幼稚園
第9話 清澄学院付属幼稚園
三歳になった。
ここから一大イベント。幼稚園入園だ。
なにせ普通でもそこそこのイベントなのに、私はまったく自分に見合っていない大学までエスカレーター式の私立・清澄学院付属幼稚園に入園することになったのだから。
事の経緯はこうだ。
「あなた、葉月の幼稚園どうしましょう?」
ある日、ママンがパソコンの前に座って言った。
「そうだなー」
パソコン画面を見ながら、パパンは腕組みした。パソコンいいなー。早く私もパソコンで執筆がしたい。
「そもそも選んだりなんてできるの? 入れないことはないのかな?」
「それはあるんだけど……一番近くのあけぼの幼稚園は評判が悪くって」
「そうか。葉月がお世話になるんだ。いい幼稚園がいいなー。私立の白星幼稚園は? あそこならジムとの通勤路沿いだし、俺も送り迎えできると思う」
「そうね。白星幼稚園なら私も安心だと思うんだけど」
そう言いながらも、ママンはパソコンから目を離して、封筒を机の上に載せた。
「実は綾部先生から幼稚園を紹介できるってお話があって」
「綾部先生?」
「私の大学時代の恩師。前に葉月のIQ測定をしてもらったって話した」
「ああ……その先生から紹介?」
パパンは怪訝そうに封筒を手に取った。
「清澄学院付属幼稚園……あれ? 清澄ってまさかあの清澄?」
パパンが驚きと疑問のない混ざった声で聞く。
「ええ。あの清澄」
ママンは端的に肯定した。
清澄。
そう言われて私の頭に浮かんだのはお坊ちゃん、お嬢様が通うことで有名な私立大学だ。縁もゆかりも無かったから詳しくは知らないけど、偏差値は高いし、エスカレーター式の大学付属高校もあったはず。それがまさか付属幼稚園もあったなんて知らなかった。
「……学費、高いんじゃ?」
パパンは情けない顔で尋ねる。
大丈夫だよ、パパン。一般家庭の親御さんは子どもを幼稚園から私立になんて通わせられないのが普通だよ。
「それが、葉月は幼稚園の間、学費無料でいいって」
「ええ!?」
なんで!? パパンと同時に私も驚く。
「ほら。その葉月のIQ測定の結果が凄い良かったから」
「ああ……」
ママンの説明に私も納得。特待生なんて制度は前世の自分には無縁だったので、頭に無かった。
「うーん……悪くない話だとは思うけど」
パパンが唸る。
悪くないどころじゃない。あの清澄の付属幼稚園にタダで通えるのだ。何を悩むことがあるんだろう?
「周りはお金持ちとかばっかりなんだろ? 通う葉月もだし、遥のママ付き合いのも大変じゃないか?」
目からうろこだ。考えれば確かにその通り。でも、女の私より早く、そんな風に私とお母さんの人間関係のことを考えてくれていたなんて。
「……そうかも」
ママンはどこか嬉しそうに頷く。うん。こんな風に学費無料なんかに釣られないで、旦那さんが自分のことを気にしてくれるんだ。嬉しくないわけないよね。
くー、羨ましい。私もこんな旦那さんに出会いたかった。……あ、前世の古傷が。
「でも、私は葉月がいい環境で過ごせるなら」
そして、そんな夫婦だから自分のことよりも娘の私のことを考えてくれるんですね。もう幸せに泣きそうです。
「うーん。清澄は頭には無かったけど距離も遠くないな。でも、世界が違い過ぎて環境のことはわからないな……まあ、清澄だしあけぼのより悪いってことはないだろうけど」
パパンは悩むように頬をかく。
「葉月ちゃん」
ママンが私の前にしゃがみこむ。私が首を傾げると、ママンは私を抱き上げた。
「春から葉月ちゃんは幼稚園っていうところに通うの。今ね、パパとママはそれをどこにしようか悩んでるの。片方はパパとママと同じような家の子が通う白星幼稚園」
私を抱えるママンの代わりに、パパンがパソコンの画面を指差す。
「もう片方が、お金持ちの子でよく知らない子が通う清澄学院付属幼稚園」
パパンがパンフレットを指差す。
「葉月ちゃんはどっちがいい?」
ママンは優しい声で、三歳児の私に聞いてくれる。普通の三歳児に言ってもわからないだろうが、ママンは聞いてくれる。
IQ測定の後は暴走したけれど、それを後悔してママンはこうして私の意思を聞いてくれるようになった。それがとても嬉しい。それに、当然私にはお母さんの言っていることの意味がわかる。
「こっち」
私は迷わず指差した。清澄学院付属幼稚園のパンフレットを。
「いいのか? 見た目はいいかもしれないけど、一緒の子達とは仲良くなりづらいかもしれないよ?」
パパンが確かめてくる。
私は笑って頷く。体は幼女、中身はアラサーだ。どっちにいっても仲良くなれる自信はない。
……なんて自虐は置いても、私は迷わず清澄学院付属幼稚園を選ぶだろう。
お金は大事。そんなことは前世でわかりきってる。結局、私がクビになるかどうかも、それを稼げるかどうかで決まったんだ。
なら、それがタダになるなら迷うことなんてない。
「だいじょうぶ」
それに、私立のお金持ち幼稚園なんてめったにできる経験じゃない。将来、いい創作のネタになりそうだ。そう考えて、私はニマニマ笑った。
そんな私を見て、『そ、そう』と両親は引き笑いを浮かべていた。
いけない、いけない。私、普通の幼女ですよ? ニッコリ。
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