第50話 夏休み明け


 フフッ、やってやったぜ。

 修羅場の夏休みを何とか乗り切った。

 KODAIの二巻の初稿を上げ、AAAの二巻のプロットを上げ、夏休みの課題もなんとかこなした。

 やったぞ私! できないは嘘つきの言葉だ!! ほらね、できたでしょう?


「久しぶり、葉月ちゃん」

「お久しぶりです、秀一君」

 久しぶりの教室。一か月ぶりの秀一君と挨拶を交わすが、その姿が見たことのない色になっていた。

「秀一君、随分日焼けしましたのね?」

「うん。翼とのサッカーとセブ島でちょっとね。ちゃんと日焼け止め塗り忘れないようにしないとね」

 秀一君は苦笑で答える。良かったね。女の子に囲まれて友達も作れなかった君が、そんな健康的な夏を過ごせるようになって何よりだよ。

「葉月ちゃんは夏休みなにをしてたの?」

 勝手に保護者目線でうんうん頷いていると、非常に嫌な質問が来た。

 夏休みの思い出? ……働いてる人に夏休みなんてないんですよ? 知らなかったんですか? 

「……まあ、いろいろと。あと進級試験の勉強ですとか」

 仕事だよ、なんて言えない私はそんな空っぽなウソしかつけない。

「偉いね。進級試験では葉月ちゃんに勝てるように僕も頑張ろうかな」

「頑張らなくていいです」

 即答すると、酷いなーと秀一君は笑った。こっちはそちらと違って授業料免除という死活問題が関わってるのだ。

 しかし、そうか。あれが私の小学生最後の夏か。

 おかしい。思い出がパソコン画面と夏休みの課題しかない。

 アンニュイな気持ちで、私は教室の窓の向こうの綺麗な青空を眺めた。

 引きこもりでなく、青空の下で遊びたい人生だった。

「「久しぶり、葉月ちゃん」」

「久しぶり、エレナちゃん、蓮君」

 本友のエレナちゃん、蓮君。私に癒しを分けておくれ!

「キャッ。どうしたの葉月ちゃん」

 エレナちゃんの甘い匂いと柔らかさに包まれたかっただけです。うーん、ギュってした。


 久しぶりの学校授業中。

 真面目に受けながらも、やはり今までのように簡単にはいかなくなってきているのを感じる。結局、夏休み中も課題こそなんとか片付けたものの進級試験の勉強までは手が回らなかった。試験勉強? 何それ食べれるの?

 という冗談は置きつつも、私は気付いてしまったのだ。もう授業料免除とかなくても、清澄に通い続けることが可能なことに。

『葉月。これがあなたの通帳よ』

 夏休み中、お母さんはそう言って私名義の通帳を見せてくれた。

『あなたの小説のお金が入ってるから、なにかどうしても必要なものがある時は言ってちょうだい……とんでもないことになってるけど』

 そう言って、お母さんがチラリと見せてくれた通帳の中には、前世では見たこともない金額が記帳されていた。ひょえー、とても小学生の持つお金じゃない。

 よく考えれば大賞の賞金二本分だ。そしてKODAIの初版分の印税。それも前世とは大違いな印税だ。しかも重版かかってるからこれはまだ追加で入るし、AAAの分も入ってくるはず。

 ということで、私は特待生じゃなくなったとしても、清澄の学費を払うことくらい何とかなりそうなのだ。

 当然、お金は大事だから特待生でいるにこしたことはないんだけど、正直今の私はお金よりも時間が欲しい。……あれおかしい? とても小学生とは思えない感想だ。

「では続きを七瀬さん」

「うひゃいっ」

 なんて上の空で考えてれば、それがバレたのか中山先生に当てられる。マズい、まるで聞いてなかった。

「教科書八十七ページ」

 秀一君がボソリと小さな声で言って、教科書のある段落をトントンと叩いて教えてくれる。

「ありがとう」

 私も小さな声でお礼を返して、国語の教科書の朗読を始めた。


   ◇◇◇


「七瀬はこの後、職員室に来るように」

「え?」

 帰りのホームルーム。私はゆかり先生に謎の呼び出しを受けた。

 なんだ? 学級委員の仕事なら秀一君も一緒のはずだけど、私単独の呼び出しだ。

 夏休みの課題も出したし、テストもやらかしてない。

「まーた、何かやらかしたのか、お前」

 うるさいよ。秀一君をサッカーに誘いに来た翼を睨み返しながらも考える。

 でも確かに。私、今度は何をやらかしたっけな?


「これはお前で間違いないか?」

「ひえっ!?」

 職員室。ゆかり先生がパソコンの画面を指差した。

 そこに映ってたのはKODAIラノベ大賞の授賞式の映像。私の黒歴史そのものだ。

「せ、先生! 早く閉じてください!」

 私はあわわわわと先生のノートパソコンを閉じようとするが、先生はパソコンを私の手が届かない高さまで持ち上げてしまう。

「ふむ。その反応は間違いがなさそうだ」

「認めます! 認めますから、それを閉じてくださいー!」

 一所懸命背伸びして手を伸ばしながら、私は悲鳴を上げる。

「わかったわかった」

 ゆかり先生はいたずらっ子のように笑いながらノートパソコンを下ろした。この先生、いい年して中身は翼とどっこいだ。

「さて、それでだ」

 私が映ったブラウザを閉じて、先生は改めて私に向き直る。

「え、えっと、なにかマズかったでしょうか?」

 私は恐る恐る聞いた。執筆が問題になるようなら清澄にいられない。せっかく授業料問題が印税で解決したのに。

「ん? 別に何もマズくないんじゃないか?」

 しかし、ゆかり先生は拍子抜けなほどにあっさり言った。

「えっと……それでしたら、なんで私は呼び出されたんでしょう?」

「事実関係の確認と、我が校の売名のためだな」

「ん?」

 気のせいじゃなきゃ、今この先生、凄い俗物的なこと言わなかった?

「お前が我が校の制服でメディアに映ってくれたおかげで、流石清澄といった声が我が校にも届いてる。私としては面倒ごとが増えて厄介なだけだが、我が校の名前を売るという意味では大変結構とのことだ」

 先生、本音が隠れてません。

「ということで、今後もこういうイベントがあったらうちの制服で出ろとのお達しだ」

「はあ」

 いや、そりゃ他に着る正装もないし構わないですけど。

「代わりに中等部の学費及び制服含む学用品の金銭負担を免除するそうだ」

「なんですと!?」

 しかし、続いた思わぬ提案に私は声を上げた。

「……もうちょっと子どもらしい驚きの声があるだろ?」

「……失礼しました」

 女らしくない言葉遣いのゆかり先生にもっともな指摘をされてしまい、私はこほんと咳をした。

「話は以上だ。まあなんだ。お前が我が校の名を売ることに貢献している限り、特待生でいられるわけだから引き続き頑張れ」

「ありがとうございます」

「ああ。話は以上だ」

 ゆかり先生に頭を下げて、私はその場を離れる。

 やった! これで勉強時間も執筆時間に当てられる!

「ああ。それと、だからといって勉強を疎かにするなよ」

「ギャッ!」

 心を読んだようなゆかり先生の言葉に、私は机の角に弁慶の泣き所をぶつけた。 

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