第4話 念願の筆記用具を手に入れたぞ☆


 今日も今日とて考える。

 うむ、飽きた。


 そりゃそうである。今の私の日課は食う、寝る、考える、両親にかまってもらう。以上、解散!


 これは酷い。拷問もかくやである。

 しかし、愚痴を言っていても仕方ない。

 私はひたすら考える。考える。考える。私は考える葦である。


 アイディアはたくさん考えた。昔のアイディアが新しいアイディアに押し出されてしまうほどに考えた。あー、行かないで、私のアイディア!


 うむ。こうなると何がしたいかと言うと、書きたくて仕方ない。

 こんなにモチベーションが高いのは、さすがに生まれて初めてかも。

 書きたくて書きたくて震える。

 だから、体が自由に動かせる日を夢見て、私は考え続ける。



   ◇◇◇



 そんな日々を過ごして多分半年位。

 私に転機が訪れた。クレヨンだ。


 ガラガラやらブロックやら子どものおもちゃを抱えるダディー。私のことが大好きで仕方ない両親は気が早いおもちゃもまとめて購入したらしい。

 しかし、それらを持ってダディーはどこかに行ってしまいそうだ。


「あっえー!」

 私は必死に叫んで手を伸ばした。届け! 私の想い!

 

「葉月ちゃん、どうしたの?」

 お母さんが慌てた様子で駆け寄ってくる。普段大人しい私が大きな声を出したものだから、不安にもなるだろう。申し訳ない。

 それでも。それでも、これだけは譲れない。


「あっあー」

 私を抱きかかえてくれるお母さんのことも構わず、私はお父さんに、お父さんの持つクレヨンに手を伸ばす。


「お、俺か?」

 お父さんは自分を指差して、歩み寄ってくる。


「ああー」

 お父さんが抱えるクレヨンに手を伸ばす。


「これが欲しいのか?」

 お父さんがガラガラを差し出してくる。


「いいうー」

 少し前にすわった首をかろうじて横に振る。

 すると両親は目を見開いて私を見た。


 あれ? 生後半年でこんな意思表示をしてよかったのだろうか?

 ……ええい、知ったことか!


「あーあー」

 再度、クレヨンに手を伸ばす。


「こ、これか?」

 お父さんがクレヨンを差し出してくれる。


「あうあう」

 私は大喜びで両手を開いた。


「ああ」

 お父さんは嬉しそうに笑って、クレヨンを私に持たせてくれる。


「あう」

 私は、ようやく手に入れた筆記ツールが本当に嬉しくて、ぎゅっとそれを抱きしめた。



   ◇◇◇



「うちの子は天才なんじゃないだろうか?」

 ニマニマとダディーが私を見つめている。

 うん、書きづらい。可及的速やかに立ち去っていただきたい。



 あの後、ダディーにクレヨンのパッケージを開けてもらった。

 『あええ?』と可愛らしく上目遣いで懇願すれば激チョロだった。いや、嘘です。何をお願いされてるのかわからないダディーに意図を伝えるのは少し苦労した。でも、ダディーが私のお願いを一生懸命理解しようとして付き合ってくれたのは本当。 本当にありがとう、お父さん。


 マミーは私にクレヨンを持たせることを怖がった。飲み込むんじゃないかとでも思ったのかもしれない。でも、私は必死に両手で握り締めて、絶対に渡さないという意思表示をした。私に涙目で見返されたお母さんが、心に深いダメージを追っていた。本当にごめんなさい、お母さん。


 何はともあれ、筆記用具は手に入れた。となれば、次は紙だ。

 ということで私は『あうあー』と空中で紙に字を書く真似をした。最初は微笑ましく私のパントマイムを見ていた両親だが、やがて『まさか絵が描きたいのか?』と驚愕した。


 試しにといった様子でダディーがスケッチブックを持ってきた。固唾をのんで期待満面の瞳で私を覗き込んでいたので、私は苦笑してダディーとマミーを見返した。


 本当に優しい私のお母さんとお父さん。

 その顔を見て、私はスケッチブックにクレヨンを走らせる。絵は得意じゃなかったし、クレヨンを持つ指もきちんと握れなくて苦労したけれど、精一杯の感謝を込めて二人の似顔絵を描いた。


 私の描いた絵を震える手で持って、お母さんとお父さんは心から喜んでくれた。




 までは良かったのだが。

 

「葉月は次は何を描くのかなー?」

 それ以来、私がクレヨンを握ると、ダディーが期待満面の笑顔で私の手元を除いてくる。おかげで本来の目的の創作ができやしない。


「いいうー」

 私は精一杯嫌そうな顔をして、ダディーにプイッとした。


「葉月ちゃん!? なんで? 俺なんかした?」

 効果は抜群でダディーはオロオロと両手をワタワタさせた。うっ。ちょっと心が痛むけど、ここは我慢我慢。頭の中のアイディアがどこかに行ってしまう前に、記録として残さなければならないのだ。


「放っておいてあげたら? なにか一人で書きたいのかも。ね、葉月ちゃん」

 近付いてきたお母さんが微笑みながらダディーを諭してくれる。流石、マミー話がわかる! やっぱこういう時は女性の気遣いが最高だよっ!

 私は最高の笑顔でお母さんを見返す。


「そうか……わかった」

 その私の笑顔を見たダディーはトボトボと歩み去っていった。


 うん、なんかごめん。でもこれでようやく創作に集中できるというものだ。

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