第24話 感想と手紙交換


 翌週。


「葉月ちゃん、読み終わったよー」

「僕も」

 おお、心の友よ! 

 素直 & 優しい本友な二人に涙を禁じ得ない。

「ありがとう! どうだった?」

 早く生の読者の感想を聞きたいワクワク半分、逆に聞くのが怖いドキドキ半分で私は尋ねた。


「面白かったよ」

「流石、葉月ちゃんのおススメだね」

 あ、あ、ありがとうーーー!!! 

 書いてきてよかった。私がずっと書いてきたことが無駄じゃなかった。すべてが報われるような高揚感に私は涙を堪えるのがやっとだった。

「とちゅうはドキドキしたけど、最後に四人がなかよくなれてうれしかったよ」

「このまま友達じゃなくなっちゃうのかって不安だったけど、やさしい話だったね」

 エレナちゃんと蓮君は笑顔で語る。

 まさに狙い通りの感想を抱いてくれたことが本当に嬉しい。

「ゆあちゃんのやさしさと、くるしさとうれしさをすごい感じたの」

「ともき君がゆあちゃんを思ってあんなふうになっちゃうのがこわかったけど、ゆあちゃんのおかげで、またやさしいともき君にもどれたね」

 その後も私は二人が感想を語り合うのをニコニコと聞いていた。


   ◇◇◇


 次の休み時間。


「さっきはすごいうれしそうだったね?」

 私が席を立つより早く、秀一君に話しかけられた。

「うん。エレナちゃんと蓮君が私の勧めた小説の感想を教えてくれたから」

「ああ。僕も読み終わったよ」

「え? 秀一君も?」

 ちょっとびっくり。習い事とかで忙しい秀一君が読んできてくれるなんて。それもこんなに早く。それだけ私の作品が止まらなかったってことかな? エヘヘ。

「うん。いい青春小説だったね」

 ニコリとパーフェクト王子スマイル。でもそれがパーフェクトすぎるから、秀一君の裏を知ってる私には裏があるように見えてしまう。あと小学生のくせに、感想まで当たり障りがなく可愛げがない。本当に純粋に楽しんだの?

「ふーん。どこがよかったの?」

 そんな疑問が言葉にもなってあふれた。

「男女のおさななじみ二人にそれぞれライバルが出てきて、関係性が変わるのは面白かったね。しかも全員悪い人じゃなくて、だから全員が友達になって、だからこそ悩むのも共感できたし、ハッピーエンドになったのもうれしかったよ」

 思わず秀一君を見つめてしまった。

 お手本のような感想だ。本当に小学生か、君は。し、しかし、何はともあれわかってるじゃないか。そうだろうそうだろう。読者にそんな風に感じてほしくって作った作品だとも。

「葉月ちゃんは?」

「え?」

「葉月ちゃんはどうだったの? 好きだから僕達におススメしたんだよね?」

 ……そういえば、そんな設定でしたね。

「う、うん。素敵な作品だなって思って」

「ふーん。どこら辺が好きだったの?」

 ギャッ!

「れ、恋愛ってステキであこがれるなーって」

 ヒイイィッ! 演技とはいえ、自分で自分の小説の感想を言うのは恥ずかしいっ!

「ふーん? おススメするほど好きなのに、あっさりした感想だね?」

「は、恥ずかしくて」

 そう! 全身が痒くなるほど恥ずかしいんだぞ!

「そうなんだ?」

「そうなんです」

 秀一君の追及に私は短く言い切る。もう勘弁してください。

「でも、それじゃあ秀一君もあの作品を気に入ってもらえたんですね?」

 矛先を向け返して、今後も身近な読者になってくれそうか確認してみる。

「うん。僕は気に入ったかな?」

 僕は、という言い方と語尾の疑問形が気になるのは私が作者だから気にしすぎているのか、それとも秀一君の腹黒さを警戒しているからか。

「気になる言い方ですね」

 煮え切らない感想に思わず一言いいたくなってしまう。

「ほら。実際に人気が出てないから」

 ぐっ。

 そう。まさにそこなんだ。私がみんなに感想を聞いてみたくなったのは。

「どうしてだと思います?」

「うーん、そうだね。お客さんにあったサービスになってないからじゃないかな」

「えっ!?」

 思わず声を上げてしまった。だって、秀一君はあまりにあっさりと言って、自分の答えに自信がありそうだったから。

「そ、それってどういう」

 だからその意味を聞こうとしたけれど、ガラッと扉が開いて次の先生が入ってきてた。

「ざんねん。次の授業だね」

 ええーーっ!?


   ◇◇◇


「それじゃ、このもんだいわかる人いるかなー?」

 わかりません。


 先生には申し訳ないが、私はまったく授業に集中できなかった。

 授業前に秀一君が言いかけてた答えが気になって仕方なかった。

 秀一君は私の小説が人気が出ない理由をわかってる? 

 なんで? なんで私の小説は人気が出ないの?

 それが気になって気になって仕方ない。これじゃ生殺しだ。授業どころじゃない。


 私は隣の秀一君を盗み見る。

 秀一君は授業をしっかり聞いてる。……ふりをしながら、別の勉強をしている。この秀才はいつもそうなのだ。小学校三年の授業内容は既に全部頭に入ってるのだろう。いつも違う何かを勉強してる。それでいて先生に当てられても、どうやって聞いているのかすんなり正解を答えるのだ。君は聖徳太子か。嫌味な奴。

 ともあれ、そういうことであればちょっとくらい邪魔したっていいだろう。何より私が気になって気になって仕方ない。

 私はノートの一番後ろのページを切り取った。


『お客さんにあったサービスになってないってどういうこと?』

 私は隣の秀一君の机の上に、メモを書いたノートの切れ端をすっと載せた。

「うん?」

 秀一君は不思議そうに私を見返してきた。

 いいから見て。そして答えをちょうだい。ナウッ。

 必死の表情と切れ端への目線で私は私の言いたいことを伝える。

 秀一君は目を丸くして、楽し気に笑った口元を手で隠して切れ端に目を落とす。そして、そこにサラサラと何かを書き始める。そう、それでいいの。

 書き終わった秀一君が、メモを返してくる。私は急いでそれを見る。

『言葉どおり。あのサイトの読者が読みたい作品になってないんじゃないかな』

 直接的な意見に、ガンッと頭を殴られたような衝撃を受ける。

『どうしてそう思うの?』

 私はすぐにメモを返す。秀一君はメモを書く。相手をしてくれるのは嬉しいんだけど、書いてる時間がもどかしい。

『まずネット小説っぽくないよね。あとていねいな文だなって思うけど、悪く言えばスピードがおそいかな』

 再度の衝撃。ネット小説っぽくないというのは言われてみればそうだ。書店とかで見るネット小説っていうのは、ほとんどがファンタジーものだった。

 わかっていた。わかっていたけど、こうして明確に言葉にされることで、私は改めて大きなダメージを追っていた。


 だからその後も、授業は全然頭に入らなかった。

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