第5章 縁はやがて大輪の花と咲く
第27話 旅の終盤
風呂屋を出た僕たちは、出店の通りを二人と一匹で歩いた。
神社を通り過ぎ、さらに通りを奥へと進む。
歩きながら、今日一日の出来事を座敷わらしに話した。
僕の話を興味深そうに聞いていた彼女は、何だか嬉しそうだ。
「いなくなった先輩を探しながら酒を飲み歩きか。酒を飲むついでに探されるなんて、その先輩も酷い後輩を持ったものじゃな」
「後輩を置きっぱなしにしてどこ行く先輩よりマシですよ」
「違いないな」
くっくっと座敷わらしは愉快そうに肩を震わす。
「……ふふ、今日のお前はまさに酒に振り回されよるな。タマがお前を連れて来るわけじゃ」
「どういう事ですか……?」
「今日のお前は酒に好かれとる」
似たようなことを、ここに来るまでに何度か言われた気がする。
するとこちらの心を読んだかのように座敷わらしは頷いた。
「飲んでも素面、周囲は泥酔。届け物をするだけが、こんなところで温泉にも浸かっとる。ここに来る前のお前が今の姿を見たら意味が分からんと騒ぐじゃろ?」
「それはまぁ、確かに」
「お前はそうそう酒に飲まれない猛者じゃ。酒が飲み込もうとしてもそう一筋縄ではいかんで。じゃから酒はお前をどんどん街の奥底へと招きよる」
「じゃあ僕は誘われてるわけじゃ」
「そうじゃ。酒は生きとるからな」
「酒が……生きてる?」
僕を見て座敷わらしは頷いた。
「酒は自分好みの奴を見つけるとな、酒のある方ある方へと誘うんじゃ。大抵の奴は途中で潰れてしまう。酒が誘っている最下層まで行き着くことは中々出来んで」
「面白いですね。つまり酒に飲まれなければ、お酒の世界に深入りする訳だ」
「でもお前は立っとる。タマはそういう奴にうちの酒を飲ませたかったんじゃろう」
すると彼女は、少しだけ寂しそうに視線を遠くへ馳せた。
「お前の旅はもう終盤かも知れんな」
「どうしてですか?」
「この街で、うちの店より酒を置いとる所はないからな」
座敷わらしはきっぱりと断言する
すごい自信だ。
しかし彼女は、さも当然と言わんばかりに見える。
本気で言っているようだ。
「わしは何百年とこの街で酒を飲んできた。この街で知らん場所なぞありゃせん。それでも、うちの店より酒を扱っている所は見たことがない」
「街の全部を知ってるって言うことは……」
不意に、オカメの言葉が思い起こされる。
宴の街に伝わる、都市伝説の話を。
「もしかして、あなたが『不思議な酒主』さんですか?」
「何じゃその呼び名は。やめんか」
座敷わらしは顔をしかめた。
「どうせどこぞの阿呆のしょうもない噂を耳にしたんじゃろう」
「街の創始者とまで聞きましたけど……」
「そんな訳あるかい」
はぁ……と深い溜め息を彼女は吐いた。
「うちは不思議でも何でもない。酒が好きじゃから色々飲み歩いとるだけでな」
「誰もあなたの店を見たことがないって聞きましたけど」
「うちは滅多に店に戻らんからな。それに、うちの店に来れんのは、この街に店が多いことと、そいつが酒に嫌われとることが原因じゃ」
「なるほど……」
思わず苦笑する。
結構毒舌だな、この人。
でも言ってることは間違ってはいない。
この膨大な広さの土地で、情報もなしにたった一店舗。
しかも店主がほとんど外出しっぱなしの店に辿り着くのは、ほぼ不可能だ。
「まぁ、確かに客を招くのは久々じゃ。タマの薦めじゃから期待も高まるな」
座敷わらしはバシン、と僕の腕を叩いた。
「潰れてくれるなよ?」
「無理しない程度に飲みますよ」
一応それだけを言うと「それで良い」と彼女は頷いた。
出店を歩いていると石垣が見えてきた。
どうやら通りの突き当たりまで来たらしい。
道はそこで途切れ、左側に緩やかな階段が上へ伸びていた。
神社などで見かけるような幅が広い階段だ。
階段に沿う様に出店も続いている。
「こっちじゃ。この階段を上らねば着かん」
座敷わらしに袖を引っ張られ階段を上がる。
両側に出店が出ているせいか、妙に狭苦しい。
しばらく上ると踊り場があり、また折り返して階段が続く。
緩い階段なので息こそ上がらなかったが、随分と上まで行くようだ。
「どんどん奥に行くんですね」
「実際上に行ってしまうとそうでもない。街の入り口も意外と近いぞ?」
「そうなんだ……」
二つ目の踊り場を折り返すとようやく先が見える。
階段の終わりと共に、出店もそこで終わりを迎えていた。
「到着じゃ」
座敷わらしが階段を上りきりこちらを振り返る。
タマも彼女を追いかけるようにして駆けた。
「ちょっと待ってくださいよ……」
ようやく座敷わらしに追いつき、一息つく。
すると彼女はどこか遠くを眺めていた。
僕もその視線に釣られる。
「見てみい。この街の頂上からの眺めじゃ」
そこからは、僕が今日歩んできた街が、全て見渡せた。
提燈の灯りが。
出店のお囃子が。
滝の鳴き声が。
風の揺らぎが。
月のきらめきが。
全て一つの景色として存在している。
先ほどキツネが祝言を挙げていた屋敷も見えた。
今は、あそこよりずっと高い場所に居る。
「綺麗じゃろ。手すりから落ちんよう気をつけろよ」
目の前は石垣の絶壁だ。
落ちないよう簡単な手すりはついているが、人一人くらい余裕ですり抜けてしまいそうな雑把な造りとなっていた。
階段を上った先は道が直線に続く。
歩く間ずっと景色が見渡せるようになっていた。
手すりが道に沿って真っ直ぐ先まで伸びている。
所々途切れているのは、下り階段があるからだろう。
僕は先を歩く座敷わらしの背中を追った。
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