第7話 そうです。私が神童です。


 二歳になった。

 言葉も話せるようになり、歩くこともできるようになった。

 やったー! ついになにもできない赤ちゃんライフともおさらばだ!


「葉月ちゃん、お出かけしましょうね」

「あーい!」

 マミーの呼びかけに私は元気いっぱいに返事をする。


 やったー! お出かけだ、お出かけ!

 いろいろできるようになったとはいえ、まだ自由の少ないお子様。

 お出かけは楽しみで仕方ない。


「今日はお母さんの先生のところに行くわね」

 車の中で、お母さんが言った。


「えー」

 思いもしないお出かけに、私はマミーに聞こえないようにぶー垂れた。あまり楽しそうな出先ではない。


「葉月ちゃんは、そこでちょっといろいろクイズしてみようね」

「えー」

 今度こそ私は遠慮なくぶー垂れた。クイズなんて何が楽しくてしなくちゃいけないのだ。 ……ん? 二歳の子どもがクイズ? なんで?


 お母さんの謎の提案に首を傾げながらも、車は迷いなくどこかに向かっていた。



  ◇◇◇



「お久しぶりです、綾部先生」

「ええ、久しぶり。柊さん……じゃないのかしらね、今は」

「はい。七瀬になりました」

 お母さんは白衣に身を包んだおばさんと挨拶を交わす。


「葉月ちゃん、初めまして。良子です。よろしくお願いします」

 そしておばさんはしゃがみこんで、いかにも優しそうな笑顔で私に手を差し出してきた。

「あじえあして。はづきです。よおしくおえあいします」

 私もにっこり笑ってその手を握り返した。


「さて。それじゃこれからクイズを出すから、葉月ちゃんは正解だと思うものを指差してみてね」

 お母さんが出て行って、私は良子さんと二人きりになっていた。……なぜ?

「あい」

 よくわからないが、とりあえず私は言うことを聞く。


 で、法則性をもって並んだ図形やら数字やらの空白を埋める問題が始まる。

 ウェイウェイト。ちょっと待って。これってもしかしなくても、IQテスト的なものなのでは。

 言われるままに一問目を回答したところで気付く。


 なんで私がこんなことをする羽目に?

 心ここにあらず、私は考える。結果、心当たりがあり過ぎた。主にスケッチブックに書いた企画書とか。


 しかし、これは困ったぞと私は考える。

 頭脳は大人、体は子どもな私だ。普通に考えればどうやっても目立ってしまう。確かIQって精神年齢と実年齢の兼ね合いとかだった気がするし。ん? 今は同年齢との比較だったっけ?

 

 考えていると良子さんが首を傾げたので、私はとりあえず正解っぽいものを指差す。


 まあ、IQの定義がいずれかにしろ多分普通に回答すれば、高得点が出るだろう。それはいかがなものか。ちょっとズルをしてる気分だ。後ろめたさにわざと間違えてみようかと思う。

 しかし、そこで私は考えを切り替えた。そうじゃなくて、私は売れっ子作家になるという私の目標のためにどうするべきかと計算し始めた。


 お母さんが私をここに連れてきたのは、少なからず私を賢いと思ったからだと思う。まあ、赤ちゃんがアルファベットを書けば誰だってそう思うだろう。

 では、ここでいい結果を出せばお母さんはどうするだろうか? もしかしたら勉強道具、つまりノートや筆記用具を買ってくれるかもしれない。それはスケッチブックとクレヨンよりはるかに便利な執筆ツールだ。


 おまけに私が作家デビューした時は、神童作家デビュー。

 どうだ? これは話題性抜群じゃないか。私は思わずニヤニヤしてしまう。そして良子さんがいよいよ疑わし気に首をひねる。おっと、回答回答。


 うむ。神童も悪くない気がしてきた。

 たとえ今は目立ってしまったとしても、中身はしょせん私。成長するごとにIQのギャップは縮まるはずだ。神童も十を過ぎればただの人とはよく言ったもの。


 よし。ちょっとくらい天才かもなんて思われた方が、話題性もあるし執筆環境も良くなるかもしれない。

 そうと決まればやってやろうじゃないのさ!


 取らぬ狸の皮算用をしながら、私はニマニマとIQテストをこなしていった。あ、不自然にならない程度に間違えも入れたよ。当然。



「……凄いわね、葉月ちゃん」

 テストが終わってしばし言葉を失っていた良子さんは、ようやくそう呟いた。


 フハハ、そうだろうそうだろう。もっと褒めてくれたまへ。

 私がニョーンと鼻を高くしていると、良子さんは部屋の扉を開ける。


「どうでしたか?」

 期待半分怖さ半分といったお母さんの声がした。


「私が見てきた子達の中でもトップレベルよ。神童と言ってもいいかもしれないわね」

 そうです。私が神童です。

 扉の前で話す二人から見えないのをいいことに、私はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。


「そ、そんなにですか?」

「IQ180よ」

「180!?」

 180!? それって某国民的ヤンキー教師マンガの天才児とかと同じレベルじゃん!

 聞きました皆さん!? これって私のIQなんですよ。フヘヘ。

 え? どうしてそんなに賢いって? うーん、それは転生ってやつですかね? 


「どうしましょう、先生。私、まさかそんな結果になるなんて」

「落ち着いて、七瀬さん。私も一緒に考えるから、この子を入れる幼稚園とかも考えてみましょう」


 あれ? ちょっと雲行きが怪しい?


「そうですね。この子の将来も考えないと」

「ええ。これだけ賢い子です。大切に育てないと」


 お、おーい? 私、まだ二歳児だよ? そんな深刻にならなくていいんじゃないですかね? き、聞こえてますかー、お二人さん?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る