉が返ってきた。


「そうだ……僕は死にたくない」

「……」


思わず黙り込んでしまう。


……なんだそれ。

やっぱり僕が悪者みたいじゃないか。


「皆そうだった。誰だって……僕が殺した人も、君が殺した人も」

「うるさい!何……何なんだよ急に……何がしたいんだよ……」

「……僕は死にたくなかった」

「じゃあ何でれいちゃんの奴隷で……犬で居るんだよ!馬鹿!」

「それは……」

「バカバカバカ!うるさい!!」


聞いたのに聞きたくなくて、子供みたいに怒鳴り散らしてしまう。


……ダメだ、情緒が安定させれない。


人を殺すってので、無意識のうちに自分の心が傷つかない様に、ちょっとネジを外してるんだ。


「……皆、彼女に狂わされてた」

「あぁっ!だから何なんだよ!!」

「もうこれは……どうやったって、元には戻れないんだ」

「だから死ぬんだろ!」

「……そうだよ」


僕の大きな声を、魚住さんの落ち着いた声が遮る。


「だから……僕は死ななきゃいけないんだ……」


その声は……震えていた。

それは誰にだって分かる、恐怖からの震えだった。


そのまま魚住さんは膝から崩れ落ち、


「死にたくない……」


……と、床に丸くなってしまった。


「っ……」


無防備に背中をがら空きにしてうずくまる魚住さん。


……殺すんだ、僕が。


どうって事ないだろ、今更。

皆……皆僕が殺してきたんだから。


魚住さんがはっきり言っただけで……僕は死にたく無かった人を確かに殺したんだ。


だから、今更……。


「死にたくない……」

「っ……泣かないでよ……」


……そんな、ありきたりな命乞いをしないで。


「僕だって、僕だって殺したくないんだ……」


僕はそんな事を呟きながらも、一歩一歩うずくまって泣く魚住さんの方へ近づく。


「でも、れいちゃんの為だから……」


僕は側まで寄ってしゃがみ込み、彼の背中にナイフを突き立てる。


「っ……」


あぁ……なんて事だろう。


「もう……これ以上、殺したくない……」


ずっとずっと、気づかない様に……自分にさえ隠し通してきた感情が、今更涙と共に込み上げて来てしまって、どうしようも……。


「……しき」

「!」


……聞き慣れた声に振り返ると、そこにはれいちゃんが居た。


「……頑張って」


そう言って笑うれいちゃんに、僕は……。


「嫌だ……死にたくない……っ!」

「あああああぁぁぁぁぁあああっ!!!」


僕は悲鳴の様な叫び声と共に、彼の背中にナイフを突き立てた。


「あ゛ぁ゛あ゛っ!!!痛゛い゛っ!!!い゛だい゛っ゛!!!!!」

「っ!!」


僕はそんな声聞きたくなくて、すぐさまナイフを抜いて首元を切ろうと思ったのに、魚住さんは苦しそうにもがき回ってナイフを抜く隙が無い。


「ぁっ……ぁ……」


僕は涙目になって耳を塞いで慌てながら、でも大声で痛いと訴えながら転げ回る魚住さんから、どうしても目を離せなかった。


「ぃ゛……ぁ゛……」


……どのくらい経っただろうか。


僕が全く動けなくなっているうちに、魚住さんは目の前でそんな風に力尽きて、動かなくなった。


首を切ってから……目を逸らしていた死ぬまでの間を見て、僕は……僕が殺した人が死ぬまでを、しっかり認識してしまった。


「っ……れいちゃん……」


何とか回せた頭で、もう縋る先がそこしか居なくて振り向くと、れいちゃんは変わらない表情でそこに居た。


「……ん。『お願い』、良いよ」

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