第34話 北欧の神が集う場所
小結と天狗と三人で竜宮城を出た私たちは、天狗の案内で次に龍穴へと向かうことになった。
私の足元では小結が腕組みしながらプンスカしている。
「兄ちゃんととん平さんはしばらく飲んでいくそうです。鼻の下こーんなに伸ばして。ほんっとスケベなんですから」
「男なんてそんなもんよ」
私はチラリと天狗を見た。
「あんた本当に乙姫とは何もなかったの?」
「あるわけ無いだろう」
「でもさぁ、めったに会わないのに今も好いてくれてるなんてよっぽどよ?」
「知ったことではないな」
「とか言ってさ、実はまんざらでもないんでしょ?」
私の詰問に天狗はゴホンと咳払いをした。
図星だったか。
すると小結が私の服を引っ張る。
「トモ姉さん、あんまり詮索したら悪いですよ。あたい、男女の惚れた腫れたに口出ししないほうがええと思うんです」
「仕方ないじゃん。こんな謎だらけの男の過去なんて面白そうな話が飛び込んできたんだから。気になるでしょ」
「そういうお前はどうなんだ?」
「あ? 何が?」
「コウヘイだ。好いているのだろう」
「コウを? んなわけ無いじゃん」
「うわ、バッサリ。コウヘイさんって人、可哀想ですね」
「口ではこう言っているがな。心では繋がっている。歪んだ愛もあるということだ」
「へぇえ……」
「気持ち悪いこと言わないでよ……」
鳥肌が立つ話だ。
私は寒気のする肌を擦った。
「私にとってあいつはねぇ」
「あいつは、何なのだ?」
「あいつは――」
何だろ。
下僕?
いや、右腕か?
我が最強の眷属とか?
どれもちょっと違う気もする。
そもそも私は好きだの付き合うだのということに興味がない。
こう見えてもそれなりにモテるのだ。
高校でも、大学でも、何度か告白をされたことがあるが、全員秒で振ってしまった。
大学に入った当初、一度興味本位で試しに付き合った先輩も居るには居るが。
酒も弱いし付き合いも悪いしですぐに面白くなくなって別れてしまった。
コウヘイが彼氏か……。
考えたこともなかったな。
確かに付き合いは良さそうだ。
面も悪くない。
クソほど酒を飲むくせに全く酔わないのも面白い。
とは言え、恋愛して男女であれやこれやって感じとはちょっと違う。
そうだな。
強いて言うなら――
「相棒かしらね。酒の相棒。飲み仲間」
「……なるほどな」
含みのある間を空けて、天狗は頷いた。
何だよ。
この話題は分が悪い。
私は別の話を振ることにした。
「で、龍穴ってどこにあんのよ」
「この先の奥に大きな滝があってな。その近くの洞窟だ」
「へぇ、滝まであんのねぇ」
すると、急に先程まで温泉街のようだった街並みの様子が変わったことに気づいた。
急にヨーロッパ調の建物が多くなり、穏やかな静けさに包まれていた街が急に騒がしくなったのだ。
随所から荒々しい男たちの豪快な笑い声が聞こえて来る。
近くの建物も、居酒屋と言うよりは酒場と呼んだほうが近くなってきた。
中世を舞台にした映画によく出てきそうな、ちょっと古めかしい酒場がいくつも見える。
チラリと中を覗き見ると、胸元を大きくはだけた服を来た美しいウエイトレスが、両手にビールジョッキを持って運んでいた。
どう見ても人間に見える。
ただ、奇妙なのはその服装だ。
どう見ても現代人のそれではなく、鎧や兜などの防具をまとっている人物が散見される。
「この辺、まるでヨーロッパね」
「すこし毛色がちゃうんですねえ」
「北欧神話の神々の縄張りだな」
「へぇ、神様までいるんだ?」
つまり私が今目にしている人物たちは全員、北欧神話に登場する人物ということか。
「ういぃ……飲んだなぁ」
すると不意に近くの店からうめき声を出しながら巨大な図体のヒゲもじゃの男が姿を見せた。
かなりの大男だ。
縦にも横にも私の一・五倍はある。
男は頭に独特な形状の兜をかぶっていた。
まるでヴァイキングだ。
私たちが立ち止まると、男はチラリとこちらを一瞥し、天狗に目を向け、パッと表情を変えた。
「おう、天狗じゃねぇか! 珍しいな」
「トールか」
「えぇ、あんたここにも顔見知りがいんの?」
「ちょっとな」
目の前の男はどう見ても人間に見えるが、これも人間ではないのだろう。
北欧神話の神の一種だろうか。
「人間の女とキツネも居るじゃねぇか! 変な組み合わせだなぁ!」
「酒の縁が巡っただけだ」
トールと呼ばれた男は私と小結にジロリと目を向ける。
目を向けられた小結は「ひっ」と小さな悲鳴をあげ、私の背中に隠れた。
私は腕組みをし、目の前の男と対峙する。
こう言う時は舐められたら終わりなのである。
「よぉ姉ちゃん、せっかく来たなら飲んでけよ!」
「いいじゃん。ちょっと気になってたのよね。寄っていきましょうよ。どうせ急ぐでもなし」
「そうこなくっちゃなぁ!」
トールと呼ばれたヴァイキングの男はガハハと豪快に笑うと、私の後ろで小結が一層怯えた。
「あ、姉さん。あたい怖いです」
「大丈夫よ。私のそばに居とけば」
「何、気のいい連中だ。害を及ぼすことはない」
「そ、それならいいんですけど」
天狗の言葉に安心したのか、小結はようやく顔を上げた。
トールに連れられ、店の中へと入る。
店の中にはトールと同じような巨漢の男たちがテーブルを囲って酒を豪快に飲み散らかしていた。
持っている鉄製のジョッキがどれもかなり大きい。
「おいお前らぁ! 客人が来たぞ! 酒だ酒!」
「人間まで居るぞ! これは珍しい!」
「このキツネは焼いて食ったらうまそうだ!」
「ヒッ!」
「安心しろ、冗談だ」
ちょっと店の奥に進むのにもこの野次か。
酒の場に慣れていないと引いてしまうだろうな。
私は慣れてるけど。
トールと共に席に座るとウェイトレスが軽やかな足取りで机の上にビールを置いた。
トールが北欧神話の神だとすると、あのウェイトレスはヴァルキリーだろうか。
そこらへんの知見は浅いのでよくわからない。
大学の講義をもっとちゃんと聞いておくべきだったかもしれないと何となく思った。
ジョッキいっぱいに注がれたビールは泡が盛り沢山で、今にもこぼれ落ちそうだ。
「神の琥珀ってエールだ! 飲め飲め! 上手いぞ!」
「じゃ、お言葉に甘えていただくわ」
ガツンとグラスをぶつけてビールを飲む。
流し込むように一気に半分ほど飲んだ。
驚くべきはその味だ。
味がとにかく濃厚だ。
飲み込むと麦芽の風味が一気に広がる。
だが、喉はサラリと抜けて飲みやすい。
後味が良くて口にまとわりつかない。
「これも美味しい。この街の酒はどれも飲みやすいわね」
「上質な酒とはそう言うものだ」
感心する私に、天狗が静かに言った。
これならいくらでも飲めそうだ。
私がビールを一気飲みすると、トールが豪快に笑った。
「姉ちゃん! 良い飲みっぷりだなぁ!」
「私ビールは得意なのよね! ガンガン行くわよ! おかわり!」
「飲め飲め!」
しばらくビールを飲みながら楽しんでいると。
不意に入り口がざわめいた。
「何だぁ? ずいぶんと騒がしいじゃねぇか」
声がしてふと見ると、重い金属音を響かせながら、筋肉隆々の若い男が店内に入ってきた。
明らかに常人ではない。
全身に破棄というか、オーラのようなものを纏っている気がする。
男は奥の机に座る私たちに気づくと、ゆっくりと歩いてきた。
明らかに天狗に用がある風だが、天狗は気にせず酒を口にしている。
「よぉ天狗。久しいな。会うのは何年ぶりだ?」
「10年ぶりくらいだろう」
「何やってんだこんな場所で。人間やキツネまで連れて」
「何、飲み歩いているだけだ」
すると男は「くはっ!」と妙な笑い声を漏らした。
「お前が飲み歩きかぁ! 珍しいな!」
「たまにはこう言う夜も悪くないものだ」
「ちょっと。蚊帳の外にしないでよ」
たまりかねて私が口をはさむと、二人共こちらをヌッと見てきた。
「紹介してよ。このおっさん、何者なの」
「主審オーディンと言えば分かるか?」
「オーディン? オーディンって、あの北欧の神の?」
私が目を向けると、男はニンマリと口に笑みを浮かべて顎をさすった。
「あぁ、俺ぁその北欧の神オーディンよ」
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