第20話 スポーツの秋?


 食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋。

 世の中にはいろんな秋があって、食欲の秋なんかもフルーツに栗と見逃せない美味しさだけど、私にとって不動のナンバー1は読書の秋だ。

 涼しく長い秋の夜。中秋の名月の下で情緒に富んだ作品を読めば、没入感もひとしおだ。


「ゆうしょうするぞっ!」

「「「おおー!」」」


 でも、小学一年生の彼らはもっぱらスポーツの秋だ。

 運動会に向けて翼は目に炎を燃やし、お仲間を鼓舞する。うん、勉強より筋肉な実に翼らしい。ここが翼の見せ場だ、がんばれ。


 ということで、私の一組は運動会に向けてやる気を燃やしている。

 全員が全員そういうわけでもないのだけれど、男子の中心の翼がやる気に満ち満ちて周りを扇動しているので、そこまでやる気のないクラスメイトもまあやるかといった感じだ。

 かくいう私もそうだけれど、せっかく仲のいい翼がやる気を出しているし、作家も体が資本。健全な魂が健全な肉体に宿るかは知らないけど、痛まない腰がないと長時間の執筆はできないのだ。

 ということで特に反対する理由もないのでそこそこに頑張る。今世はスポーツインストラクターのパパンの遺伝子と、そのパパンのたまのレッスン、翼達男子との運動遊びで運動神経も悪くないしね。


   ◇◇◇


 ただ、その中に入りたくても入れない子がいる。

 蓮君だ。

 喘息持ちの彼は、運動をしたくてもできない。運動は喘息の原因になるし、そうなってしまえば運動どころではない。彼は呼吸困難になった時のために酸素を持ち歩いているほどなのだ。

 体育の授業中も座って見学していることしかできない。

 そんな彼は、どんな気持ちでこの光景を見ているのか。

 それは、大人びていながらも羨望を押し隠した彼の瞳が物語っているように思えた。

 気持ちがわかる、なんて喘息になったことのない私にはとても言えない。

 ただ前世で運動が苦手で、どこか高校の体育祭のノリについていけなかった私は、少しだけその置いてきぼり感を理解できる気がした。



「ゆかり先生。体調が悪いので、今日は見学してもいいですか?」

「そうなのか?」

「はい。実は生理で」

 ゆかり先生がガクンと顎を落とした。あれ? 前世は大体これで乗り切れたんだけど……って私、今小学一年生じゃん!

「七瀬。お前、私をからかってるのか?」

「え、えっと、その今のはまちがいで」

「じゃあ、なんだ?」

 ゆかり先生は笑顔を見せながらも、こめかみをピクピクとひくつかせる。アマゾネス怖い。

「えっと、その」

 私はあたふたしながらも、うまい言い逃れもできず蓮君をチラリと横目で見た。

「ほほぉーう?」

 すると、ゆかり先生はニンマリ邪悪な笑顔を浮かべた。

「うむ。体調が悪いものは仕方ない。西園寺と《・・・・》しっかり見学しているように」

「……ありがとうございます」

 言葉通りの邪推を感じるけれど、好都合なのは間違いないので私は大人しくお礼を言っておくことにした。


「はづきちゃん、どうしたの?」

「ちょっと体調が悪いの」

「そうなんだ?」

 蓮君は不思議そうに首を傾げる。うん、まあ実際体調悪いわけじゃないからね。

 でも、嬉しそうに話しかけてくれるので、私は蓮君との本トークに花を咲かせる。

「葉月ちゃんは最近何を読んでるの?」

「スレイ〇ーズ。楽しくて笑えるよ」

「へー、知らない。どんな話?」

「うーん、おてんばな子がむちゃくちゃなことするファンタジー?」

 蓮君が首をひねる。うん、あまり蓮君が読むタイプじゃないかも。それでも、本気でおススメすれば蓮君は読んでくれるんだけど。

「蓮君は何を読んでるの?」

「少年探偵団シリーズを読んでるよ」

「あー! 江戸川乱歩の!」

「うん。さすが葉月ちゃん、読んだことあるんだ?」

「うん。ドキドキワクワクするよね!」

 読んだのは前世の子どもの頃だからきちんと覚えてないけど、少年探偵団に憧れて、お兄ちゃん達にごっこ遊びに付き合ってもらった気がする。

「そうなんだ! 怪人二十面相との対決が気になって」

 どちらかと言えば冷静な蓮君が満面の笑顔を浮かべるのを見ると、同じ本の虫として凄く嬉しい。小学一年生で江戸川乱歩なんて。蓮君は本当に将来有望だ。


 それからも私達は本トークを続けていたが、こらー話してばっかじゃなくて応援もしろよ、と全然本心ではなさそうなゆかり先生のからかいに会話が途切れる。

 そんなんじゃないですーと思いながらも、運動会の練習をさぼって見学してる身なので、せめて応援位しなきゃなーと練習するクラスメイトに目を戻す。

 蓮君はまたあの目をしているのだろうかと、横目で伺った。そうしてみてみれば、やっぱり蓮君はどこか大人な、それでいながら羨ましさと悲しみを奥に隠したような目をみんなに向けていた。


 こんな時、どんな言葉を掛ければいいか私にはわからなかった。前世と合わせれば人生経験は三十も半ばを過ぎるっていうのに情けない。

 私の大好きな本の中のキャラクターだったら、きっと素敵な行動を取れるんだろうななんて思うけど、今ここにいるのは私で、言葉にできない痛みを抱えているのは目の前の蓮君だ。


「えっと、蓮君」

 なんて言っていいかわからないままに、私は呼び掛ける。

 蓮君はハッとしたように振り返って、

「なに、葉月ちゃん?」

 いつもの笑顔を作る。

 そうなればもう何も言わなくてもいいのかななんて思うけど、私は蓮君がその笑顔を作ったということを見てしまっている。

「その、私、蓮君とエレナちゃんと本を読む時間が好き」

 蓮君はキョトンと目を見開いた。うん、そうだよね。私も自分で何を言ってるのかわからない。

「えっと、だから何かって言うと」

 私は顔が熱くなることに慌てて両手をわちゃわちゃ振りながら言った。

「これからも、一緒に本を読んでくださいね?」

 蓮君はますますキョトンとしたから、私は恥ずかしさに目も合わせられなくて、握った手を太ももの上に置いてそっぽを向いた。


「ありがとう、葉月ちゃん」

 そんな私の後ろから、いつも以上に優しい声音で蓮君はお礼を言った。

「僕こそ、これからもずっと一緒にいてね」

 蓮君の純粋なお願いに、私の顔はますます熱くなってしまった。



   ◇◇◇



 運動会は私達の一年一組が入った紅組が勝った。

 翼は出れるだけの種目に出て大活躍。翼の見せ場はテストよりこっちだもんね。良かったね。

 しかし、そんな翼を差し置いて短距離走で一番速かったのは秀一君だ。イケメン、秀才だけじゃなく運動神経までいいなんて。うーむ、これがスパダリか。メモメモ。

 蓮君は応援だけど、小さな声でも私達を応援してくれた。ありがとう、蓮君。


 ちなみに私は障害物競争に出た。楽しそうだったから。障害物競争の中には借り物もあったんだけど、借り物は足の速い人だった。うん、翼だな。

「翼!」

「おっ! 俺の出番だなっ!?」

 翼は喜び勇んで飛び込んでくると、私の手を引いてゴールにダッシュ!

 ちょっと! あんたのスピードで引っ張るな!

 私は私の参加種目なのに、翼に引きずられてゴールした。おかげで一位になれたけど、解せぬ。


「さすが俺達の葉月! 世界一っ!」

 私の微妙な内心など露知らず。お父さんは絶賛して写真をパシャパシャ撮る。

 お上品な清澄の保護者の中で、場違いにテンションが高いので恥ずかしさが半端ない。

「いや。今の一位は俺達の翼のエスコートがあればこそだな」

 と思ったら、翼のお父さんの陽二さんもパシャシャシャシャッと連射で翼の写真を撮影していた。相変わらずだな。とても大手ゼネコンの社長様とは思えない。

「なにをうちの葉月の選択があってこそだぞ!」

「うちの翼の足の速さがあればこそだ!」

 お父さんと陽二さんは撮影そっちのけで取っ組み合いを始める。……もう勝手にして。

「はい。バカなお父さん達は放っておいて二人で記念撮影しましょうねー」

「翼もこっち向いて」

 お父さん達を放っておいて、お母さんと翼のお母さんの玲子さんがカメラを構えてくる。わかりました。

「ほらっ、葉月!」

「あ、ちょっと」

 翼は遠慮なく私の肩を組んできて逆の手でピース。私も苦笑しながら同じようにする。こいつ、私のこと男友達だと思ってるな。

「葉月ー、笑って!」

 はいはい、お母さん。ニッコリ、ピースッ!



「ふーん、葉月ちゃんはどうして僕じゃなくって翼を選んだのかな?」

 ギャッ、秀一君!? ふ、深い意味はないよ? とっさに体力バカの翼が出ただけで。

 他の女子ににらまれそうとか、腹黒に貸しを作ると怖そうとか、ストーカー触れるなキケンだなんて友達相手に思ってませんとも。

 だから、その暗黒スマイルをお止めになって?

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