第38話 龍の占い

 黒龍に連れられ、私たちは龍穴の最奥へむかった。

 たくさんの龍がはびこる一帯を抜けて進む。


 龍穴はかなり広い洞窟だ。

 規模も大きいが、何より作りが複雑でもある。

 洞窟だから一本道だろうと思っていたのだが、意外と入り組んでいるらしい。


 出店が多数出されていた通りを抜けると、いくつか横穴が見られた。

 そのそれぞれが通路にも個室にもなっており、時折中で龍たちの笑い声が聞こえる。

 どうやら龍たちは、ここでも随所で宴を行っているようだ。


「たくさん龍が居るのね……」

「龍にとって今日は、数少ない宴の日じゃからのう」

「最奥の部屋って酒が置いてあるだけなの?」

「いや。龍を統べる者たちが龍酒を管理しておるんじゃよ」

「管理者って訳か」

「そう言う体の、龍の幹部による飲み会じゃよ。龍酒を分けてもらえるかどうかは、彼らとの交渉次第じゃ」

「ふぅん、気難しいのね」

「そうじゃのう」


 黒龍は目を細める。


「長年龍酒は龍たちによって護られてきた。じゃがその管理がいつしか厳しくなってしまってな。龍酒はいつしか、龍だけの酒になりつつある」


 そう言う黒龍の表情は、どこか寂しげだ。


「元々龍種は龍が多数の種族と共に飲み和解するために生み出されたものじゃった。龍は種族だけで恐れられてしまうからのう。酒を使って仲を深めるために作られたんじゃ」

「今と真逆じゃない」

「そうじゃ。龍種はその本来の意義を見失いつつある。時代の流れとは思うが、寂しく思うてな」


 黒龍はそう言うと、不意に私を見つめた。


「じゃから今晩、お前さん方が尋ねてきてくれたのがわしは嬉しいんじゃ。もう何年も、他の種族が龍酒を飲むために訪ねてくることはなかったからのう」

「ふぅん、龍にも色々あんのね」


 私は黒龍の話に耳を傾けながら、洞窟の随所を観察する。

 確か天狗とオーディンの話では、この中の何処かに上へと繋がる階段があるということだ。

 どこにあるのだろうとキョロキョロしていると、黒龍がこちらの顔を覗き込んでいた。


「何よ、私の顔に何かついてる?」

「お嬢さん、何か悩みごとかね?」

「何で?」

「先程から表情が浮かないと思ってな。心此処にあらずに見える」

「私、そんな顔してる?」


 小結に尋ねると彼女は首を傾げた。

 どうやら普通にはわからないらしい。


「せっかく美味い酒を飲めると言うのに。先程までの威勢はどうしたのかね」


 中々勘の鋭い龍だ。

 いや、それとも龍だから勘が鋭いのか。

 今となってはどちらでもいい話か。

 私はバツが悪くて少しだけ視線を逸らせた。


「別に、ちょっと嫌なこと思い出しただけ」

「嫌なこと?」

「まぁ……ちょっとね。個人的なことよ」

「よかったらこの老いぼれに話してみると良い」

「あたいも聞きたいです」

「しつこいわね……」


 どうやら逃れることはできなさそうだ。

 私はそっとため息をつくと、観念した。


「……留年したの」

「うん?」


 二人共首を傾げる。

 忌々しい。


「大学を留年したの! 卒業できなかったの! 酒のんで忘れてたのに急に思い出しちゃったのよ! あんたらには分かんない感覚かもしれないけどね!」

「つまり学問を卒業できんかったと言うことかな?」

おおむねねそうよ! クソッタレ!」


 もはやヤケクソで叫ぶ。

 すると黒龍は「まぁまぁ」と私を嗜めた。


「そう怒りなさんな。何、ちょっと診てしんぜよう」

「診る? 酒飲みすぎて大学留年した頭のおかしい娘を治療しようっての?」

「そうは言っておらん。診ると言うのは、占いじゃよ」

「占い?」


 予期せぬ言葉が飛び出てきて思わず目を丸くする。


「わしはこう見えて人相や手相で人の運勢が読めてな。人の生まれた時から、晩年の運勢まで読めるんじゃ。外したことはない」


 どこまでも中華街っぽい話だな。

 占いか……。

 正直、やたらと高いくせに当たってるのか外れてるのかも分からないし、適当な占い師に適当なこと言われそうで今まで避けてたんだよな。


「私あんまり占いは信じない性質なんだけど――」


 ただ、これも縁なのかもしれない。


「でも龍に占いして貰う機会って多分今後ないだろうし、受けといても良いのかも」

「じゃあ、決まりじゃの」


 黒龍はニッコリと笑う。

 その笑みは、まるで田舎の祖父のような、こちらを安心させるものだった。


 黒龍は私の手を取って手相を見た後、やがてジッと私の顔を見つめた。

 しばらく緊張した空気が流れていたが。

 診終えると、やがていつもの用に破顔した。


「うむ。間違いない。お嬢さんなら大丈夫じゃ」


 大凶兆でも告げられるかと思って身構えてたから、思わずガクッと肩が落ちる。


「えらい時間かけた割に、適当なこと言ってくれんじゃないの」

「出鱈目ではないぞ?」

「へぇ?」

「お前さん、数年後に大成なさる。大勢の運命を巻き込んでとんでもないことをしでかすぞ」

「何もそれ。って言うか、それって良い意味なの?」

「もちろん」


 黒龍は目を細める。


「友達を大切にしなさい。その友達が、大きな助けとなる」

「友達って……」

「お前さんの良き理解者が、近くに一人いるはずじゃ。その子との縁を大事にするとええ」

「理解者かぁ……」

「心当たりがあるんじゃないかい?」


 不意に、コウヘイの顔が頭に思い浮かんだ。

 私の理解者と言えば、奴くらいしか居ない。


「まぁ、心当たりがないわけじゃないけど」


 私はフッと息を吐き出した。


「こうやって占われた言葉の意味を自分に当てはめ出したら、占いの術中よね」

「ほっほっほ、そうかもしれんのう」


 悪気なさそうに黒龍は笑う。

 喰えない爺さんだと思った。


「でもまぁ、ありがと。気休めにはなったわ。留年のことなんて気にしすぎて楽しめないんじゃ勿体ないもんね。今は目の前の酒の縁に集中すべきか」

「そうじゃのう。今日、ここで出来る酒のご縁は大切にしなさい」

「トモ姉さん! あたいとも仲良くしてくださいね!」

「当たり前じゃん」


 そうだ。今は現実のことに気がとられても仕方がない。

 こんな異界に来ることなんて、人生にあるか無いかなのだ。

 今はただ、この瞬間を大切にすべきだろう。

 後のことは、帰ってから向き合えば良い。


「よーし、飲むわよ小結!」

「トモ姉さん、めっちゃ素敵です!」

「そうじゃ、それで良い。いつかその歩みが、大輪の花となろう」


 元気が出た私の足取りは随分と軽くなった。

 黒龍の占いが効いたのだろう。

 我ながら単純だなと思う。


「だいぶ奥に来たけど……」

「そこの扉があるじゃろう最奥の間じゃよ」


 黒龍が指さした先を見つめると、一際派手な装飾の大きな扉が目についた。

 扉が半端に開けられ、中から声がする。


「だからよぉ、ちょっとくらい飲ませてくれてもいいだろ!」


 不意に、大声で話す男の声が聞こえた。

 オーディンの声だと気づく。


「何か揉めてるわね……」

「どうしたんでしょう」


 私と小結がドアを開くと、大量の酒樽と、酒樽に囲まれた龍たちの姿が見えた。

 何十もの龍たちが集い、宴を行っていたのだろう。

 先程黒龍が告げていた、龍の幹部の飲み会だ。


 その輪の中で両手を広げて必死に講義するオーディン。

 入口横には、傍観する天狗の姿もあった。


「何これ、どうなってんの」


 私は小声で尋ねる。

 すると、天狗がこちらに気づいた。


「どこに行っていた」

「ちょっと上で酒飲んでただけよ。これ何の騒ぎ?」

「オーディンが龍に交渉を持ちかけている。龍酒を分けてくれとな。しかし龍酒は貴重なものらしく、拒まれている。龍の紹介がなければ飲めぬらしい」

「こんなにあんだからちょっとくらい良いじゃない……」


 するとオーディンが私に気がついて手招きした。


「おぉ、トモ! ちょうどいいところに来たな! こいつら頭が固くてよぉ」

「情けないわね。最高神とか言って威張ってたくせに」

「仕方ねぇだろ!」


 近づいてきた私を、ジロリと辺りにいた龍たちが見てくる。

 どの龍も強面で、視線が鋭い。

 その風防は、まるでヤクザだ。

 しかしながら、木屋町で酒に寄ったチンピラを撃退したこともある私だ。

 今更龍に凄まれたところでどうと言うことはない。


「なんだ、人が居るぞ」

「人間だ」

「あいつも龍酒を飲むのか?」

「人間ごときに龍酒が耐えられるわけないだろう」


 口々に龍が呟く。

 何やら馬鹿にされている気がした。


「何よ、やろうっての?」


 私がふんぞり返って龍たちと対峙していると。

 不意に、龍たちの表情がパッと変わるのが分かった。

 ヤクザみたいな強面の龍たちが、弱ったような表情を浮かべ、ざわめき出す。


「おい、最長老がいるぞ」

「最長老様だ」

「お姿を拝見するのは何年ぶりか……」


 何やら口々に騒いでは狼狽えていた。

 一体何だ、と思った時。

 その視線が、私の横に立っている一人の老龍に集中していることに気がついた。


 視線の先に立つ黒龍は、それまでと同じように、にこやかな笑みを浮かべていた。

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