第12話 執筆環境


「葉月は凄いなー。賢いなー」


 パパンがニッコニコ私を見ている。ウザ……じゃなくてお邪魔虫。

 買い物中に筆記用具をねだった私は、無事にノートとシャーペンを手に入れた。

 そして喜び勇んでプロットを書いていたのだが、大問題が発覚した。

 両親の目があるから、まったく創作に集中できない。

 や、と拒絶の意思表示をして中を見られることはなんとか阻止しているものの、集中なんてできるわけがない。人目があるだけでも集中を阻害されるというのに、書いているのは見られるのも恥ずかしい創作の種だ。

 自分の部屋にパソコン、それどころか行き詰まったらカフェに通うことすらできていた大人ってつくづく恵まれていたんだなと痛感する。



 しかし、前世を羨んでいても仕方ない。今できることをするだけだ。

 そう割り切って、リビングの片隅で執筆、執筆。

 んー、手で書くなんて凄い久しぶり。前世の学生時代、授業中にルーズリーフに書いてた時以来かなー。

 そんな風に懐かしく思いながらも、次第に集中していく。あ、いい感じ。すごい久しぶりだから、書くのが楽しくて止まらない。これ、時間が飛ぶ奴だ。


「葉月ちゃんは何を書いているのかなー?」

「っひゃい!?」

 唐突に頭の後ろから掛けられた声に飛び上がった。


「は、葉月ちゃん?」

 恨み骨髄で振り向けば、パパンがおろおろと目線をさまよわせている。

「そ、その邪魔してごめんね?」

 ウロウロさせていた手を合わせて、パパンは頭を下げた。

 でもそんなことで至福の時間を邪魔された私の怒りはおさまらない。

「やっ! おとうさんきらいっ!」

 ガーンとショックを受けて、パパンは泣きそうな顔になった。

 ふんっ! そんな顔したって知らないんだからね!


「葉月ー、ゴメンよー」

 やっ!

「葉月ー、パパが悪かったよー」

 ふ、ふん!

「葉月ー許しておくれよー」

 そ、そんな顔したって知らないんだから。


「いい加減、許してあげたら? お父さんだって悪気があったわけじゃないんだから」

 ママン……。

 わかってる。これは私の勝手な都合で、お父さんが全部悪いってわけじゃない。けど、これは私にとって死活問題なんだ。執筆できなければ、冗談抜きで私は死ぬ。


「葉月、なんだってするから」

 哀れに娘の横暴に平謝りするお父さんを見てると、仕方ないなって気になってくる。本当に憎めなくって、優しくて、私を愛してくれる最高のお父さんだ。

 ふっと、私は笑ってしまった。


「は、葉月っ!」

 パパンが歓喜の声を上げる。

 許してあげよう。私の身勝手なんだから、と考えるも私は一旦停止した。

 今、なんでもするって言ったよね?


 私は考える。

 執筆に必要なもの。なんといってもパソコンだ。今時、手書きなんて考えられない。

 欲しい。喉から手が出るほど。

 そう標的を定めるも、思い止まる。


 幼稚園児の私がパソコンを欲する。それは流石に不自然に過ぎるし、何より幼稚園児には過ぎた買い物だ。お父さんとお母さんに金銭的負担を掛けすぎる。

 グッと我慢して考える。

 パソコンは近いうちに手に入れる方法を考えよう。

 では今、私が望める執筆に必要なものはなにか?

 私はまた泣きそうな顔を浮かべるパパンの後ろの廊下の先を見た。


「わたしのおへやがほしい」

 そう。今回の問題はそもそもそこだ。

 人目にはばからず執筆できる環境。何よりもまずはそれが必要だ。それがなければ、パソコンを手に入れても執筆に集中することはできない。


 パパンとママンは目を見開いて驚いた。けれど、それは困ったといった反応ではなく、純粋に私がそんな要求をしたことに驚いたといった様子だ。

 まあ、年少さんで自分の部屋を要求する子ってあまりいないかもしれない。少なくとも、前世では自分の部屋を貰ったのって小学校入学の時だった気がする。

 ただ、都心では十分な程に広い3LDKのアパート。お父さんとお母さんがこのアパートを選んだ理由は、どう考えたって生まれてきた私のための部屋を準備してくれていたからだと思う。

 なら、この要求は両親に無理を強いているわけではないはずだ。


「あげるあげる! 部屋くらいすぐにあげるからっ!」

 案の定というかなんというか、パパンは一も二もなく何度も頷いた。

 ……あれ、これ私が頼めばパソコンくらいすぐに準備してくれるんじゃ?

 頭をよぎった邪な考えを私は頭を振って追い出した。



 こうして私は幼稚園年少さんにして、執筆に集中できる環境、自分の子ども部屋を手に入れた!

 あとは机とやっぱりなんて言ってもパソコンだよなー。どうしよっかなー。

 え? 机はもうある? 

 ありがとう、お父さん! 大好きだよっ!

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