第49話 修羅休み


 7月になった。

 今度はAAA新人賞の授賞式と受賞作発売だ。

 となれば、皆様なにが起きるかお察しいただけるだろう。

 そう、修羅場リターンズである。

 もうね。なんでね、人という生き物は学習しないのかと。

 忙しくなる。大変になる。そうわかっているのに、片付けれない。

 これが人の業か。だから戦争はなくならないのかと悟った。

 嘘です。すいません。私が怠け者なだけです。

 とはいえ流石に二度目。修羅場があろうと一度目よりも緊張はしない。

 ということで、何とか無難にこなしました。こっちの方がホテルの披露宴会場開催で規模は大きかったですが。



 そして突入しました夏休み。

 前世の社会人という名の社畜時代。欲してやまなかったこれも今世ではもう六度目。とはいえ楽しみで仕方ない惰眠を貪れるぐーたらタイム。

 そのはずだった。

「万華先生。一巻また重版かかりました! おめでとうございます」

「本当ですかっ!?」

 重版。発売した本の売れ行きが良く、追加印刷がかかったということだ。前世では一度も経験したことが無くって、本当に嬉しかったそれがまたしても。思わず小躍りしてしまいそうなほど嬉しい。

「この勢いだと十万部超えるかもしれません」

「十万部!?」

 信じられなくて叫んでしまう。自慢じゃないけれど、前世の全作品を足してもそれだけ売れてない気がする。ハハ、本当に自慢にならない。

「ということで、二巻の初稿。来月中厳守でお願いしますね」

「ヒョ?」

 急激な舵切りに、変な声が口を突いて出た。

「今、本当に勢いがありますからね。勢いがあるうちに続刊を出したいんです。ぜひともお願いしますよ」

「ひゃ、ひゃい?」

「ちなみに今はどれくらい進んでらっしゃいますか? 一巻発売直後には全体プロットをいただけてましたよね」

「あ、あいやー、半分は書き進みましたかね!」

 嘘です。本当は一章分も終わってません。だってAAA文庫発売作の準備とか、テストとか、修学旅行とか。色々忙しかったんだもの。

「そうですか! それなら万華先生の筆の速さなら夏休み中には初稿が完成できそうですね」

「うひょいっ?」

「できるだけ早く上げてください。僕もすぐに見るようにしますんで。それでは万華先生の次作も楽しみにしてますね」

 ま、待ってー矢作君ー! あなた、そんなゴリゴリな編集者じゃなかったじゃないっ。

 私の内心の悲鳴むなしく、電話は無常な無音だけを残していた。



「マズイマズイマズイマズイ」

 夏休みは当然夏休みの課題がある。

 しかし、そんなものよりも六年生の今年度は清澄学院中等部の進学テストがあるのだ。

 本来の清澄生たる他の子達はと進学テストの成績が悪かろうがさして問題じゃないかもしれないが、特待生の私にとっては大問題だ。

 ということで、課題だけじゃなくて勉強自体を頑張らなければいけない。

 だというのに、そんな受験生な夏休み中に二巻の初稿を上げろと来たものだ。

「葉月ー、AAA文庫の鈴木さんからお電話よ」

 ヒーッ、今度は何ぃ!?

「泉先生! 一巻、話題になってますよ! 二巻のプロットもすぐにください!」

 アギャー!


 長野の父方の田舎に里帰り。

「葉月ちゃんはますます引きこもりになってしもうたんじゃのう」

 田舎のおじいちゃんが寂しそうに言う。

 違うんです! 仕事と勉強なんです! 遊んでる暇がないんですぅー!

「あー親父。違うんだよ、葉月は小説家デビューして小説書いてるんだ」

「小説家ぁ!? 葉月ちゃんはまだ小学生じゃろ!」

「いや、そうなんだけど小説賞で大賞を受賞したんだよ」

「なんじゃいそら!?」

「ほら、これ」

 やめてー! 恥ずかしい私のベイビー達を見せないで!

 そう叫びたいけど、このまま引きこもりと思われるのも嫌だ。んぐぅー!

「はー。凄いのう」

「おじいさん。葉月ちゃんがなんですって?」

 やめてー。広めないで―。

 そう思いながらも、もはや手遅れ。私は家族の騒ぎを背に執筆に追われる。

「葉月ちゃんはもう小説家の先生さんなんだがや」

「凄いですねぇ」

 そうなんです。だからそっとしておいてください。引きこもりたいわけじゃないけど、引きこもらないと死んでしまうんです。


 内心の言い訳をする暇もなく、ただただ生き急ぐ夏休み。

 ミーンミーンうるさくて執筆の邪魔にしか感じなかった蝉も、今は短い時間を生き急ぐお仲間として奇妙な共感を覚えた。

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