第13話 要注意人物


 幼稚園。天使のように可愛い子ども達。


 そんな可愛かった子達は、年々変わっていってしまった。

 無邪気に可愛いなんて思っていられたのは年少までで、年長ともなれば実に半分近くもの子が実に可愛くない進化を遂げてしまっていた。


 見た目は可愛いのだ。まだ幼稚園児なのだから当然だ。可愛いに決まっている。

 しかし、その中身は見た目ほどに可愛くない。いやな感じに大人びてしまってきている。

 うん、正直なめてた。これはパパンがタダでも私を通わせるのを躊躇したのが理解できる。



   ◇◇◇


 清澄学院付属幼稚園の子どもがどのように可愛くないか?

 私の要注意人物メモを通して紹介しよう。


 まず、要注意人物筆頭。

 姫宮瑛莉ちゃん。

 うん、彼女は苗字のまんまのお姫様だ。それもパンがなければお菓子を食べるタイプの。

 そんな彼女の実家は、旧家の姫宮家。一族から多くの政治家を出しており、その中には首相経験者も含まれる。

 そんな彼女に表立って逆らう子は少ない。みんな幼稚園児にして、大人の世界の事情を理解しているらしい。世知辛いねっ!

 彼女は清澄学院付属幼稚園最大の女子グループを形成し、そのトップに君臨している。

 いるんだよねー。子どもの頃から自然に派閥みたいなの作る子って。

 しかも好きな男の子ももういるし、それの邪魔になりそうな相手に睨みを利かせている。五歳にして、もう立派に女だ。

 くわばらくわばら。できることなら関わり合いになりたくない。



 で、そんな彼女に目をつけられたのは蓮見秀一くん。なぜなら彼もまた特別な存在だからです。

 なんて言ってみたかっただけは置いておいて、彼こそ男子側要注意人物筆頭にして、まさに清澄学院付属幼稚園の王子、トップ・オブ・ザ・ワールドだ。

 あの銀行からボールペンまで。あらゆる産業に根を持つという大財閥・蓮実家の直系。

 それだけで人生勝ったも同然なのに、容姿端麗・頭脳明晰な両親からその遺伝子を余すことなく引き継いだイケメンだ。これでモテなきゃ嘘だよねー。

 もっとも、この幼稚園には姫宮さんがいるから粉かけるバカなんて……いた。いっぱいいた。


 みんな隠れて、あるいは姫宮さんに対立してる瀬名グループの子は表立って、王子こと蓮実君にアプローチをかけている。ヒイィィイイ、恋愛ガチンコバトルゥ! 女子達が王子を争って、ルール無用のバーリトゥード!

 王子は満足にお友達と遊ぶこともできず、女子の引っ張り合いに体が裂けんばかりだ。いっそアメーバみたいに分裂でもできたら楽だろうに。

 自由時間が終わって女子軍団が離れていくと、彼はこっそり窓の外にアンニュイな顔を向けていた。モテる男って本当に大変なんだね、合掌合掌。

 あ、でもまさに少女漫画のヒーロー、スパダリみたいな設定だから観察しとこう。作品のキャラクター原案にちょうどいい。



 ところで、そんな哀れな被害者である彼を、私はなぜ要注意人物認定しているのか? 聡明な皆さんは疑問に思ったかもしれないが、私は彼の本性を見てしまったのだ。


 年長のバレンタインデー。

 周りを牽制するように、これ見よがしに瑛莉ちゃんは秀一くんにチョコレートをプレゼント。

 王子様であるところの秀一くんは、表向きニッコリありがとうとそれを受け取った。

 しかし自由時間が終わって瑛莉ちゃん達が離れて人目がなくなった一瞬。

 気が緩んだのか、魔が差したのか。

 彼は一瞬。ほんの一瞬だが、自分の本性を見せた。

 目を細め、うっとおしそうに瑛莉ちゃんの背を見送ると、忌々しいものを投げ捨てるように、今貰ったチョコレートをカバンに叩き込んだ。


 思わず二度見した。

 だってそれは王子というよりも、むしろ反対の悪役といった表情だ。

 ハッと、私の目線に気付いたのか秀一くんがこちらを見た。だから私はすっと目を逸らした。だって私は何も見ていないから。

 ええ。幼稚園の王子様がわがまま姫を忌々し気に見送ってたことも、その贈り物を叩き捨ててたことも私は何も見ていませんとも。


   ◇◇◇


「はづきちゃん、ちょっといい?」

 そうは問屋が卸さなかった。

 いつもならさっさと迎えの車に乗って帰るはずの秀一くんは、なぜか幼稚園に残っていた。しかも、女子トイレの向こうの廊下に身を隠して。

 あらやだ王子様。それって世間一般で待ち伏せって言うんじゃないかしら?


「ごめんなさい、しゅういちくん。おとうさんがおむかえにきてるの」

 内心をおくびにも出さず、私はさらっと答えた。もちろん嘘である。

「ふーん? はづきちゃんのむかえっていつもおそいってきいたけど」

 やっぱりストーカーじゃん。特に仲良くもないはずの同級生に迎えの時間を把握されている恐怖よ、これいかに。

「あとここではなしてると、ほかのおんなのこがきちゃわないかな?」

 ストーカーが恐ろしいことを言い出した。王子様とこんな場所で二人きりで話していたと瑛莉ちゃん始め王子様大好きー隊に知られた日には、面倒ごとが誘蛾灯に群がる羽虫の如く押し寄せてくるのが目に見えている。

「むこうのおくのほうが、ほかのこのじゃまにならないかな?」

 ストーカーは無邪気な顔で自分の潜んでいた廊下の奥を見る。確信した。一人きりのトイレ終わりに待っていたことといい、この腹黒は確信犯だ。

「そっか。それじゃそっちいこ」

 ストーカーの言いなりになるようで不満だったが、瑛莉ちゃんに目をつけられることに比べればはるかにマシだ。私は諦めてストーカーの後に続いた。

 あ、こう書くとストーカーのストーカーみたいで面白いかも。私は間違ってもストーカーじゃないけど。

 ホントだよ? キャラクター造形の参考に観察はさせてもらってるけど。

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