第18話 夏休み
夏休みに入った。
久しぶりの学生の夏休み! 普段抑圧されてるからこその解放感が堪らない。
実に一ヵ月もの間、自由に執筆していいなんて最高だ。
一日目の朝。私はだらだらと惰眠を貪っていた。
うへぇー、最高だよぅ。朝の二度寝は至福。異論は認めない。
いつもは学校があるから、限られたお家時間で執筆しなければならないけど、夏休みは学校時間を丸々執筆に充てられるから少しくらい怠けても大丈夫大丈夫。
前世はお兄ちゃん達と朝のラジオ体操なんてあったけど、清澄通いで都会住まいな今世はそんな習慣もない。ビバ自由。
「葉月、いい加減起きなさいっ!」
ううーん、あと十分ー。
「葉月、夏休みの予定はないの?」
遅めの朝食を食べていると、ママンが聞いてきた。
引きこもって執筆です。
そんな私にとっては天国なスケジュールなのだが、ママンがそういう答えを望んでいなさそうなのはわかる。
「友達と図書館に行きます」
エレナちゃんと蓮君に誘われたので、一日は友達との予定がある。私はそれを精一杯胸を張って答えた。
そんな私の答えに、ママンはあからさまにほっと胸を撫で下ろした。
「そう。他には?」
他? 他とは? 執筆のことかな? それとも惰眠?
「ないよー」
なんてわけはないので、なるべくあっけからんと言うが、ママンは予想通り顔を曇らせた。
「そう」
うーん。これは私がお坊ちゃんお嬢ちゃん学校の清澄で友達とうまくやれてないんじゃないかって心配だよね。
「みんな海外でバカンスだって」
フォローのつもりで私は言ってみる。嘘ではない。
欧米か、と思ったけど本当にみんな海外旅行が夏休みの標準装備だった。さすが清澄。海外旅行は取材として羨ましいなー。将来、執筆の役に立ちそう。まあ、そもそもその執筆をするつもりだからいいんだけどね。
「そう」
しかし、ママンは益々顔を曇らせた。間違えた。他の清澄の家との格差に思う所があるのかもしれない。
少し胸が痛む。実はそうはいっても欧米と違って長いバカンス習慣のない日本人。他のお誘いがなかったわけじゃないんだけど、なんとなく回答を濁してしまっていた。だって、久しぶりに執筆に集中したかったんだもん。
「お友達と連絡することになってるから、今度連絡してみよっかな」
ママンの心配顔が、翼とかの寂し気な顔と重なって、やっぱり人付き合いは大切だと思い直した。
「そう!」
安心したように破顔するママンを見て、少しは外に出ようかと苦笑した。
◇◇◇
でも、これは想定外だ。
「よう、陽二!」
「おー、健人!」
若いパパ二人が爽やかに手を上げ合う。学生時代の同級生だけあって、気やすい挨拶だ。
「お久しぶりです、玲子さん」
「お久しぶり、遥さん」
対照的にママ二人はきちんと会釈する。
「よく来たな、葉月っ!」
そして翼は元気いっぱいに私を迎え入れた。
今日は翼の家に家族でご招待。
ゼネコン会社の社長の家だけあって、翼の家は外装、内装共にこだわりを感じさせるオシャレなものだし、何より広い。都心でこの庭付きの家とはいかに。
それはさておき、その広い庭を活かして今日はBBQ。
んー、肉は好きだけど時間がもったいないなー。執筆してたい。
そんな欲求が鎌首をもたげるが、ママン、パパンに心配かけすぎるのも考えもの。
今日は気分転換のつもりで楽しもう。たまには気分転換もしないと、スランプの元だからね。
「葉月! ちゃんと焼かないと!」
お母さんに注意される。
えー、牛肉はレアでも全然美味しいよ?
「翼もちゃんと焼きなさい」
食欲旺盛な健康優良児も焼ける前からがっついてる。
うんうん。待ってられないよね。いいお肉だし、レア位の方が美味しいよ。
懐かしいなー。前世では鳥のレバ刺しが大好きだった。今は食べれなくなったって知ってちょっとショックだった。
「ハッハッハ。翼と葉月ちゃんは食の好みが似てるのかな?」
女性陣に比べてこっちよりっぽい翼パパンが楽し気に笑う。
「俺だってレアが好きだぞ!」
そして我がパパンは私と翼の間に入って謎の張り合い。パパンェ……。
「似てねーよ、こんなやつ!」
そして翼はツンデレのテンプレ。うん、翼も幼稚園の頃と違って恥ずかしさを覚えたみたい。翼も大きくなってるんだなぁ、なんてしみじみ。
夜、私はお腹を下した。こ、この幼い体に生肉は早すぎたか。
「は、葉月まだか?」
扉の向こう、同じく下したパパンの弱弱しい声。うん、大人子どもの問題じゃないらしい。
「だから言ったでしょ」
以後気を付けます、ママン……。
◇◇◇
お盆。
旅行兼里帰り。
前世では旅行位でしか行ったことのない長野県。そこがパパンの実家らしい。
いいなー。長野と言えば、軽井沢。軽井沢と言えば、避暑地。その涼風の中、ペンを走らせた作家は芥川龍之介、川端康成、横溝正史と枚挙にいとまがない。個人的には村山〇佳さんが居住地なのがポイント高い。
やってまいりました、長野県。
うへー、田舎だ。夏休みの青春物語にうってつけのザ・緑、山! スローライフにももってこいだ。
まるで前世の実家を思い出す田舎ぶり。
そんなことを考えていたら、急に前世の家族を思い出した。
前のお父さんとお母さんはどうしてるかな? 私が死んじゃって、泣いたよね。
でも二人のお兄ちゃんが支えてくれてると信じたい。なんだかんだお兄ちゃん達は頼りになったから。
だから、私は仕事を辞めて小説家なんて好き勝手な生き方をさせてもらえた。
急に寂しくなって、私は繋いだお父さんとお母さんの手をギュってした。
「どうした、葉月?」
「慣れない場所で怖くなっちゃった?」
そんな小さな動きに、二人はすぐに私を覗き込んでくれる。
「ううん」
私は笑って小さく首を振った。
うん。私は元気にしてるよ。今も昔も、家族に恵まれてるよ。
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