第30話 再会

 座敷わらしの店を出た僕たちは、階段をゆっくりと降りた。

 眼下に広がるあちらこちらの店から、他の妖怪達も姿を現してい。

 彼らも入り口の騒動に気づいたのだろう。


 階段から見えた街の入り口には、ずいぶん大勢の街の住民が集まっていた。


「多いですね」

「何やら催しをやるみたいじゃの。あの感じだと、飲み比べか」


 よく見ると、街の入口となる巨大な鳥居のすぐ下に小さな即席のステージが用意されている。

 ステージの上には長机が置かれ、脇には大きな樽のお酒がいくつかあるのが見えた。


「もしかして全員催しの参加者ですか?」

「阿呆ぬかせ。あれだけ多かったら収拾がつかんわ。あれは見物客じゃろう。酔いつぶれることを恐れとる、酒に嫌われとる腑抜け共の塊じゃ」


 毒のある座敷わらしの物言いからは、嫌悪感すら感じられる。


「飲み比べは好かんが、参加する奴等はまだマシじゃ。参加したくてもする気概のない腑抜け共を見ると妙に腹が立つ」

「でも、見てくれる存在も大事ですよ。イベントは参加者だけじゃなくて、裏方や、観衆がいて初めて成り立つんで。見られることで、参加者たちは歓声を求めて普段よりパフォーマンスを発揮するんです」

「随分詳しく語るな?」

「昔、友達に誘われて演劇の舞台に出たことがあるんですよ。飲み比べとは全く異なるものですけど、大勢の前に立つ緊張感は、練習よりも良いパフォーマンスを発揮させてくれました」


 劇が終焉を迎えた時の拍手は、今でも覚えている。

 緊張で、どこか遠かった聴覚が、徐々にその感覚を取り戻し、音が耳に入ってくる。

 大勢の人間が拍手する情景は、僕の心を感動で大きく揺さぶった。


 演劇なんてしたのはその一度限りだったけど。

 あの感覚は今でもくっきりと心の中に残っている。


「うちは人前に立ったことなぞないからそんな感覚は分からんな」


 座敷わらしは無愛想に群集を見つめる。


「じゃが、うちもあやつらと変わらん」

「どうしてですか?」

「うちは催しに出るつもりはない。じゃが、お前が飲む姿を見てみたいと思っとる」

「僕が飲み比べに出るのを?」


 座敷わらしは頷いた。


「うちも奴ら群衆と何も変わらん。腑抜けじゃ」


 そう語る座敷わらしの表情は少し悔しそうで。

 僕はそれが何だか面白くて、プッと吹き出した。


「何じゃ、何がおかしい」

「いえ、別に」


 僕は含み笑いのまま付け加える。


「腑抜け共のおかげで、酒を飲む阿呆は楽しいんです。宴は腑抜けと阿呆で成り立ってるんじゃないですかね」

「そう言うことにしておくか……」


 彼女はすこしバツが悪そうに言うと、階段を軽快に降りて行く。

 僕の足元で、タマがこちらを見つめていた。

 何か言いたげだ。


「お前のご主人様は面倒くさい性格をしてるな」


 僕が言うと、タマは嬉しそうに鳴いた。

 そこがいいんだよ、と言ってるみたいだ。



 階段を降り、狭く入り組んだ道を進む。

 すると、見慣れた小さな架け橋を見つけた。

 弁天さんの店へ向かう途中に渡った橋だ。


「なるほど、こんな所に繋がるのか」

「こっちじゃ。はよ来い」


 座敷わらしの後を追うと、ようやく本道へと辿り着く。

 あまりの群集の多さに驚いた。


「すごい見物人の数ですね」


 階段から確認してはいたが、実際近づくとまるで違って見える。


「こんな催しは滅多にないからな。皆珍しがっとるんじゃろ。割って入るぞ、はぐれんように気をつけい」


 座敷わらしは言うやいなや、その小柄な体を使って人ごみをスルスルと縫う様に進んで行った。

一気に引き離されて、とても追いつけそうにない。


「ちょっと待って、座敷わらし!」


 名を呼ぶも、群集のざわめきのせいで声は届かなかった。

僕とタマが、その場に取り残される。


少しずつでも進むしかないか。

僕はタマを抱えて前に進む。

座敷わらしの姿を探したが、どこにも見当たらない。


 よそ見をしながら歩いていたせいだろう。

不意に、思い切り壁のようなものにぶつかってしまった。


「いたたた……何でこんなところに壁が」


 顔をあげ、僕は目を見開く。

 妙に大きな体格に長い下駄の男が目の前にいた。


「ようやく会えたか」


 静かな、それでいてはっきりと耳に入ってくる声。

 天狗だった。


「どこ行ってたんですか! 探したんですよ!」

「すまんな」


 面のせいで表情は分からないが。

彼の口調から、その謝罪が口先だけのものではないのが分かった。


「こっちも色々あってな。戻ることができなかった」

「一体どこまで巡ってたんですか?」

「色々だ。キツネとあの女が意気投合してな。一人では後々困ることもあるかと己れもついて行ったが、行き違ってしまった」

「それで、先輩は?」

「途中までは一緒だったが、先ほど別れた。案ずるな、身の安全は約束する」

「はぁ……」

「己れと花火の準備をせねばならんかったのでな」

「花火?」

「先ほど上がっただろう。あの花火だ」

「あの花火、天狗が上げたんですか?」


 天狗は頷いた。


「己れは酒を持ち合わせていない。その代わりに花火を上げている。いつからか、ずっとそうしてきた」


 そこで天狗はふと気になったように辺りを見回した。


「貴様こそ、弁天はどうした。一緒だったのだろう」

「飲みすぎたみたいで、途中で酔いつぶれてしまって……。たまたま見つけた風呂屋で休ませてもらってます」

「弁天が酔いつぶれたのか」


 すると天狗は愉快そうに肩を揺らした。


「探し歩きながら、随分飲みましたから、お酒」

「なるほど、貴様も色々あったと言う訳か」


 その時群集がわっと声を上げた。何事かと前方を見る。


「さて、いよいよ催しが始まるな」

「もう始まるんですか? じゃあ、僕も出ようかな」

「出るのか?」

「これだけの大衆の前で行われる催しだから、出場したら目立って先輩と会えるかもしれないかなって」

「なるほどな。だがこの群集では前に行くことすら困難だろう」

「そうですね」

「どれ、己れが道を作ってやろう。ついて来い」


 天狗はずいと人混みをかき分けて前へ進みだした。

 これだけの人数を物ともしないとは相当な力だ。

 強引に進んでいるので周囲の視線は痛かったが、背に腹は変えられない。


 やがて、一番前へと到着した。


 鳥居の前に作られた簡素な舞台。

 その上に置かれた長机。

 机上にはいくつもの杯が並んでいて、これから何が起こるのかを予感させる。


 机の前には観客に向かい合う形で飲み比べの参加者達が並んでいた。

 皆、屈強な肉体をしている異形ばかり。

 その中で、その小柄な人間は妙に目立った。


「先輩!」


 先輩は壇上から僕を見おろしていた。

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