第20話 宴の街と酒の神

 タマは神社のお社の前にいた。

 追いかけると、境内へ上がる階段の裏手へと入っていく。

 どうやら空間があるらしい。

 僕は恐る恐るその後を追った。


 階段の裏を覗くと、割と広い空間がありそこにあった。

 大の大人でも余裕で入り込めそうだ。


「おい、タマ。戻っておいで」


 声を掛けると、タマは賽銭箱の真下辺りで僕を見つめる。

 暗闇の中で目が異様に輝いていた。


「困ったな……」


 頭を掻いていると、不意に違和感に気がつく。

 階段の裏側は真っ暗だが、一点だけ妙に明るい場所があったのだ。

 スポットライトを当てたかのように、ポンとそこだけが丸く照らされている。


「何だ……?」


 気になったので、僕は四つんばいでそこに近づく。

 タマもいつの間にか僕のそばに来ていた。

 一人と一匹で共に進む。


「なるほど、穴が開いているのか」


 ちょうどお社の中心部にあたる床に、ポッカリと綺麗な楕円型の穴が開いていた。

 その穴から光がもれており、それがライトに見えたのだろう。

 穴からもれる光の正体は月明かりか。


 この穴を抜ければ誰にも悟られずに中へ入り込むことが出来る。

 いけないと分かってはいるが、興味があった。


 この穴は明らかに人為的なものだ。

 ずいぶん古いようだから、ずっと前に誰かが忍び込んだのかもしれない。


 何でそんなことをしたのかは不明だが、何か盗もうとしたのだろうか。

 この街は犯罪が起こらないという話だったが。

 案外知られていないだけなのかもしれない。

 そもそも、妖怪の世界で善悪なんてどうやって判断するんだ。


「気になるな。どうするタマ? 入ろうか」


 僕が尋ねると、タマは当然だとばかりに先へ進み、穴の上へ跳躍した。

 だがデブのせいか、跳躍しても届かない。

 持ち上げてくれとばかりにタマはこちらを見つめた。


「まったく、妙に愛嬌があるやつだな……」


 僕はタマを抱えて、穴から体を出す。

 そこで目を奪われた。


 神社のお社の中に、巨大な銅像が置かれていたからだ。


 千手観音や、阿修羅のようにも見える。

 腕は八本。

 そのうち七本にお酒、最後の一本に器を持っていた。

 袈裟に似たな服を着ており、あぐらをかいたその表情は釈迦のように穏やかだ。

 髪の毛は長く、体はほっそりしているので男性か女性かは分からない。


 窓から差し込む月明かりに照らされ、像はまるで生きているようにも見えた。

 精巧な造りだ、そう思う。

 毛の一本一本までが浮かび上がって見えた。


「すごいな」

「にゃあ」


 僕の呟きにタマが返事する。


 この神社を誰が作ったのかはわからない。

 いや、そもそもこの街を誰が作ったのかもわからない。

 年に数回だけ開かれる宴の街。

 ここでは無償でお酒が扱われ、街に来るの住民は皆、この街とお酒を愛している。


 分かることと言えばそれくらいだ。

 でも。

 この街でやっていくには、それで充分だった。


 ……だったのだ、けれど。

 僕は不意に悟ってしまったのだ。


「この街を作ったのはたぶん……お酒の神様なんだ」


 お酒の神様と呼ばれ、像がにこりと笑った気がした。


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