第28話 オリジナルの消失


 ネット小説を飲み込んで。練り上げて。

 私は、新しい作品を作り上げた。


 作り上げた作品をどうやって活かすか。

 わからなかったその方法も学んだ。

 始めはどうしていいかわからなかったけれど、お父さんが動画投稿サイトにエクササイズを投稿してるのを見て、思いついた。

 YoTVでネット小説を調べれば、おススメのみならず技法から攻略方法まで幾つもの動画が出てきた。攻略方法動画の中で一番再生回数が多いものを選んで、私はネット小説投稿のポイントを学んだ。


 投稿は連日。

 時間帯は、読者が読むだろう登校や通勤時間。

 ベストの曜日は花の金曜日や土日。木曜日も狙い目。

 そして、連続投稿するために書き溜めてから投稿すること。


 覚えたことを守って、その通りに新作を投稿する。

 すると、PVや☆は前回に比べて圧倒的に伸びた。

 初めてのレビューも貰えた。

 末端だけれど、ランキングにも名を連ねた。


「凄い凄い凄いっ!」

 そうなれば当然嬉しいから、私は喜び勇んで続きを書く。

 そして投稿する。その繰り返し。


 しかし、あるところで伸び悩んで。

 自分の中で微かな引っかかりが生じて。

 私は、筆が止まってしまった。

 

 楽しくない。

 あれほど楽しかった執筆が、どうしようもなく空っぽに感じて。

 急に何も書けなくなってしまった。

 ああ、覚えがある。これはスランプだ。

 それも、前世を含めても今まで陥ったこともない程、深刻な。


   ◇◇◇


「この前の作者さんが新しい作品を投稿したみたいなの」

 前回同様白々しく、私はエレナちゃんと蓮君にそんなことを言った。


「そうなんだ!」

「気になるから、また見てみるね」

 何も知らない二人の無垢な笑顔に、胸の奥がズキリと痛んだ。


「へえ。どんな作品かな。変わったのか、変わってないのか」

 秀一君はやっぱりどこか裏のある笑みで、でもそんな風に言ってくれた。


 なのに、前と違って週が明けても三人から読了の感想が無かった。



「ネット小説、どうだった?」

 週の半ばほどで、耐えきれなくなって私の方からエレナちゃんと蓮君に切り出した。

「あ」

「うん」

 私に言われて、二人は思い出したように顔を見合わせた。

「前と全然変わってておどろいたね」

「うん」

 二人は感想を確かめ合うかのように、口にしながら頷く。

 しかし、その表情には戸惑いが透けて見えるし、前のような熱がない。

「……楽しくなかった?」

 聞きたくない。そう思いながらも、清水の舞台から飛び降りる気持ちで私は踏み込んだ。

「ううん。そんなことないよ」

「うん。楽しかった」

「あまり読んだことのない小説だったからおどろいたけど」

「しんせんで楽しかったよ」

 二人はうんうんと頷き合う。

 その様子は嘘を言っているようには見えない。私はほっと内心で安堵する。

「でも」

「うん」

 しかし奥歯に何かが引っかかったかのように、二人は曖昧に首を傾げる。

「どうしたの?」

 跳ね上がった心音を隠しながら、私は確認する。

「楽しかったんだけど、私は前の作品の方がすきだったかも」

「うん。ぼくも」

 その言葉に、私は今度こそ清水の舞台から突き落とされた気がした。


  ◇◇◇


「葉月ちゃん」

 昼休みに入ると、秀一君が話しかけてきた。

「僕のかんそうも、聞きたい?」

 急な申し出に、心臓が跳ねた。

 怖い。本当に。

 それでも、頼んだのは私だし、前回も秀一君の感想が何よりも参考になったから。

「うん」

 私は頷いた。

「……うん。それじゃ、行こっか」

 秀一君はどこか辛そうに、どこか諦めたように、だけどそれ以上にどこか嬉しそうに複雑な笑みを浮かべた。


「はい。どうぞ」

 前回を再現するように、秀一君はハンカチを引いて言った。またからかってと一瞬思うけれど、めったに見ない秀一君の道化た様子に気遣いなのだとわかった。

「ありがとう。それじゃあ、秀一君もどうぞ」

 だから素直に受けて、反対に秀一君の足元に私もハンカチを引く。

「え?」

「気遣いくらいは素直に受けます」

 驚く秀一君に、私はお道化返した。

「……本当に葉月ちゃんって」

「なんですか?」

 なんだなんだ。また思わせぶりノーコメントか。

「ううん、大人びてるよね」

「へ?」

 と思えば、そんな素直な恐らくは誉め言葉を投げられたので、拍子抜けしてしまう。そんな私が何か言うよりも早く、秀一君はさっさと座ってしまったのでなんとなく座りが悪い。

「秀一君こそ大人だと思います」

 まあ、腹黒王子が珍しく褒めてくれたのだ。こちらも素直に褒め返そう。

 なにせ私のは体は子ども、心は大人詐欺。対して秀一君のは本物だ。だから、いずれ逆転されそうだ。

「ありがとう。やっぱり、そういうところも大人だと思うよ」

 いつも通りにやける口元を隠して、秀一君はクツクツと笑った。

 ありがとうございます。またそう簡単に負ける気はない。私にだって意地位はあるのだ。


「さて、それじゃ例の新作だけど」

 お弁当を摘まみながら、秀一君は切り出す。

「本当にビックリするほど変わったよね」

 エレナちゃんや蓮君と同じ感想。そこはわかってる。私が知りたいのはその先だから、黙って秀一君の先を促す。

「凄いと思う。見事なまでに小説からネット小説に切り替えた。その結果も数字で出てる。ろせんへんこうは大成功」

 しかし、秀一君は二人と違って今回の作品を誉めたてた。

「優秀なコピーだ」

 コピー。その言葉はズシンと私の心に重くのしかかった。

「かん違いしないでほしいんだけど、僕はコピーは悪いことじゃないと思ってるよ」

 そんな私の顔色を見て取った秀一君はそんなことを言ってきた。

「どういうこと?」

 クリエイターとして、理解しがたい発想だったので私は思わず聞いてしまっていた。

「商売としては、売れないオリジナルより、売れるコピーの方がせいかいってこと。大切なのは売り上げだからね」

 身もふたもない。あまりに明け透けな言葉に、私は固まってしまった。

「さっきも言った通り、数字で結果も出てる。だから、今回のへんこうはせいこうだよ」

 言ってる意味はわかる。わかるけど。

 喉の奥に小骨が引っかかっているような違和感に秀一君を見返していれば、秀一君は困ったように微笑む。

「商売のはじめは二つ。かくしんてきなサービスで新しいニーズをかいたくするか、きぞんのサービスで今あるニーズをみたすか。新しいサービスの方がよく聞こえるかもしれないけど、さいしょにしほんきんを集める役目をはたせるなら、どっちでもいいんだよ」

 相変わらず話の中身が子どものそれじゃない。ただ、資本金と来ましたか。なるほど。確かにお金がなければそもそも作家として食べていけない。

「ただわかるのは」

 秀一君が話の舵を切ったので、私は固唾を飲んで見守る。

「きっと作者さんは今回の作品は書いてて楽しくなかったのかもね」

 伝わった。伝えて、しまった。読者にそんなつまらない感情を。

「まずはコピーありき。それで僕はいいと思う」

 ただ、と秀一君は繋げる。

「いいものは、作ってる人が楽しんでる時に生まれる。だから楽しめるように、いつか自分ならではのオリジナルを付ける。それが他と自分をわけて、きょうそうりょくを高めることになる」

 それは執筆してても納得できる感触。楽しんで書いている時に、いいフレーズを書けるのだ。

「そしてブランド化する。そうなれば自分の商品にプライドも持てて、いいものを作っていけるようになるんじゃないかな」

 秀一君の言葉は胸に染み込んで、私は空を見上げた。

 太陽は眩しくて。でも、空はどこまでも青色で。私の砕けそうな心を、鮮やかに受け入れてくれる。

「秀一君は凄いね」

 そんな空を見上げたまま、私は呟いた。

「え?」

「いつだって正しい評価をくれる」

 秀一君は驚いたように目を見開いて、その後に笑いながら首を振った。

「そんなことないよ。僕は教えられたことを伝えただけ」

 小学生らしくない謙遜。

「それを私に教えてくれたのは秀一君だよ?」

 子どもらしくない反応がどこか嫌で私が言うと、秀一君は私の顔を見て固まった。

「教えられたことに秀一君の言葉を付け加えて届けてくれてる。それはブランド化なんでしょ?」

 ニヤリと秀一君の言葉を借りて言い返せば、秀一君は噴き出して、いよいよ声を出して笑って、

「やっぱり、葉月ちゃんは大人だよ」

 楽しそうに、嬉しそうに。またそんな風に私のことを言ってくれた。

 うん。やっぱりそんな風に言える、言ってくれる秀一君が大人だよと思った。

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