第10話 親バカの娘自慢 【七瀬 健人】
俺達の娘はめちゃくちゃ頭がいい。
親の欲目なんかじゃなくて、これは間違いのない事実だ。
なにせ数値と結果がそれを証明してる。
IQはまさかの180だし、清澄付属幼稚園に保育料免除の特待生として推薦されているのだから。
そもそも生まれた時から、その兆候はあった。
娘の葉月は生まれた時もほとんど泣かなかった。どこか異常があるんじゃないかと医者が心配したほどだ。幸いそれは杞憂だったわけだが、その後も泣かないで夜泣きも全然なかったから、うちの子は健康なのかと一時期本気で心配になった。
もっとも俺達が話しかけると笑ってくれるし、手を伸ばしたりしてくれるから、可愛くて仕方なかったし、葉月はただ泣かない子なんだなくらいに思うようになった。
「あっえー!」
そんな葉月が、急に大声を出したことがあった。葉月のおもちゃを買って帰った日のことだ。
ビックリして振り向くと、葉月は心配する遥をよそに俺に目と手を向けていた。
珍しい。葉月はいつも遥か俺が近付けば大喜びで反応してくれるのに、今は駆け寄って心配する遥を無視して、ひたすらに俺に、いや俺の持つおもちゃに目を向けていた。
驚きながらも、どこか初めて見るような葉月の子どもらしい反応というか物への執着に、少し安心している俺もいた。
その後、明確に自分が欲しいものの意思表示をして、そのクレヨンのフィルムと箱まで開けさせられた時にはやっぱり賢すぎないかと笑うしかなかったけど。
そのクレヨンで俺達の絵を描いてくれたのは、本当にびっくりしたけど本当に嬉しかった。その絵は寝室に額に入れて飾った。
葉月が隠れてこそこそ何か書いている。何かと思って覗き込んでみるとアルファベットを書いていた。
「葉月! 英語が書けるのかっ!?」
「英語っ!?」
思わず叫ぶと、遥も驚いて駆け寄ってきた。そりゃそうだろう。生後一年に満たない子どもが英語なんて書けるわけがない。
葉月はスケッチブックを隠そうとしていたが、遥と俺が粘ると見せてくれた。
「凄いっ! やっぱりうちの子は天才だ!」
大興奮で葉月に高い高いしていると、葉月はいつもの大喜びをせず、訴えるようにスケッチブックと俺を見ていた。意味がわからなかったけれど、しばらくしてそれは物をねだる葉月の仕草なのだと理解した。
赤ん坊のうちから男に物をねだるとは、将来恐ろしい女の子になりそうだ。そんな葉月の未来を思い描くとどこか楽しくて、どこか嬉しくて、やっぱりどうしようもなく笑ってしまった。
遥が大学時代の教授に葉月を診てもらうと言い始めた。
いやまあ、確かにどう考えても葉月の賢さはただ事じゃなかったし、大学で心理学を専攻していた遥が言うならそうした方がいいんだろうと思ったから任せることにした。
結果、うちの子のIQは180だった。
マジか、どうして俺みたいなバカからそんな天才児が? 遥のDNAか?
まあ何はともあれ、やっぱりうちの葉月は天才だ!
なんて俺は無邪気に喜んでいたけれど、遥はそれではすまなかった。この子に相応しい教育をしなければいけないといろんな教育グッズを買い始めた。
まだ幼稚園にも行ってない子に勉強なんてと思ったけれど、当の葉月も喜んでたから悪いことじゃないかと遥に任せることにした。
だけど、見てれば遥は家に閉じこもって葉月の教育に付きっきりになるし、葉月も段々反抗的になっていった。そりゃ二歳であんなことを強制されれば嫌にもなるだろう。
俺は遥を止めることにした。葉月のことを思ってくれるのは嬉しいけど、やり過ぎだし遥本人も気負い過ぎてるように見えたから。
なんとか制止に成功し、葉月にも尊敬の眼差しで見られた気がした。やったぜ!
と思えば、いつものねだりの視線だ。今度はノートですか、そうですか。
そんな賢い葉月に、なんとあの清澄学院付属幼稚園から声がかかった。
特待生として保育料無料で招待するというのだ。
どうしたもんか、と俺は思った。
保育料無料は家計的には大助かりだけど、あの清澄だもんな。
お坊ちゃんお嬢ちゃん大学のイメージが強い。それの付属にうちみたいな普通の家の子が行くことが幸せなことになるのか疑問に思った。万が一、いじめでもされて葉月に悲しい思いをさせたくない。遥のママ友も心配だ。
けれど、当の葉月に聞いてみれば乗り気だった。となれば、俺が止めるのも変なもんだ。
まあいい。行ってみて、葉月や遥によくないところだったら別の幼稚園に移ればいいだけだ。
そんな風に考えながらも、怪しげな笑みを浮かべ、俺の視線にニッコリと笑顔を切り替えた葉月を見て苦笑してしまった。
お坊ちゃんお嬢様相手でも、この賢い葉月がどうこうされる気はしないなぁと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます