第25話 昼食と商売
「秀一君、一緒にお昼を食べませんか?」
授業終わり。お昼休みになった瞬間に私は秀一君に声をかけた。
秀一君は驚いたように私を見た後、すっと周囲を見渡した。んっ?
ギャッ! 女子達が私を射殺さんばかりに睨んでる。
「よろこんで。葉月ちゃんは好きな本の話がしたくてたまらないんだね」
ニッコリと笑って、秀一君は言った。あれ? もしかしなくてもフォローしてくれてる?
「ゆっくり話したいし、しずかな場所に行こっか」
そして抜け出せるようにエスコート。……今回ばかりは、この腹黒さんにも素直に感謝せざるをえない。
驚きだけど、清澄学院に給食という概念は存在しなかった。
幼稚園まではあったのだけれど、初等部に上がってからは自由。お弁当を持ってくるもよし、食堂で食べるもよし。自由を重んじる校風とか、お金持ちの親御さんに配慮とかあるらしいけど、やっぱり別世界だよなーと思う。
で、いつもはエレナちゃん、蓮君たまに翼と秀一君といった幼馴染で教室で食べてたのだけれど、今日はどうしても二人で話したいのもあって、あんな大胆な考えなしなお誘いをしてしまった。後が怖い。
「ここなら目立たないかな?」
体育館の裏。体育館入り口の階段を秀一君は目で示した。
「そうですね」
自分のためかもしれないけれど、人目につかない場所を選ぶ配慮はありがたい。
なんて思ってると、秀一君はポケットから白いハンカチを取り出して敷いた。流石、上流階級。私なら余裕で地べたリアンだった。
「はい。葉月ちゃん」
と思ってたら、秀一君は敷いたハンカチの上を私に譲ってきた。貴族かっ! いや、似たようなものなのか。
「いえ、そんな! 秀一君が座ってください」
「女の子を地面に座らせて、自分がハンカチの上に座れないよ」
欧米かっ! これだからフェミニストは!
なんて私は恥ずかしさに混乱していたが、思い出す。ハンカチくらい、私だって持ってる。
「おかまいなく。私もハンカチを持ってますので」
私は自分もハンカチを地面に敷いて、その上に座る。
「そう? ざんねん」
そんな私を見て、秀一君はクスクス笑いながら白いハンカチを自分の方に引き戻して腰かけた。
……絶対私をからかって遊んでたでしょ、これ。皆さーん。皆さんが王子だと思ってる見せかけフェミニストは、女の子をおもちゃにするとんだ腹黒王子ですわよー。騙されないでくださーい。
「「いただきます」」
私と秀一君は隣り合って、お弁当を食べ始める。
「それで秀一君。読者が読みたい作品になってないというのは?」
しかし、ご飯を口に運ぶより早く私は気になって仕方ないことを聞く。
「うん。まずさ、あの作品ってネット小説っていうよりは一般の小説よりだよね」
「というと?」
恥ずかしながら、私はネット小説を読んだことがない。前世ではまだ流行ってなかったし、今世でも読んではなかった。
「葉月ちゃんにすすめてもらった作品が面白かったからね。ランキングの作品もいくつか見てみたんだ。そうしたら全然別物だからびっくりしたよ」
「え、いつのまに?」
「先週」
いやそれはそうでしょうけど、と思って思い出す。秀一君は全読書家垂涎の速読スキル持ちなのだ。前にエレナちゃん達と一緒に本を読んだ時、ページをめくる手が異様に早くて発覚した。能力盛りすぎでしょ。何か弱点はないのか。と思ったら全女子ドン引きのストーカーだった。みんな、早く気付いたほうがいい。
「なにか失礼なこと考えてない?」
ギャッ。腹黒ストーカーは勘が鋭い。
「いいえ、滅相もありません。こうしてお付き合いいただいてますのに」
「そうだよね」
ニッコリ。
「もちろんです」
ニッコリ。
「それで別物というのは?」
話が逸れたので戻す。
「その前に、いいかな?」
しかし、秀一君が問い返してきた。ええい、もったいぶらないで。
「葉月ちゃんは、どういうかんそうが聞きたいの?」
どういうって素直なと思うが、秀一君の探るような視線に気付いた。
秀一君は言葉を選ぼうとしてるんだ。私が勧めた小説に意見を言うのにあたって。
まったくどんな小学生だよと笑ってしまいそうになるのを堪えて、私は宣言する。
「秀一君の素直な意見が聞きたいです」
知りたいのは私の作品の問題点だ。取り繕った優しい言葉なんかじゃない。
「……そう」
秀一君はマジマジと私を見た後、口元を抑えてクスクスと笑った。え、私顔になんかついてる? 乙女に向かって失礼じゃないでしょうか?
「まずわかりやすいところで言うと、ネット小説はファンタジーものが多かったけど」
秀一君は高そうなお弁当をモグモグしながら考える。その姿だけ見れば愛らしい子どもなんだけどな。と、そんなことはどうでもいい。
「けど?」
「それ以外のジャンルもあったみたいだけど、共通して思ったのはやっぱりスピードの違いかな。僕が今まで読んだことのある小説に比べてすごいてんかいが早いんだよ」
「展開の速さ……」
「葉月ちゃんのおススメはていねいにゆっくり深く世界に入る感じだけど、ネット小説は早くするすると入ってく感覚かな」
そうだったのか。衝撃を受ける私を秀一君はちらりと見た。
「どっちがいいって話じゃないかもしれないけど、展開が早い分、ネット小説のほうが続きが気になったかな」
なんだって!? 声に出そうになるのを私はなんとか抑えた。
「……やっぱりやめとく?」
そうして黙り込んだ私に、秀一君は再度確認してくる。
「いいえ、お気遣いなく」
文字通り無駄な気遣いだ。
「……葉月ちゃんって」
そんな私に秀一君は何かを言おうとsる。
「はい?」
不自然に言葉が止まったので私は首を傾げる。
「ううん。何でもない」
なんだそりゃ!? 思わせぶりな!
「それで、なんですか?」
まあいい。次々。今は私のことなんかどうでもよくて、私の作品の話だ。
「うーん。ちょっと話がちがって聞こえるかもしれないけど、僕の家って商売をしてるでしょ?」
「はい」
関係なく聞こえるが、賢い秀一君がそう前置いたということは無関係じゃない話だろうと私は相槌を打つ。
「だから商品の勉強もするんだけど、商売の原則にいい商品は売れる商品っていうのがあるんだよね」
グサリッ。前世でまさにそれでクビを切られた私にクリティカルヒットした。
「もちろん売れてないものの中にもいいものはあるけど、いいものが売れるわけじゃないのが商売で、それが商売の難しいところで、でも楽しいところでもあると思う」
え、すご。なにその感想。私と全然違う。
私はいいものを作りたい、それで売れたいって考えだけど、秀一君はいいものが売れるわけじゃないことが難しくて楽しいと言う。それは、物をどうやって売るかっていう商売人の考えで、クリエイターの私とは全然違う思考だ。というか秀一君、小学生で商売人の醍醐味を考えてるの怖すぎない?
「で、小説も商品でしょ?」
「そうですね」
「だったら、その原則は一緒じゃないかな」
「確かに」
明快な秀一君の論調に私はコクコク頷く。
「とりあえず僕の意見はこんなところかな」
「え!?」
「うん?」
いやいや、ここで尻切れトンボは意地悪すぎません? と思ったけど、元々聞いてるのは作品の感想だけだから話的にはむしろ飛びすぎなくらいか。
「えっと、それでは商品を売るにはどうしたらいいんでしょう?」
素直に私は尋ねる。
「うーん。この前、魚をあげるんじゃなくてつり方を教えろって先生が」
確かに中山先生がそんなこと言ってましたね。正論ですけど、余計なことを。あと、覚えたての言葉を使いたがる子どもっぽさを急にだしてくるのあざとい。
秀一君はちらりと私を見てくる。うー、意地悪と思って見返すと秀一君はやっぱり口元を隠して笑う。
「葉月ちゃんは頭がいいから考えればわかると思うけど、急いで知りたいみたいだからつり方だけね」
ありがとうございます。
「商品の売り方は、商品のせいしつ、しゃかいじょうせい色んなものにえいきょうを受けるけど」
速報、秀一君賢すぎ問題。
「先行商品、ライバル商品のスペックと売り方をさんこうにする方法は、ほとんどの商品に使える」
「なるほど!」
そうだ! 小説だって過去の偉大な作品の影響を受けて、多くの作家が連綿と歴史を繋いで今がある。その今の、ネット小説の学習を私は怠っていた。なんて間抜けな。まずはそこからじゃないか。
「ありがとう、秀一君。とても参考になりましたわ」
「どういたしまして」
笑顔でお礼を言えば、秀一君もニッコリ笑ってくれたけど、
「でも、葉月ちゃんネット小説をあんまり見たことないんだね」
「え? ええ」
「それじゃあ、どうしてあんなマイナーな作品を見つけられたのかな?」
うっ。
「そ、それはたまたま目にしまして」
「そうなんだ。さすが本好きの葉月ちゃん。マイナーなネット小説もカバーしてるんだね」
うぐっ!
「またおススメの作品があったら教えてね?」
わかりましたから、その暗黒微笑をやめてください。色々ばれてる気がして怖いです。
苦しい追及逃れと昼食を終えて、教室に戻る。
「ああ、あと葉月ちゃん」
教室の中に入る前に秀一君が振り向く。
「はい?」
「これ、貸し一つだから覚えておいてね」
ピシリッ。
「それじゃ」
秀一君はニッコリ笑って、教室の中へ。
私が固まっていると、入れ違いに瑛莉ちゃんが出てくる。
「葉月ちゃん、どういうことか話を聞かせてもらえますか?」
ギャーッ!
瑛莉ちゃん落ち着いて。目を覚まして? あなたが懸想してるのは王子様じゃなくて、小学生で貸し借りを計算する腹黒商売人なのよ?
だから私をまた体育館裏に連れ戻そうとしないでー!
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