第46話 授賞式


 小学生の正装。

 そんな話になれば、私を含めた多くの皆さんが頭にクエスチョンマークを浮かべることだろう。

 しかし清澄通いな今世においては、そんな問題はお茶の子さいさいだ。

 お坊ちゃんお嬢様学校な清澄は、都内の学校では珍しく制服があったのだ。

 普段は権力者な保護者及びその子どもに配慮して私服オッケーで、その存在を忘れさえしているほどなのに、なんでこんな高い制服を買わされなきゃいけないんだふざけるなと思っていたお金持ちのブランドアイテムだったわけだが、ここにきてようやく活躍する場が来た。

 よくやった清澄。よくやった制服。今、この時をもってあなたの罪(高価)を許しましょう。



 ということで、ほぼ新品に近い緑色オシャレな制服に身を包み、やってまいりましたKODAI社。

 理由は言わずもがなKODAIラノベ大賞の授賞式。

 ついに来た。ついに来てしまった。

 期待と緊張の相反する感情が私の中で渦巻く。

「だ、だだだ大丈夫だぞ、葉月! お、お父さん達がついてるからな」

 表情をカチコチに固まらせたお父さんが私の手をギュッと握り締めてきた。

 うん。いつものことだけどありがとう、お父さん。あなたがいる限り、私は緊張とは無縁でいられそうだよ。


「ああ、こんにちは万華先生。七瀬さん夫妻もありがとうございます」

 案内に従って受付に行くと矢作君が声を掛けてくれた。

「こんにちは、矢作さん」

「こちらこそ、いつも葉月がお世話になっています」

 お父さんとお母さんが矢作君に頭を下げる。

「いえ。万華先生は小学生とは思えないほどしっかりされてて、締め切りも守ってくれますし。他の作家さんより手がかからないくらいですよ」

 ごめん、矢作君。ハードル上げないで。この前の締め切りは三徹でどうにかなったけど、次も間に合う自信はないから。

「そうなんですよね。誰に似たんだか」

「あなたじゃないことは確かじゃない?」

「はるかぁー」

 お父さん、お母さんお得意の夫婦漫才に矢作君が笑う。うん、相変わらず仲が良くていいことだ。

「でも、凄いパーティーですね」

 受付からでもわかる会場の広さ。漂ってくる料理の匂いにお母さんが言う。

「ありがとうございます。でも、マンガの授賞式とかに比べると小さいんですよ。向こうはホテルの披露宴会場とかを借り切って行いますからね」

 うん。KODAI社はラノベよりもマンガの方が有名だもんね。

「そうなんですね」

「ただ今年に限って言えば、そちらで行えばよかったですよ」

 驚くお母さんに、矢作君がそんなことを言う。なんで?

「どうしてですか?」

 お父さんが私の疑問を代弁してくれると、矢作君はチラリと私を見た。なんですか?

「その、取材陣が例年よりかなり多いもので」

 矢作君はどこか困ったように歯切れ悪く応える。それかー!

「再度の確認になりますが、万華先生は取材申し込みは受け付けていただけるということでよろしいでしょうか?」

 矢作君はチラリと私達家族の様子をうかがう。

 その確認にお父さんとお母さんは私を見る。以前に確認された時、断りたそうな、あるいは代わりに自分達が応対しようかと私を守ろうとした二人の意見を、私自身が断ったからだ。

「はい。よろしくお願いします」

 売れっ子作家になるんなら、取材対応位ドンと来いだ! ……胃薬、持ってくればよかったな。



 授賞式会場に入る。

 その瞬間、視線を感じた。そしてヒソヒソ話。ひー、感じ悪い。

 どうしよう? どうしよう?

 慌てる私の前に、そんな目線から守るようにお父さんが立ってくれた。その大きな背中が、私を守ってくれる。

 お母さんが大丈夫だというように、繋いでいた手を柔らかな掌で優しく握りしめてくれる。

 緊張で止まった呼吸が戻った。ほっと一息ついて、冷えた血液もまるで温かくなるようで。私の胸に温かな火を灯してくれる。

 ありがとう。私に安心をくれるのは、いつだって私に優しいお父さんとお母さんだ。


 お父さんのズボンのベルトを引いた。どうしたと振り向くお父さんに私は大丈夫と微笑み返した。その笑顔をそのままお母さんに向けて、私は繋いだ手を離す。

 その笑顔のまま、二人の前に私は歩み出る。

 会場中の注目が自分に向かっているのを感じる。そのすべての視線を受け止めて、にっこりとお父さんとお母さんがくれた笑顔を私は浮かべた。


   ◇◇◇


 授賞式は式典のお決まり通りお偉い人の話から。

 その後に受賞作品と受賞者の発表と賞状授与。

 前世と同じ流れで滞りなく式は進む。

 だけど違うのは、


「大賞受賞、泉万華様」

「はい」


 私の名前が呼ばれるのが最後なこと。

 そして、


「それでは大賞を受賞された泉先生から、受賞者を代表してご挨拶をいただきます」


 私の挨拶があることだ。


 振り向けば、広い会場中のすべての人が壇上の私を見ている。

 取材と思しきカメラも幾つも向けられてる。

 また呼吸が苦しくなりそうだけど、私以上にハラハラした表情でお父さんが私を見てるから、やっぱり私は笑っちゃう。ありがとう。大好きだよ。


「はじめまして。栄えあるKODAIラノベ大賞で大賞受賞の栄誉にあずかりました泉万華です」

 お父さんがくれた笑顔のままに、私は名乗る。


「このような場で挨拶をさせていただくのは初めてなので、とても緊張しています。わからなくて至らない点もたくさんあるかと思いますが、がんばって挨拶するので許してください」

 素直に自分の未熟をアピールすると、みんなの目が優しくなった気がする。これなら少し失敗しても許してもらえそう。小学生でよかった。


「正直、大賞をいただけるなんて思ってなかったので、自分でも驚いています。最初は実感が湧かなくて、本当かなと疑ってました。でも、こうして挨拶をさせていただいてるので、今さら本当なんだと思い始めてきました」

 半分本当な小ボケに、何人かが大げさに笑ってくれた。

 そして、お父さんはビデオを回し始めた。やめて!


「皆さん見ての通り私は若輩者です。知らないこと、わからないことが本当にたくさんあると思います。だから、先輩の皆さんにぜひ多くのことを教えていただきたいです」

 黒歴史を記録されていることに内心悲鳴を上げながらも、挨拶を止めるわけにはいかない。私は半分涙目で、会場に多くいるだろう先輩作家にお願いする。


「また、作家デビューするのが嬉しくてたまらない反面、新しい挑戦への不安もあります。一緒に受賞した同期の皆さん、仲良くしてください」

 仲良くしたい最前列に座る同期デビュー者を私は見る。


「そして、こんな私に身に余る光栄をくださったKODAI社の編集部の皆さん。本当にありがとうございました。今も、受賞作の出版にご尽力いただいてることに心から感謝しています。至らないところも多いと思いますが、これからもどうか末永くよろしくお願いします」

 小出さんや矢作君を見て、私は日頃の感謝に頭を下げる。


「何度も言うようですが、私は若輩者です。でもだからこそ、これから多くのことができると思ってます。書きたいものがまだいっぱいあります。できるだけ多くの作品を生み出したいと思ってます」

 そして余計かもしれないけれど、決意表明をする。

 前世で打ち切られて作品を出せず未練を残したまま死んだ自分が、今世はできるだけ多くの作品を残してやるんだという自分への誓い。


「だから、皆さんのご助力をどうかよろしくお願いします」

 静まる会場。なんで? と一瞬思うけど、そうだ、私が挨拶を締めてないと慌てる。


「この度は栄えある賞をいただき、本当にありがとうございました!」

 精一杯頭を下げれば、大きな拍手が私を祝福してくれた。

 よかった。何とか乗り切ったと、私は頭を下げたまま大きなため息を吐いた。


 安心するのは全然早くて、その後の受賞パーティーでもたくさんの人に取り囲まれて大いに慌てるのだけれど。 

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