第40話 新人賞選考1【下読み作家 & 編集者・矢作 彰人】

【下読み・売れない新人作家 野中良平】


 今年も憂鬱ゆううつな時期がやってきた。

 新人賞選考の下読みだ。


 正直、この仕事は好きじゃない。というか好きな奴なんているんだろうか?

 読むのが苦痛なレベルの作品でも最後まで読まなきゃいけないし、逆にいい作品が来たとしてもそれはそれでなまじ新人作家の自分と立ち位置が近い分、比較してしまって純粋な目で見れない。つまり、どっちにしろ楽しめない。


「はー」

 結果、机の上の重たい封筒十枚を前に遣る瀬無いため息を吐く。

 そんなに嫌ならやめてしまえと我ながら思うけど、残念ながら仕事を選べるほど売れちゃいない。それに安定して毎年収入がある貴重な仕事だ。一月分の家賃はデカい。ということで、


「さっさと片付けるか」

 やる気の出ない自分を奮い立たせるように呟いて、俺は一番上の封筒に手をかけた。


   ◇◇◇


「ははっ」

 失笑が口から漏れ出た。


「……だから下読みなんて嫌なんだ」

 空を仰いで、一人ごちる。


 いい作品を読んだ満足感と、これが新人でうちのレーベルに入ってくるのかよという焦燥が胸中で渦巻く。

 まあ当然まだ受賞が決まったわけではないが、ほぼ確実に何らかの賞は取るだろう。そう言い切れる程度には他の作品とはレベルが違う。というか、文章力、世界観の完成度なんてもうすでにプロレベルだし、なんだったら俺は負けてる。


 正直、上げたくない。こんなライバルが同一レーベルにいたらこっちの出版枠が減る気がする。一瞬最低な考えが頭をよぎるけど、そんなことバレたらどんな目にあうかだし、そもそもなけなしのプロ根性が流石にそれを許してくれない。


「どんな奴が書いてるんだよ、これ」

 せめて俺より年上の作者であってくれ。しょぼいプライドがそんな風に祈らせるけど、そこら辺の情報は下読みまで回ってこない。わかるのはせいぜい泉万華というペンネームくらいのもの。


「……なんか、うちのレーベルで昔そんな作家が死んだって聞いたことあるような」

 そんなどうでもいいことを思い出してネットで調べながら、俺は一次選考通過枠にその作品を振り分けた。




【編集者・矢作 彰人】

 

 今年の最終選考会は、少し奇妙な盛り上がり方をしていた。

 今年はいい作品が来たという喜びでもなく、今年もそこそこだなという落胆でもない異様な雰囲気。

 その理由は明白。一本の投稿作とその作者のプロフィールだ。


「まあ、打ち間違いだろうね」

 小出編集長は一枚の紙を見下ろして、そう結論付ける。あっさりと言うその様子は、そこに書かれていることをまるで信じていないように見える。


 気持ちはわかる。そこに載っている情報の一点は、そう断じたくなる程度には荒唐無稽こうとうむけいだった。


 年齢11歳。

 学年で言えば、小学校五年生にあたる。

 そんな子どもが一本の小説を書きあげられるわけがない。それもこんなプロと遜色ない作品を。


「でしょうね。ただ職業も学生。となれば間違えてても二十一歳でしょう。それでこれは将来楽しみですよ」

「ですね。これは金の卵だ」

 二人の編集が笑う。

 そう思うのもさもありなん。

 今までと違う発想。オリジナリティがあるというわけではない。

 ただその文章力、世界観の構成度が新人作品にしては異様に高い。それが二十一という若さで確立しているのだ。


「しかし、なんでうちに応募してきたんですかね?」

「泉先生のファンだからだろ」

 八木の呟きに編集長が即答する。

 その通りだろう。

 だって、この作者はあの日、俺が投稿サイトで見つけたあの人だったから。

 作品だけじゃなくて、コメントの気遣いまでも泉先生に似ていると思ったあの人に。

 

「次作は期待以上でしたよ」

 クスリと笑って呟けば、隣の同僚が奇妙そうに俺を見てくる。


「さて、異論もなさそうだし大賞は決定だな。問題は誰が担当するかだが」

 みんなの目つきが鋭くなる。

 それはそうだろう。こんな明らかな有望株、普通の編集なら担当したがるに決まってる。

 でもここは、今回だけは譲れなかった。


「編集長。俺にやらせてください」

「いやいや」

「矢作さん、そりゃみんな思ってますって」

 何を勝手なとみんなが反応するが、俺は無視して小出編集長を見つめる。


「お前は絶対そう言うと思ってたよ」

 小出編集長は仕方ないといった感じの苦笑を浮かべてくれた。


   ◇◇◇


 一パーセントの不安と九十九パーセントの期待を胸に、俺は受話器を手に取った。

 心臓の高鳴りを自覚しながら、番号をプッシュする。


 懐かしの女性歌手のヒット曲が流れる。二十台にしてはちょっと古い選曲だ。懐メロが好きなんだろうか。


 そんなことを想っていると、通話が繋がった。


「もしもし?」

 どこか上品さを感じさせるキレイなソプラノ。ただでさえ舞い上がっているのに、余計に舞い上がってしまいそうな声だった。


「もしもし。こちら七瀬葉月様のお電話でしょうか?」

 そう確認すると、相手の応答がなかった。どこか電話越しでも警戒心を感じた。慌てて名乗ろうとするが、


「……うちの娘になんの御用でしょうか?」

「娘……?」

 

 思いもしない言葉に、俺は間抜けに声を漏らした。

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