第21話 三年生 & マンネリ化
三年生になって、クラス替えがあった。
結果、私達幼馴染組はまた同じクラス。
見知った友達と同じクラスなのはありがたいけど、それでいいのか清澄。
これだけの数が二度クラス替えをしても全員一緒になるというのは、果たして本当に偶然なのか? 黒い交際を疑わずにはいられない。
清らかなのは名前だけか清澄。その名前の通り清流のように澄んだ公平さを見せなくていいのか清澄?
そんな風に疑いこそすれ、賢い私は口にしない。長い者には巻かれる。それが上流階級が集まるこの学園で庶民な私が生きる道。
「学級委員をやりたいやつはいるか?」
学級委員。そういえばそんなものもあったなと先生の説明に思い出す。
低学年のうちは生き物係くらいしかなかったが、三年からは学級委員が追加されるらしい。
まあ前世の頃から無縁だし、知ったことじゃない。
そう思ってお空でも眺めようかしらと左を向けば、またぞや隣の席の秀一君と目が合った。そして彼はニッコリと笑った。
背筋を撫でられたようにゾワッとした。この子が脈絡なく笑うのは別に珍しいことじゃないけど、この能面に張り付けたような笑顔はなにか裏がある時の笑顔だ。総じて言ってしまえば、私にはろくなことがない。
「葉月ちゃん、学級委員やろっか?」
ほら見ろ。
「……なんででしょうか?」
警戒たっぷりに私は身を引く。
「うん。それは」
「はいっ!」
元気な声が上がった。
驚いて見れば、瑛莉ちゃんがピーンと真っすぐに手を上げていた。マジか。
驚くも、悪くないなと思う。女子最大派閥の瑛莉ちゃんが学級委員をやれば逆らう人間は少ないだろう。上流階級に生まれたこの学院の子達は小学生にして、世渡りというものが身に沁みついているのだ。
「いいやる気だ、姫宮。他にいるかー?」
幸先よく立候補が上がったことに機嫌をよくしながら、先生はクラスを見渡す。
しかし、そんな先生の視線より気になるのは チラッチラッとこちらを、正確には秀一君を見る瑛莉ちゃんの視線だ。わー、わかりやすい。
一方そんなわかりやすい視線を送られた秀一君は、断固気付かないふりをしてニコニコ私を見ている。
なるほど。私は事情を理解する。
秀一君は瑛莉ちゃんが立候補するのを察していたのだ。そしてその後に向けられる秋波にも。
なぜ瑛莉ちゃんが学級委員に立候補したのか。
それは学級委員が男女一名ずつだからだ。
これだけわかりやすいアピールをみればわかる。瑛莉ちゃんは秀一君と学級委員になるために立候補したのだ。
となると、この後起きるのは、
「はい。男子の学級委員は秀一様がいいと思いますわっ!」
ですよねー。再び手を上げた瑛莉ちゃんによる秀一君の推薦。
これで対立候補がいなければ、秀一君と瑛莉ちゃんが学級委員コンビになるのは確定的に明らか。
秀一君はそれを避けたいのだろう。
まあ、わかる。瑛莉ちゃんが学級委員になるというのは助かる面も多いだろうけど、揉めることも多そうだ。瑛莉ちゃんは最大派閥と言っても、対立派がいないわけじゃないからバチバチのバトルもありうる。
「また瑛莉さんったら、好き勝手して」
「このクラスに伊織様がいないからって」
あー、言ったそばから二番手派閥の子達がヒソヒソと密談している。まったくもってノープロブレムな状況じゃない。同じクラスの私としても穏便に落ち着いてほしいところだけど、この状況で名乗りを上げるバカは間違ってもいないだろう。
南無南無。
私は合掌して無関係ですよーと秀一君から目を逸らした。
結局、学級委員は秀一君と瑛莉ちゃんに決定した。
秀一君が人知れずため息を吐いていたが見なかったことにした。申し訳ないけど庶民の私には何もできません。
◇◇◇
三年生になっても、今日も今日とて私は小説を書く。
小学校が終わって家に帰って、夕食までの間に執筆。もはや日課となったその習慣に、最初は目が悪くなると少し難色を示していたお母さんももはや何も言わなくなった。諦めたとも言う。ゴメン、ママン。これだけは譲れない。
執筆は今でも楽しい。
書きたくて仕方なかった企画案の多くを文章化し、残りの文字起こしを今も続けている。それとは別に新しいアイディアを考えてもいる。
だけど、それも二年もするとマンネリ化していた。
原因は考えるまでもない。
刺激が無いのだ。
今の私は生産して、それを自家消費しているだけ。
本当にただ創作が好きなだけの人はそれで満足なのかもしれないけれど、生憎私は自分の作品を読んでもらえた時の、それを喜んでもらえた時の快感を知ってしまっている。
前世の自分の作品を調べる。
笑っちゃうほどに評価は少ない。だけど、引っかかった一つだけの感想。
この作品は本当に平凡な物語です。
他の作品のような見せ場や盛り上がりに欠けるかもしれません。
でも、現実に寄り添うような自然さの中に、ふとこの作者様ならではの優しい世界が垣間見えます。
そんなこの作品が、私は好きです。
体が震えるほどに、嬉しくなった。
思い出す。前世で初めてファンレターを貰った時のことを。
作家デビューした一作目。
私の中では、一番売れた処女作。
一月後に、編集さんからファンレターですと手渡された可愛い便箋。
読んでいて幸せな気分になれました。泉先生の描く優しい世界に引き込まれました。私もこの作品の世界に行ってみたい。浸りたい。だから、泉先生の次の作品も楽しみに待っています。
それだけ。たったそれだけの言葉に私は泣いてしまった。
作家になって良かったと、心の底から思えた。
それがあまりに嬉しくて、私はその便箋を引き出しの奥に大切に大切にしまい込んでいた。
読んでもらいたい。
そして、読者の感想が聞きたい。
一度思い出してしまえば、その思いはどうしようもないくらいに膨れあがってしまった。
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