第32話 五年生 & 学級委員


 五年生になった。クラス替えがあった。

 結果、私達幼馴染組は小学生の間ずっと同じクラスであることが決定した。もはや黒い交際を確信した。

 クラス替えって、新しい人間関係を築く訓練で、社会に順応するために必要なシステムじゃないのか。それを健全に働かせなくていいのか。

 そんな風に思っても、やはり私は口にしない。だって権力が怖いから。

 

「学級委員をやりたいやつはいるか?」

 クラスが変わったので、再度学級委員の決め直しだ。

「はいっ!」

 あなたも結局ずっと一緒だったね、瑛莉ちゃん。そしてまた秀一君と学級委員やるつもりなんだ。ストーカーのストーカー……じゃなくて、乙女心まっしぐらだね。

 なんて思ってるとやはり視線を感じた。皆さんご存じ、元祖ストーカーだ。


「葉月ちゃん、学級委員やろっか?」

 流石、執念深いストーカー。誘い文句が二年前と一言一句違わないのではなかろうか?

 ならば私の反応も当然おわかりだろう。私は無言で秀一君から目を逸ら

「葉月ちゃん、僕に借りがあるよね?」

 そうとして、ピシリと固まった。

 ここでそれ出すー!?

 なんのことでしょうかととぼけようかとも思ったが、借りは借り。秀一君の意見が私の執筆にいい影響を与えたのは疑いようのない事実だ。

 それにしたって、これは間違いなく目立つし女子に目を付けられる。それはあんまりじゃありませんかと口にしようとして、見てしまった。

 どこか不安に揺れるような秀一君の瞳を。


 思えば、秀一君には自由がない。

 休み時間や授業中どころか、迎えの車に移動する時でさえ、瑛莉ちゃんや親衛隊の追っかけに注目されている。そのせいで、クラブにすら自由に入れなかったのだ。

 可哀そうだと思う。まだ小学生の子どもだというのに、常に見張られているようなものだ。

 そんな彼の少しだけでも助けになれるなら。

「わかりました」

「え?」

 自分で言っておいて意外だったのか。秀一君が間の抜けた声を出す。

「でも、これで貸し借りなしですからね」

 溜息を吐くように、私は苦笑する。

「……ごめん。本当にありがとう」

「どういたしまして。でも、謝るくらいなら初めから言わないでください」

「本当だね」

 申し訳なさそうに、でも嬉しそうに笑う彼に、仕方ないなと手を上げようとする。

 しかし私より早く、秀一君がすっと手を上げた。

「お、蓮見も立候補か?」

「はい。あと、女子の学級委員に葉月ちゃんを推薦します」

 言うだけ言って着席する秀一君を見てると、自分で言わせるのはねと微笑む。その気遣いは当然ありがたいけれど、余計に目立つだろう。

 案の定、秀一君の言葉にクラスがざわめく。秀一君自ら、学級委員のパートナーを選んだように見える振る舞いだからだ。これは相当にマズい。

「あー、七瀬もいいのか?」

 先生もどうしたものかと言ったように口ごもりながらも、私に確認してくる。

 本来であれば断りたいところだけれど、了承したのは自分だ。

「はい。私に決まるようでしたら」

 私の返答に余計にどうしたものかと先生は苦虫を嚙み潰したような顔になるが、ふと視線が動く。

「どうした、姫宮?」

 先生の言葉に振り向けば、瑛莉ちゃんが再び挙手していた。

「そういうことでしたら、私はりっこうほを取り下げます」

 え?

 私は驚いてポカンとしてしまうけれど、それはクラスのみんなも同様だ。ザワザワとクラスは再び喧騒に包まれる。

「あー、他に立候補や推薦はないか!?」

 場を鎮めようと先生が叫ぶ。

 こんな騒ぎの中、手を上げる勇者は他に誰もいなかった。


   ◇◇◇


 学級委員として宿題のノート回収をすることになった。

 しかし、案の定女子の提出率が良くない。うん。そりゃそうだよね。

「僕が回収してくるよ」

 秀一君が気を使う。まあ、秀一君のせいではあるのだけど。

「いえ。女子の分は私が集めますから、秀一君は男子の分をお願いします」

「でも」

「これは私の仕事ですから。それに秀一君に頼ったら余計に皆さん、面白くないでしょう」

 大丈夫かと気遣う秀一君の言葉を私は遮った。

「ごめん」

「気にしないでください。引き受けたのは私ですし、それだけ私は助けられたんですから」

 創作の借りは何より重い。

「……そんなに言うほど助けた覚えはないんだけどね」

「秀一君がどう思おうと、私が思ってるからそれでいいんです。ただ、足りないと思うならまた相談するときはよろしくお願いします」

「わかった。それでいいなら何度だって話を聞くよ」

「言いましたね。言質取りましたからね」

「そんなもの取らなくたって聞くよ。この恩は忘れないから」

 冗談めかした私の言いように、秀一君は笑いながらもどこか真面目に答えた。

 

 さて、そんな大言を吐いてみたものの。

「有紗ちゃん、陽子ちゃん。宿題のノートをもらえますか?」

 ギッと睨み返された。怖いっ! 子どもなんかじゃなくて、もう立派な女だ。昔から女の集団は怖くて苦手だ。

 ……これはダメだな。文字通り目を付けられた私は一旦諦めてスゴスゴ引き返そうとする。

「有紗さん、陽子さん。出さないと先生に怒られてしまいますわ」

 しかし予想外の声が助け舟を出してくれた。

「「瑛莉様っ!」」

 有紗ちゃんと陽子ちゃんが、声を揃えて声を掛けてきた相手に振り向いた。

「でもこの平民、瑛莉様の秀一様をたぶらかして」

 そんなつもりはないけど、やっぱりそういう認識だよね……。否定したいところだけど、私が何か言っても火に油な気がするので何も言わない。

「お二人の気持ちはありがたいし、嬉しいですわ。でも、ノートを出さなければ私のせいでお二人が先生と秀一様に目を付けられてしまいます」

 瑛莉ちゃんの指摘に二人がハッと顔を上げる。

「私、私のせいでお二人が悲しい目に合うのは嫌です」

「「瑛莉様」」

 芝居がかった瑛莉ちゃんの言葉に、二人は感動していた。……瑛莉ちゃん、凄い。これが小学生のやることか。

「出してあげるわよ」

「瑛莉様に感謝なさいよ」

 感動の一幕を終えて、有紗ちゃんと陽子ちゃんはノートを出してくる。先程の会話を聞いていた他の子も同様だ。

「ありがとう」

 私は言われた通りに感謝して、ノートをまとめて廊下に出た。


「手伝いますわ」

 廊下を歩いて少ししたところで、背後から声を掛けられた。振り返ると、予想外の相手がそこにいた。

「瑛莉ちゃん」

 私が何か言うより早く、瑛莉ちゃんは私のノートの半分を奪い取った。

「さっきはありがとう。私が言っても出してくれないし、助かりました」

「お礼を言われることじゃないわ。私のお友達が迷惑をかけたんだから」

 瑛莉ちゃんは当たり前のように言った。凄い。小学生なのに、まるで部下のフォローをする女上司みたいだ。私より少し身長の高い瑛莉ちゃんの顔をマジマジト見てしまう。

「なんですか」

 瑛莉ちゃんは気味悪そうに私を見返す。

「いや、格好いいなーと思って」

「はっ!?」

 瑛莉ちゃんは一瞬声を上げるけど、

「……当たり前です。私は姫宮の娘ですから」

 次の瞬間には取り澄ましてそんなことを自負する。

 なにこの子?

「かわいすぎじゃない?」

「バカにしてますの?」

 うっとり口に出せば、瑛莉ちゃんにジト目で睨み返される。 

「ごめんなさい。でも、本当にかわいかったから」

 本音を言えば、瑛莉ちゃんは照れたように顔を背ける。そういうところだぞ、ツンデレさんめ。と思いながらも、学習装置があるので口には出さない。

「そういうところですわね」

「へっ!?」

 心の内を読まれたかのような瑛莉ちゃんのセリフに私は声を裏返す。

「なんですの?」

「な、ななんでもないよっ?」

 瑛莉ちゃんは心底うさんくさそうに私をねめつけるけど、諦めたように溜息を吐いた。

「私や秀一様を前にしても自然体。だから、秀一様にはあなたでなければいけなかったんでしょうね」

「へ?」

 一瞬、瑛莉ちゃんが何を言ってるのかわからなかった。けれど、ようやく飲み込んで私はなにかを言おうとしたけれど、目を細める瑛莉ちゃんの横顔はとても子どもに見えなくて。だから、私は何て言っていいかわからなくなった。

「瑛莉ちゃんは、どうして私を助けてくれたの?」

 さっきといい、今といい。瑛莉ちゃんは邪魔なはずの私に助け舟を出してくれてる。

「べつに葉月さんを助けたつもりはありません。姫宮として何をすべきか考えただけです」

 瑛莉ちゃんは淡々と言って、窓の外を見る。

「でも、恋をした秀一様の前ではそれができなかった。そのせいで秀一様に迷惑をかけてしまいました」

 小学生なのに哀愁すら感じさせる彼女に何か言おうとするより早く、彼女は切り替えた。

「今だってあなたを手伝いに来たわけじゃなくて、言いたいことがあっただけ」

「へ?」

 間抜けな声を漏らす私に構わず、瑛莉ちゃんは私を見つめる。

「葉月さん。それでも私はあなたに負けませんから」

 瑛莉ちゃんは、まっすぐ私に宣言した。高貴な身分で、女子の実力者の彼女は私なんて吹けば飛ばせるはずだというのに、正々堂々と。

 それがおかしくて、どうしようもなく愛おしくて。手がノートで埋まっていて抱きしめられない代わりに、私はどうしようもなく笑ってしまった。

「なんで笑いますかっ!」

「ご、ゴメン。バカにしてるわけじゃないんだけど、瑛莉ちゃんがあまりにもいい子だから」

「バカにしてますわよね!?」

「してないしてない。それよりも私は瑛莉ちゃんと友達になりたいな」

「は?」

 自分でも唐突だと思えるお誘いに、瑛莉ちゃんはあからさまに眉をひそめた。

「瑛莉ちゃんって家柄もいいのに偉ぶらないし、誰にでも対等に接してくれるいい子だから仲良くなりたいなって」

「家柄と私個人の偉さは関係ありません」

「だからそういうところ」

「はい!?」

「なんでもないなんでもない」

 もう笑わせようとしないで。

「はぁ……悪くない提案ですけど、えんりょしておきます」

「なんで!?」

「友達では、全力でたおせませんから」

「へ?」

「だから、あなたは私のライバルです。今までも、これからも」

 いやいや、勝負してない。と思いつつも、言っても無駄だろうなと思って笑ってしまう。やっぱり、私は瑛莉ちゃんのこと嫌いじゃないのにななんて思いながら。

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