第15話 入学祝い
六歳。
小学校入学を目前に控えて、お父さんはデレデレと顔を歪めて聞いてきた。
「葉月ちゃん、入学祝いは何が欲しい?」
パソコン!
即座に頭にそれが思い浮かんだが、すぐに口にはできなかった。
小学校入学。
ランドセルに教科書、体操着。入学に入用なものは沢山あって、お父さんとお母さんには金銭的な負担を掛けてる。それなのに、ここでそんな本来不要な高額なものまでねだれない。
だから、すぐに口にできなかった。
なら、ポメラはどうだろう?
ポメラは文章作成に特化した事務ツールで、軽量小型。どこでも執筆ができる優れものだ。それでいて機能がメモに特化している分、パソコンほど高価じゃない。
でもパソコンと違って調べ物はできないのと、何よりポメラを欲しがれば私が小説を書いていることが両親にバレてしまう。
そんな風に思い悩んでいると、ママが私の前に座った。
「葉月。私達に遠慮なんかしなくていいのよ」
優しい顔で、お母さんは笑った。
胸が温かさでいっぱいになった。その反面、同時に締め付けられるように痛んだ。
私は、この両親に隠し事をしている。
創作活動を誰かに話すのは恥ずかしい。でも、私はまっすぐに、そして一直線に作家になりたい。
それには周りの理解は必要不可欠だし、何より私はこの両親には正直に夢を伝えたい。
「お母さん。お父さん」
「うん」
「はい」
緊張に声を上擦らせる私に、二人は静かに頷いて、真摯に向き合ってくれた。
「私、小説家になりたいです」
「うん」
「ええ」
二人は再度静かに頷き……って、え? それだけ!?
小学校入学前の子どもが口にするには、我ながらなかなか衝撃的な夢と告白だと思うんだけど!?
驚きに目を見開く私の前で、お母さんとお父さんは楽しそうに笑った。
「いや、なあ?」
「予想的中、ね」
お母さんとお父さんは顔を見合せて笑った。
「……なんで?」
ようやく私の口から疑問が漏れ出る。
「そりゃ、あれだけノート書きまくってれば……見たわけじゃないよっ!?」
苦笑してたお父さんが思い出したように叫ぶ。
本当か? 何も聞いてないのに勝手に否定する奴ほど怪しいんだぞ?
「本当よ」
疑念の目を向けられたお父さんをお母さんが庇う。
「ノートの中なんて見なくてもわかるわよ。ずっとあなたのことを見てるんだから」
柔らかなまなざしは、まるで私を包み込むよう。
「俺の少年漫画片っ端から読んでただろ?」
「私の少女漫画に小説まで」
楽しそうにお母さんとお父さんは笑い合う。
「それであれだけ必死に隠して書きまくってればな」
「中は見てないけど、書いてるのが絵じゃなくて文字なのはわかってたから」
「しかし、小説家って具体的な目標までもう持ってるとは」
「流石は神童……ううん」
「「私達/俺達の娘だ」」
両親は、揃って私に笑いかけてくれた。
「うぇ……」
胸が温かくて、止めどない嬉しさが込み上げて。
「ふぇえええっ」
だから、私はどうしようもなく泣いてしまった。
「ふふっ。葉月が泣くなんて珍しいわね」
そんな私をお母さんは正面から抱きしめてくれた。
「こんな風にするのもどれ位ぶりだろうな」
お父さんは私の頭を大きな手で優しく撫でてくれた。
だからやっぱり、私はどうしようもなく泣き続けてしまった。
「で、葉月の欲しいのはあれだろ?」
ようやく泣き止んだ私の前で、お父さんは親指で後ろを指した。そのデスクの上にあるのは。
「どうして?」
わかったのとまで言わなくても、
「わかるさ。俺が動画編集してる時も、ずっと欲しそうに見てたもんな」
お父さんはすべてわかってるというように笑う。
「ちょうどそろそろ新しいのが欲しいと思ってたんだ」
「あら? 私は買い替えていいなんて言ってないけど」
「ええっ!?」
「冗談よ。あなたはともかく葉月に嫌われたくないもの」
「そんなー」
こんな時まで夫婦仲良く戯れて、お母さんも笑う。
「葉月にはちょっと早いかもしれないけど」
言いかけてお母さんは頭を振る。
「ううん。あなたにとっては遅すぎたくらいよね」
「入学祝いだ。葉月は葉月のやりたいことを目いっぱいやれ」
ずっと欲しかったプレゼントに、ずっと見守ってくれてた優しさに。
「ありがとう。お母さん。お父さん」
私は、心から感謝した。
「今度、葉月の小説読ませてな」
「ぜったい嫌っ!」
「えーっ!?」
それとこれは話は別! 恥ずかしいものは恥ずかしいっ!
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