第19話 夏休みのおまけ


 そんなこんなで夏休みイベントをしながらも、私の本分は小説だ。

 書いて書いて書き続ける。

 もちろん売れっ子作家になるという目標のためではある。

 でもそれ以上に、今はただ書くことが楽しくて仕方なかった。

 生まれ変わって七年。

 満足に身動きが取れないところから始まって、何とかクレヨンを手に入れてメモをし、その後もノートにただアイディアだけを書き続けて。お遊び程度に短編を書いたりはしていたものの、きちんとした文章を書くことはずっとできていなかった。

 

 それが今、何に気兼ねなく、思うがままに文章を書き連ねられる。

 こんなに嬉しいことはない。

 ずっと抑圧されてきた物語の続きを、私の頭の中に空想してきただけの世界が、今こうして文章として起こしていける。

 そのことがたまらなく嬉しくて、そうして執筆することがどうしようもなく楽しくて、気持ちいい。


 クウゥウーッ! 

 これだよこれっ! 久しく忘れていたこの感覚!

 創作の海に沈みこんで、考えるもなく次のシチュエーションやイベントが浮かんで、キャラクターが勝手に動き出して、作者なのにまるで自分がその物語を読んでいるような没入感。

 こういうものを、売れ筋を書かなければならない、こういうのを書いた方がいい。

 前世の作家時代のようにそんな余計な思考を挟むこともなく、ただ自分が好きだから、自分が書きたいから書きたいものを書く。本当に好きを書き散らかす自由で贅沢な執筆時間。

 最高の創作。私だけの創作。

 初めて物語が勝手に動き出した時のことを思い出して、私は現在進行形で体感できているその幸せを心から噛み締めた。


「葉月。ずっと部屋に閉じこもってて大丈夫か?」

 お構いなくお父さん。私は元来インドア派なんです。


   ◇◇◇


 その後も執筆に明け暮れ、たまに突発イベントを楽しんでいればあっという間に時間は過ぎて。


「葉月ちゃんは夏休みの宿題終わった?」

「あ……」

 久しぶりに図書館で会ったエレナちゃんの言葉に、私は間抜けに口を開いた。



 マズイマズイマズイ。

 私は両手で頭を抱え込む。

 夏休みはあと一週間足らず。宿題は手つかず。YoYo。

 なんて韻を踏んでる場合じゃない。

 なんでこんなことに。ガタガタ貧乏ゆすりをするが、紛うことなき自業自得。

 思えば前世からそうだ。嫌なことは追い込まれてから片付けるタイプ。私のバカ!


 しかし、私の怠け癖は変わらなくても、前世と今世では私の立場に明確な違いがある。それは、私が清澄の特待生であるという点だ。

 前世なら夏休みの課題をちょっと忘れたくらい、バッカモーン廊下に立っとれですんだかもしれないけど、今世ではそんなものじゃすまない。授業料免除の取り消しというリアルなお金事情に影響しかねない。だから、どうにかするしかない。


「ひー」

 泣く泣く執筆時間を削って孤軍奮闘。

 久しぶりに長時間えんぴつを持って、腕が痛い。腱鞘炎がー。昭和の文豪か。

 今や時代は電子。漢字の書き取りもパソコンにしてください。ダメですか? そうですか。


   ◇◇◇


 終わってしまったよ、私のエンペラータイム。

 久しぶりの学校。私は夏の終わりに泣く泣く校舎に入って、教室の自席へととぼとぼ歩く。


「葉月、久しぶり」

「いたぁ!?」

 バンッと勢いよくランドセルが叩かれる。

 振り向けば翼がいたずらを成功させた子どもの顔で走って逃げてく。

「ひさしぶり葉月ちゃん」

 このぉと思うも、椅子に座ったエレナちゃんの癒しボイスに毒気を抜かれる。

「うん、久しぶりエレナちゃん」

 エレナちゃんに挨拶を返していれば、窓際の席の蓮君も手を振ってくれてる。手を振り返しながら自席に行けば、

「久しぶり、葉月ちゃん」

 隣の席の秀一君が、腹黒と思えないにこやかな笑顔を浮かべていた。

「お久しぶりです、秀一君」

 まあ、学校も悪くないか。私は苦笑して椅子に座った。


   ◇◇◇


「葉月さん、放課後に職員室に来るように」

「……へ?」

 国語の授業終わり、私は先生に呼び出しを食らった。なんで、ホワイ?

「葉月、なにしたんだ!?」

 翼は楽しそうにからかってきた。うるさい!


 放課後。

 やだなー。職員室の呼び出しって大体ろくなことじゃないよね?

 げんなりと思いながら廊下を歩く。

 でも、そうだとしたらそもそもなんで呼び出されたんだろう。授業を聞かないで、小説のプロットを書いてたのがばれたのかな?

 そんな風に呼び出しの理由を考えていると、職員室の前に着いた。

 やだなー、と今一度思いながらも、私は意を決してその扉をノックした。

「失礼します」

 声掛けして、職員室の引き戸を開く。

「ああ、葉月さん」

 すぐそこの席だった国語の中山先生が顔を上げたので、私は中山先生の席に歩いていく。

「中山先生、私なにかしたでしょうか?」

 お叱りであればその切れ味を鈍らせるべく、私はおどおど上目遣いで先生にお伺いを立てた。

「ええ、それなんだけど」

 私の狙い通りか。先生は言い淀みながら机の上の作文用紙を手に取った。

「葉月さん。これは本当にあなたが書いたの?」

 先生に見せられたものを見ると、それは私の夏休みの課題の読書感想文だった。

「はい?」

 私はなにを確認されてるのかと内心で首を傾げながらも頷いた。

「あなた、この本が本当に読めたの?」

「……あ」

 ようやく私は先生が言いたいことに気付いた。私は小学一年生。なのに読書感想文に選んだのは天使の〇。お盆に思い出したから読みたくなったんだ。読書感想文が自由研究との自由選択で、課題図書は自由だったとはいえ、あまり読書感想文に選ばれるような本じゃない上に、そもそも小学一年生の読める本じゃない。

「やっぱり親御さんに書いてもらったのね?」

 私の反応を勘違いした中山先生の口調が厳しくなる。

「い、いえ、違います!」

「それじゃあ、どうしてこの本を選んだのか言ってみなさい」

「それは……」

 なんて言ったものか悩んだけれど、口ごもればごもるほど中山先生の目つきが厳しくなるので私は素直に白状することにした。

「お父さんの実家が長野県だったから、村山〇佳先生のことを思い出して」

「え……?」

 私の答えに、今度は中山先生の方が言葉を失った。

「そ、それはどういう意味?」

 何とか震え声で中山先生が確認してくる。

「その、村山先生は軽井沢在住だったなと思い出したので」

「……なんでそんなこと知ってるの?」

 当然そう訊かれる。

「その、ファンなので」

 今さら何を言っても一緒だ。どうとでもなれ。

「それじゃあ村山先生の作品で他に好きな作品は?」

 本当のことを言ってるのかまだ試す気なのか。中山先生は問いを重ねてくる。

「おいしい〇ーヒーのいれ方です」

 ミーハーみたいで嫌だけど、本当だから仕方ない。するりとピュアな世界に入り込めるところが好きなのだ。

「……私もそう」

「え?」

「私もおいしい〇ーヒーのいれ方好きなのよ!」

 中山先生は聞いたことのない黄色い声で叫んだ。

 え? 

「ショーリ君格好いいわよね! 私もかれんさんになりたい!」

 しかも私よりはるかにミーハーだった!

 あれ? 学校の先生がショーリ君を好きって大丈夫なんだろうか? いや、二次元と三次元は別物。混ぜるなキケン。

「そう思わない? 葉月さん」

 あらぬ疑いをかけていると中山先生は同意を求めてきた。

「そうですね。でも私はマスターの方が」

「葉月さんの歳でマスターの良さがわかるの!?」

 きゃいきゃい中山先生と私は盛り上がり、教頭先生の注意を受けたところで私は解放された。

 

「でも一年生で村山先生の本を読んで、こんな感想を書けるなんて……葉月さんって本当に天才なのね」

 職員室の出がけに中山先生はぽつりと呟いていた。

 ……小説好きなだけです。そのうち化けの皮がはがれるので、あまりハードルを上げないでください。

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