第8話 英才教育


 IQ測定をした日以来、ママンが前よりもいっぱいかまってくれるようになった。

 どうだ、私の神童プランは大成功だ! やったー!


 あ、これ知ってる! 「あいうえおつみき」って皇室でも使ってるって積み木だよね。これでひらがなも覚えたことにできる! これで記録の幅が広がるぞ☆ 最近、秘密記録術で書いた昔のメモを読むのが大変になってたんだよねー。


 え? なにこれ、ルンバ? このIPadで操作できるの?

 えー! 自分で命令を組み立てられるんだ! このホワイトボードに描いた絵の上を走らせられるの?

 凄いっ! おもしろーいっ! はー、最近の子どものおもちゃって凄いんだなー。

 前の人生の子どもの頃は、セーラー〇ーンの魔法のステッキとかだったけどなー。あ、でも、あれはあれで凄い面白かった。懐かしいなー。


 え? ヘッドホン? ママン、音楽聞かせてくれるの? やったー、なんの音楽かなー? 私的には懐かしの九十年代J-POPメドレーとかおススメなんだけど。

 あれ? ……これ、英語じゃない? しかも音楽でもない。大学受験の時に聞いたラジオ英会話を思い出す。

 う、うーん。これは流石に二歳児にはレベルが高いのではないでしょうか、ママン? いやでも、胎教に英語を聞かせるっていうのも聞いたことがあるしありなのかな?


 確かに英語には憧れもある。前世でも海外旅行はしてみたかったけど、英語の壁は大きかったんだよねー。

 それに小説家と翻訳家を兼業してる作家さんも結構いたはずだ。菊池秀〇さんは最初は翻訳をしてて後に作家デビューしてた気がするし、村〇春樹さんの海外生活なんかも有名だ。エーゲ海を眺めながらの執筆活動なんてステキッ!

 なんだったら、海外のイケてるおじ様と仲良くなっちゃったりして……ウフフ、私なんだかもうれつに英語を覚えたくなってまいりましたわよ、ママン。

 私、やりますわ!



 ……あらママン、今日もしますの? 

 最近私の相手ばかりじゃないかしら? たまには前みたいに外にお出かけしてもいいんですのよ? ずっと私のお相手ばかりじゃ疲れるでしょうし、私もそろそろ創作活動がしたいですわ。

 ねえ、ママン。今日はやめて、休憩にしませんこと? ほら、私だって子どもだから疲れもするし、いい加減飽きてもきますわ。


 や。この積み木もロボットも英語もめ! ですの。私はグイグイ押し付けられる英才教育グッズにやっ、と両手を突きだす。すると。


 あ、あら? ママン、どうしたのですか、そんな怖いお顔をして。せっかくのお美しい顔が台無しでしてよ。マ、ママン。ちょっと落ち着きましょう? ね? 子どものすることじゃないですか。

 ね、ママン、落ち着いて? ママン? お目々が怖いのー!? 



   ◇◇◇



 あ、ママン。

 はい、わかりました。これが今日のノルマ、もといお勉強ですね。はい、わかりました。お任せください。はい、これ位当然できます。

 あら、追加ですか。フフフ。ママンったら本当にスパルタ……いえ、教育熱心ですのね。

 はいはい。私はママンの課題こなすマシーン。


 ……じゃない! いい加減、執筆したい。売れっ子作家に私はなるんだ。

 キッとママンを見返せば、ママンは必死な表情。


 ……困ったな。正直、そう思う。

 だってママンがこんなにも前後不覚になっているのは、間違いなく私のことを思ってくれてるから。根底に我が子への愛情があるから。

 だからたとえありがた迷惑だったとしても、ただ跳ね除けるなんて私にはできない。


「あー、遥。ちょっといいか?」

 どうやって創作活動時間を確保しようかと考えていると、今までお勉強タイムに聞かなかった声に顔を上げた。パパンだ。


「なに、あなた? 今、葉月のお勉強中なのだけど」

 ママンは私のお勉強時間を邪魔されたのがお気に召さなかったのか。不服を隠しもせずパパンを見上げる。


「その勉強なんだけど、一度考えてみないか?」


 おお、パパン!? パパンの予期せぬ言葉に私は目を輝かせる。


「……どういうこと?」

 い、いやーん、ママン、怖い。


「あー、ずっと勉強ばっかじゃ、遥も葉月も疲れるだろ?」

 そんなママンに臆することなく、パパンは笑顔で気遣う。


「気遣いありがとう。でも、私にはこの子をきちんと育てる責任があるの」

 わー、ママンが闇落ちしてますわ。


「んー、葉月が俺の子とは思えないくらい頭がよくって、遥がそれを伸ばそうとしてくれてるのはわかってるけど」

 それでもパパンは怯まない。おお、今日のパパンは一味違う?


「わかってるなら口を出さないで」

 ダークサイドママン怖いっ!


「でも、俺にとって大切なのは葉月が頭いいってことじゃなくて、遥と葉月なんだよ」

 ……パパン?


「大事なのは葉月が何ができるかじゃなくて、遥と葉月が何をしたいか。だろ?」

 パパンは笑顔で言い切った。


 パ、パパーン! なんていいことを言うんだ、あなたはっ!

 しかも、ここで私だけじゃなくてママンも入れるあたり! お前がイケメンかっ!


「で、でも、葉月はまだ小さいから。親の私がするべきことを考えてあげなくちゃ」

 パパンの言葉に動揺しながらも、ママンは反論する。


「遥がそうやって葉月のことを考えてくれるのは嬉しいよ。でも、俺はそれよりも遥と葉月の笑顔が見たいよ」

 うおおおおっ! イケメンパパンの笑顔とイケメンセリフに全私が鼻血を噴きそうになった。

 今まで頼りないだとか、ママンに比べてバカそうとか思ってゴメンよ。あんたがビッグダディだよっ!


「……葉月の、笑顔」

 ママンは呆然と私に振り返って、私を見る。


 私は、どんな顔をしていいかわからない。正直、遊びに見せかけた勉強漬けのこんな生活はもうやめてほしい。私はこんなお勉強よりも執筆活動がしたいのだ。それを示すためには、ここで不満な顔を見せるべきなんだと思う。


 でも、呆然と私を見つめるお母さんの顔は、どこか傷ついているように見えた。だから、そんなお母さんを責めるような顔はできなかった。

 大丈夫だよ、と。そう応えるように、私は笑ってみせた。


 ブワッと、お母さんが両目から涙をあふれさせた。


「ごめん。ごめんね、葉月」

 お母さんはぎゅっと私を抱きしめてくる。その力強さが、お母さんの後悔を表してるみたいだったから。私はお母さんの背中を撫でるようにさすった。


「ありがとう、葉月」

 お父さんが、そんな私達二人を包み込むように抱きしめた。


「話そう、三人で。家族でどうしたいか話して。それで家族全員が笑っていられる家庭を作っていこう」

 ギュッと抱きしめる腕は頼もしかった。


 二人の抱きしめる強さが嬉しくて。三人分の体温が温かくて。

 うん。私はこの家の子どもになれて、本当に幸せだと思えた。



 あ、パパン。ちなみに私がしたいのは創作活動です。

 だから、私の笑顔のためにジャポニカ学習長とえんぴつをください。

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