第14話 恐ろしい子……!


 幼稚園の奥の物置部屋の中に私達は入った。

 終わった後の幼稚園。密室に王子様と二人きり。

 こう聞けば胸がトキメキそうなものなのに、まるでドキドキしない。

 まあ、相手は精神年齢五分の一以下の子ども、おまけに腹黒ストーカーだ。

 仕方ないね。


「はづきちゃん、ぼくのことよくみてます?」

 グサッ。心当たりしかない腹黒の第一声がクリティカルヒット。

「そ、そんなことないよ?」

 小説のキャラクターの参考にするために人間観察していますとは、間違っても言えない。恥ずか死する。

「ふーん? でも、えりちゃんにチョコもらったあとのぼくはみてたよね?」

 怖っ!? 確認というより確信している。言葉遣いも五歳児とはとても思えない。

「みてません」

 即座に否定した。

 君子危うきに近寄らず。触らぬ神に祟りなし。火の元には近づかないに限る。

「ふーん?」

 なのに秀一くんは私の言葉をまるで信用していないご様子。流石腹黒ストーカー。疑り深い。

「ほんとうにしらないひとは、ふつうはなんのことですかっていいますよね?」

 ニコリと、ダークエンジェルスマイル。


 ヒイイイイイイッ! 怖っ! この子、怖いっ!

 言葉遣いといい、こうして口止めに来てることといい、裏表といい、まるで五歳児じゃないよっ!

 帝王学か!? 帝王教育がいたいけな幼稚園児を恐怖腹黒ストーカープリンスに変貌させてしまったのか!?


「はづきちゃん?」

 腹黒王子は小首を傾げて恐怖に言葉も出ない私を覗き込んだ。

 騙されないぞ。いたいけな容姿をしていても、その中身はとんだ性悪だ。

「ひどいです。ぼくはなかよくしたいっておもってるのに」

「ヒィッ!?」

 まるで私の内心を読んだかのような発言内容とタイミングに、思わず悲鳴を上げてしまった。

「……なんでぼくのことこわがるんですか?」

 腹黒王子は潤んだ上目遣いで私を見つめてくる。

 うっ。腹黒とはいえ、外見は可愛らしい五歳児だ。そんな顔をされると、私が悪いことをした気分になってくる。


「ぼくいつもおんなのこにかこまれてるせいで、あそべなくって。なかいいこもできなくて」

 それは確かにかわいそうだと思ってた。女の子に囲まれた後、窓の外を見つめる秀一くんの憂い顔を思い出す。

「そういうのにかんけいなく、はづきちゃんやともだちはたのしそうで」

 確かにお山の大将な翼や本好きな蓮くん、エレナちゃん、そして私は王子やそれを取り巻く女子集団とは関わることもなく、平和で楽しい幼稚園生活を送っている。

「ずっとうらやましかったです」

 シュンッとうなだれて、王子はボソリと呟いた。

 ああ。この子はこんな顔をしたまま、友達と遊んだ記憶もなく幼稚園を卒園するんだろうか? そう思うと、どうしようもなく同情してしまった。


「それじゃあ、おともだちになりましょう?」

 気付けば、私は手を差し出していた。

 王子は呆気にとられたように私を見上げ、次には私の手を見下ろした。

「いいんですか?」

「もちろん。なかよくしましょう」

 私は頷く。すると王子は笑って、おずおずと私の手を取った。

「これでわたしたちともだちね」

「ともだち……」

 秀一くんは感極まったようにその単語を反芻した。

 そうだぞ。君が求めてやまなんだ友達だぞ。嬉しかろう、喜ばしかろう。


「じゃあ、いっしょにあそんでくれるってことですね?」

 うんうん、もちろんだとも。

「えりちゃんたちがきても、いっしょにいてくれるってことですよね?」

 ……うん?

「これでおんなのこたちがきてもへいきです。ぼくはともだちとあそんでいて、いそがしいんですから」

 秀一くんはニッコリと天使のような笑顔で私を見返した。


「しゅ、しゅういちくん……?」

 さっきまでの憂い顔はどうしたの? そんな思いで私は彼の名前を呼ぶ。

「はづきちゃんってほんとうにいいこですね。おともだちにすかれるわけです」

「あ、ありがとう?」

 唐突な誉め言葉に疑問形でお礼を言ってしまう。

「でも、よのなかいいひとばっかりじゃないから、きをつけたほうがいいとおもいます」

 ……それって誰のことを言ってるんでしょう?

「それじゃあ、あしたからよろしくおねがいしますね」

 別れ際に再度見せたエンジェルスマイルは、彼の腹黒さを見事隠していた。


「あ! あっ! あんたが、いうなぁー!」

 五歳児に手玉に取られた私は、一人物置部屋で絶叫するしかなかった。

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