第30話 奇縁
投稿作品に奇妙なコメントが届いた。
『著作、両作を大変面白く読ませていただきました。
魅力的な作品をありがとうございます』
ここまでは普通。それどころか、本当に嬉しい応援コメント。
『失礼ながら伺わせていただきたく思います。Hazuki様はプロになる意向があると考えてもよろしいでしょうか?』
しかし、末尾にそんな問いかけが添えられていた。
これはいったいどういう意図の質問なのか。
……まさかスカウト? 一瞬そう思って浮かれそうになるも、秀一君達の感想と伸び悩んだPVに頭を振る。調子に乗るな。
まあ、なんのための質問かは置いておいて、私の答えは決まってる。それを隠すつもりはない。
『コメントありがとうございます。楽しんでいただけたということで、心から嬉しいです。執筆の励みになります。
いただいたご質問ですが、その通りです。私は作家になります』
だから自分を追い込むいい機会を貰えたと思って、私は敢えて断言した。
深夜。同じユーザーからさらにコメントが重ねられる。
『力強いご宣言、大変嬉しく思います。実は私はとあるレーベルにて編集者をさせていただいております。勝手ながらあなたの作品に。いえ、あなたに。一編集者として、意見を言わせていただきたいと思いました。
編集者の意見とは、作家からすれば煩わしく、不快に思われる方も少なくありません。それでも、聞いていただけるでしょうか?』
思いもしなかったコメントに、目を剥いた。
まさかの編集者からのコメント。本当かどうかはわからないけど。
でもそんな嘘を言う意味はわからないし、これが本当でも嘘でも、読者から意見を貰えるのならこんなに嬉しいことはない。
『編集の方ということで、大変驚きました。
ご意見をいただけるという申し出、煩わしいどころか心から喜んでおります。
ですから、どうか率直なご意見をよろしくお願いします』
また深夜。
『ご快諾ありがとうございます。
まず先生の一作目ですが、私は大変面白く読ませていただきました。
若者達が触れ合い、近付き、しかしその未熟さゆえに離れ、そしてその真っすぐさから最後はハッピーエンドを迎える。優しく心温まるジュブナイルと感じました。
失礼ながら、私は大好きな泉千花先生の作品を思い出して、本当に嬉しく思いました』
まさかの前世の自分のペンネームが出てきて、私は思わずフリーズしてしまう。
読んでいてくれた。覚えていてくれた。
私の作品を、好きだと、大切に心に留めてくれている読者がいた。
そのことが、どうしようもなく。心からブワァッと湧き上がるものを抑えられないほどに、嬉しかった。
『しかし、失礼ながら弊社で出版できる作品かと言えば、正直二の足を踏むだろうと感じました。それは、こちらの作品が最近の売れ筋ではないと思ったからです。そして、そのことは誰よりもHazuki様自身がご存じでしょう』
しかし、続けられたコメントは私の作品を商品としては出版し難いという厳しさを見せた。
『だから、二作目では路線をガラリと変えられた。現在の潮流に沿った異世界転生、俺ツエー。研究して、必要な要素を拾い上げたまさにネット小説。こちらは紛れもない売れ筋。書籍化も検討できるでしょう』
対して、二作目は認めるコメント。
『ですが、私は一作目の方が好きです。少数派なのは重々承知ですが、こちらの作品に作者様の人柄を感じられるからです。二作目は見事なまでにネット小説、売れ筋の商品です。それに徹してるがゆえに、Hazuki先生ならではの優しさが作品から見受けられません』
そして、一見すると先のコメントに矛盾してるかのようなコメントが続く。
『心を殺して商品を作り上げたのでしょう。そのプロ意識とも言える姿勢は見事ですが、Hazuki先生の長所をも殺しています。
ですから、両立してください。二作目の読者のニーズを汲み取るプロの技巧と、一作目のHazuki先生ならではの感性を。
そうすることで、売り上げを見込める商品でありながら、Hazuki先生ならではのオリジナルな作品が誕生します』
だけど、その解決策までをコメントは示してくれていた。
『一般的に作者の書きたいものと読者の読みたいものの割合は、三対七程度がいいと言われます。では、どのようにそれを為すか。それは難しく、私も答えはわかりません。それはクリエイター毎に答えの違う難問でしょう』
一般論まで。
『しかし、Hazuki先生が二作目で貫いたように、研究した読者ニーズの踏襲を徹底しながらも、自分の好きな設定、好きなキャラクター、そして描きたいこと。それを物語の軸やそこかしらに配して、時折スパイスのように覗かせる。そうすることでHazuki先生ならではのオリジナル作品にして、売れ筋の作品ができあがると私は確信しています』
そして、この読者さんは私の幸先までを応援してくれる。
『長文・駄文、失礼しました。少しでも早く、Hazuki先生の次作を見られることを、一読者として楽しみにしています。
どうかお体にお気をつけて、末永く執筆を続けていただけることをお祈り申し上げます』
最後に本当に嬉しい言葉と、私を気遣う心遣いまで見せて、その読者さんはコメントを締めた。
長文・駄文だなんてとんでもない。失礼なことなんて何もない。
私はこのコメントに救われた。私はこのコメントにこれからの道を示してもらった。
この人は今までの私の作品を、褒めてくれた。私の費やした努力と時間を認めてくれた。
それでいて、その今までの欠点を、問題点を指摘してくれた。
そして、その解決、進むべき方向性まで。
『貴重なご意見ありがとうございます。
私の作品を楽しんでいただけて、褒めていただけて、心から嬉しく思います。そして、その問題点の指摘と解決の道筋まで』
心からの感謝を込めて、私はコメントを返す。
『Akito様の今回のコメントのおかげで、私は何がいけなかったのか、これからどうすればいいのかわかりました。今まで書いた作品と、これから書くであろう作品に自信を持つことができました。Akito様のおかげで、これからも真っすぐに執筆を続ける自信がつきました』
与えてもらったものを伝えて、私は胸を張る。
『お仕事でしょうか? 毎日遅い時間に貴重なお時間をいただいてコメントをいただき、本当にありがとうございます。そんなAkito様が時間を削ってでも読む価値のあるものを書けるよう精進いたします。
だから、どうかAkito様もどうかお体に気を付けて。これからも拙作をお読みいただければ幸いです』
最後にそんな願いを込めて、私は不思議な交流を終えた。
本当に嬉しい言葉だった。本当に、ありがたい言葉だった。
素直で、素敵で、大切なことを教えてくれた言葉。
それは的確で、胸に響いて。多分、編集者さんだというのも本当なんじゃないかと思う。
だとしたら、こんな一ネット作家にこんな風に声を掛けて、率直な意見をくれるなんて向こう見ずな編集者さんだなと思う。
まるで矢作君みたい。
そう思って、そういえば矢作君の名前も彰人君だったなと思い出す。
「もしかして矢作君?」
口に出して、思わず笑ってしまった。
ありえもしない奇跡と、それでもどこか奇妙な縁を想って。
私はクスクスと口元を抑えながら、笑い続けた。
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