第11話 幼馴染’s


 ということで入園しました、清澄学院付属幼稚園。


 はー、あるとこにはあるものですねー。

 一目でこんな感想を抱かせる幼稚園があったとは、素直に驚きだ。

 まず何せ幼稚園のデザインがオシャレ。


 なになに? 清澄学院附属幼稚園はキリスト教教育をしている?

 あー、だからあんな立派な礼拝堂なんてあるんですね。

 しかし、子どものうちから宗教ですか。 洗脳ですか? 怖いですね。お近づきになりたくない。

 なんて思ってたけど、軽く触れるくらいで信仰も強制されるわけではないらしい。なんでもキリスト教について理解があるだけでも、グローバルに活躍する際の相互理解に役立つ云々。なるほどー。でも宗教をそんな程度に考えてるって相手にバレたら余計に怖いんじゃないかな? まあ、相手によるか。


 しかし、いちいち調度品やら部屋の色調やらオシャレでお高そうだ。幼稚園児なんてすぐに物を壊したり汚しそうなものだけど、いいのかしら? それとも清澄に通うお坊ちゃま、お嬢様となれば幼稚園から大人しいのだろうか?


 結論から言うと、その予想は半分当たりで、半分外れといったところ。

 育ちがよくていらっしゃるからか、清澄の子は一般的な幼稚園児のイメージに比べれば大人しく思える。

 しかし、そうは言っても所詮三歳児。うるさい子はうるさいし、わんぱくな子はわんぱくだ。いいねいいね。子どもはやっぱりそうじゃなくっちゃ!

 全力での追いかけっこなんて、いつ以来だろ? ちょっと楽しくなってきた。私も交ぜてー!



  ◇◇◇


 そんな風に久しぶりの外遊び、幼稚園ライフを満喫していた私だったが、とても気になる子ができた。


 ふわっふわのブロンドヘア。ハーフらしいその子は、自由時間中ずっと絵本を読んでいる。まだ三歳児なのに、ちょこんと床に座ってゆっくり本に目を落とす彼女は妖精のように愛らしい。

 仲良くなりたい! 何より私も本を読みたいっ!


「私も一緒に読んでいい?」

 だから、私は胸をドキドキさせながら声を掛けた。


 その子はキョトンと私の顔を見つめ、

「どうぞ」

 天使の微笑みを浮かべた。可愛いー!


 天使の名前は白雪エレナちゃん。

 見た目通りのハーフの子で、俳優のお父さんとロシア人のお母さんの間に生まれたらしい。この可愛すぎる見た目も納得の血統だ。

 そんな本が大好きで深窓のお姫様みたいな彼女と、私は休み時間の度に一緒に本を読むようになった。



 そして、もう一人。絵本のコーナーに常連さんがいた。

 西園寺蓮くん。

 大学病院の院長の息子だという彼は、三歳にしてすでにメガネを掛けていて、それだけでもう頭がよさそうに見えた。

「ほん、すきなんだ?」

 いつも一緒になる彼に、私はそう問いかけてみた。

「……ぼく、ぜんそくだから」

 彼は小さい子どもに似合わない寂しそうな顔で答えた。

「ぜんそくなのと、ほんがすきなことはかんけいあるの?」

 答えになってない答えに、私は首を傾げた。本が好きなのは本が楽しいからじゃないんだろうか?

 私の問い重ねに、彼はメガネの奥の目を大きく見開いた。

「かんけいない。うん、かんけいない」

 彼は心から楽しそうに笑った。

「うん、ぼくはほんがすき」

 そう言って笑う同好の士。


 彼を加えたエレナちゃんと私の三人が、清澄学院付属幼稚園•年少・本の虫組になった。



   ◇◇◇


「はづき! ほんばっかよんでないで、そとであそぶぞ!」

 絵本浸りな幼稚園生活を過ごし始めると、いかにもわんぱくな男の子が腕を引いてきた。


 早くもガキ大将の片鱗を見せている彼は、大空寺翼。

 ゼネコン会社の社長子息。その血をいかんなく引き継いでそうな彼は見るからに体育会系で、いかにもリーダー気質だ。すでにわんぱくな男の子達の中心だ。


 そんな彼になんで私が絡まれているかといえば、本の虫になる前に外で一緒に遊んでいたからだ。加えてまさかの父親同士が同級生だったらしく、偶然再会したパパンズは大喜びして、ちょっと前に彼の家でバーベキューをするという家族ぐるみの付き合いになった。

 

 結果、ありがたいことに私は気に入られたらしいのだけれど、そのせいで穏やかな絵本コーナーに嵐を呼び込んでしまった。

 いやまあ、外遊びも嫌いじゃないんだけどTPOをわきまえた振る舞いや声量を……なんて幼稚園児には無理だよね。むしろ三歳で本の虫な私達が異端だ。


 外遊びは悪くないし、別に翼が嫌いなわけでもない。

 となれば素直に頷いてもいいんだけど、そうしてしまうと、翼はこれからもここに乗り込んできかねない。

 うん。問題行動はむやみに餌付け・強化しない方がいい。


「わるけど、ほんよんでるから」

 私はつれなく誘いを一蹴する。

 翼の顔が怒りに紅潮する。やりすぎたか? 少しは彼のプライドも尊重すべきだったかもしれない。

 そんな翼と私の間に、蓮くんが体を割り込ませてくる。私をその背に庇うようにして。れ、れんくーん。イケメン行動に私はときめいた。……いかんいかん。三歳児相手なんて犯罪もど犯罪。


「……おまえ、おんなとほんなんかよんでてはすかしくないのかよ」

 翼は悔しさを隠すように暴言を吐いた。


 パアンッと、私は気付けば翼を叩いていた。


「おまえっ!?」

 怒りに顔を上げた翼が止まった。


「れんは……れんくんは、そとであそびたくてもあそべないんだから」

 自分がどんな顔をしてるかわからなかった。


 でも、頬を流れるものに泣いているのは遅れて理解したから。

 きっと酷い顔をしてたんだと思う。




 翌日。

 翼はまたも絵本コーナーに足を踏み入れてきた。


 な、なんだー! やるか!? た、確かに人前で叩いたのはやりすぎちゃったけど、私達の楽園の平和を乱す気なら容赦しないぞ!

 

「ごめん」

 私がファイティングポーズを取るより早く、翼は蓮君に頭を下げた。


「しらないで、ひどいこといった」

 おいおい、イケメンかよ。私は感動した。間違いを素直に認めるなんて、大人でもなかなかできることじゃない。それも公衆の面前で指摘されて、謝るなんて。


「はづきをとられて、くやしかったんだ」

 はいっ!? 三歳児の裏表ない告白に心臓が裏返った。

 お、落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。単純に素直な告白をしただけだ、って告白じゃなくて。スーハースーハー。


 うん。確かに私は最初遊んでたくせに、気付けば読書ばっかりしてた。翼達、もともと一緒に外遊びしていた組をないがしろにしていたと言わざるをえないかもしれない、うん。


「ひるやすみはいっしょにあそぶ。ひるやすみいがいはほんをよみたい」

 私は翼と蓮君、エレナちゃんを見る。


「それでもいい?」


 蓮君とエレナちゃんは頷いて、翼は見るからに明るい顔をした。可愛いな。こんな素直に喜んでくれるなら嬉しい。

 うん。創作にも体力は必要だから、これから昼休みは翼達と運動をしていくことにしよう。

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