第42話 修正


 応募しちゃってるものは仕方ない。

 KODAI社との契約は、当然ながらそう落ち着いた。KODAI社が権利を持つのはあくまで応募作についてで、他の作品にまで影響を及ぼさない。独占契約を結んでいたわけでもあるまいし。

 うん。わかってやったこととはいえ、なんかすいません。



 そんなことを思いながら、前世同様に担当編集になった矢作君と早速打ち合わせをしている。


「さて、修正についてですが」

 

 ゴクリと唾を飲む。小説を書いてる人ならほとんどの人にわかってもらえると思うけど、修正作業を好きな人なんてまずいない。苦労して作ったものにダメだしされて嬉しい人なんてそりゃいないだろう。


「泉先生の受賞作はネット小説で結果を出してます。なので、あまり直すことはないんですよね」

「え?」

 期待外れな矢作君のセリフに、思わず首を傾げる。


「ネット小説はネット小説特有のリズムがあります。それはスピード感にあふれていて、読者に心地いいテンポです。それを下手に崩すと批判の的になります」

「なるほど」

 矢作君の指摘は、私も感じていたことなので飲み込みやすい。


「ただ」

 しかし、矢作君の話はそこで終わりではなかった。

「それは一つの解答例であって、正解とは限りません。ネット発の小説で修正を施してるものも多数あります」

「それはどうして?」

 矛盾する話に私は尋ねる。

「理由は幾つかあります。まずネット小説と何も変わってないのであれば、読者は改めてお金を出して本を買う必要がありません。ファンであれば、それでも買ってくれるかもしれませんが、メリットが薄いことは間違いありません」

「なるほど」

 当然すぎる理由に私は頷く。

「次に、ネット上の話に矛盾がある場合など。ネット小説は速さを重視するため、細かい考証などをしている時間がありません。その結果として、矛盾点等が生じることもあります。それを出版時に修正します」

 それも納得できる理由だ。私は頷く。

「最後に、これが一番大きいんですが作者様の意向です」

「作者の意向?」

 矢作君が改まって強調するように言ったため、私は矢作君の言葉を繰り返して尋ねる。

「さっき言った通り、ネット小説は急いで書いています。そのために作者様自身も納得いっていない、書き直したいと思っている場所が多々ある場合があります。それにネット小説は読者の反応やコメントがあります。それを参考に修正したいと思う作者様も多いようです。これは一度発表をしてから出版をするというネット小説ならではの強みですね」

「なるほど!」

 それは非常にわかりやすい話だ。気に入ってない場所や、世間の反応に応じて直せる。そんなことは今までの小説なら考えられない方法論だ。


「さて、そこで話を戻しますが」

 考え込む私に矢作君は語り掛ける。

「泉先生はどうされますか?」

 それは、まるで私を試してるような問いかけ。

 バカにして。私は笑う。自分の作品がよりよくなる可能性を持っている。それを聞いて、挑戦しないなんて作家じゃない。

「矢作さんはどう思ってるんですか?」

「え?」

 逆に問い返した私に、矢作君は目を丸くする。

「私の担当編集者・・・・・の矢作さんは、私の作品を読んでどう思って、どうしたいと思ったんですか?」

 挑戦的な私の言葉に、矢作君は笑った。

「そうですね。細かいところは別にしても、文章全般に言うことはありません。簡易でわかりやすい。とても十一……いえ、デビュー前の新人とは思えません」

 昔と同じく、矢作君は褒めるところから始める。

「主人公もいい。どこか抜けていて、それでいてバカじゃない活発な女の子。男女ともに愛される魅力があります。そのヒーロー役である幼馴染もいい。男のツンデレはちょっと笑えますね。その掛け合いのテンポの良さ。小気味いいコメディ。それだけでサクサク読めます」

 流石、矢作君! わかってくれたー? そこが楽しくかけたところでもあり、続けるのに苦労したとこなんだよねー。えへへ。

「ただ、他のキャラが弱いです。主人公とヒーローの行動に対するリアクションをするだけになってしまってます」

 ウッ!

「必ずしも悪いとは言いません。周りがモブであることによって、対照的に主人公とヒーローの主役感が増しています。ただ他のキャラの輝きがないせいで、主人公達に都合よく作られた世界感、箱庭感は拭えません。リアリティが薄れているとも言えます」

 フ、フフ……。や、矢作君、随分ズバズバ言うようになったじゃない。初めてですよ、ここまで私の作品をコケにしてくれた読者さんは……なんて現実逃避な物まねを思い浮かべるくらいには胸をえぐられた。

「すいません。言い過ぎました」

 矢作君が頭を下げてくる。言うことは言うようになったけれど、小学生相手に頭を下げるその実直さは相変わらずかと笑ってしまいそうになる。

「いえ。矢作さんの仰る通りだと思いますから」

 確かに締め切りに追われてたのもあって、主人公達以外の作りこみは甘かったと認めざるを得ない。役割を配置して、その通りに動かしただけ。そこにそのキャラクター達の意思はなかったと思う。

「私は書き直します。いえ、書き直させてください」

 目を見開く矢作君に、私は言葉を続ける。

「だから、矢作さんは今みたいに率直な意見をくださいね」

 矢作君は、口元を抑えて嬉しそうに、楽しそうに笑った。


   ◇◇◇


 その夜。

「葉月。今度はAAA文庫の編集って方から電話来てるけど」

「……へ?」

 戸惑うお母さんの呼びかけに、私は間抜けな声を漏らした。

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