第39話 いざ、飲み比べ

 たくさんの龍がざわめき、黒龍を見て驚いていた。

 私たちは状況がわからないでいる。

 一体どうしたというのか。


 どうやらこの眼の前の老龍は、彼らにとって特別な存在らしい。


「ねぇじいさん、あんた何者なの?」

「気安く話しかけるな!」


 龍の中の一匹が叫び、激高したように私に詰め寄った。

 青い鱗をした青龍だ。

 この中では一際大きい。

 彼がこの場を牛耳る長だろうか。


 詰め寄ってきた青龍を、私は仁王立ちして迎える。


「人間風情が気安く話しかけるなど! この御方をどなたと心える!」

「水戸黄門かよ」

「この方は齢一万年を超える龍界の最長老であるぞ!」


 一万年だって?

 一体いつの時代の生物だというのだ。

 すると黒龍はほっほっほといつもの笑みを浮かべた。


「なぁに。ちょっと長生きしてるだけの老いぼれじゃよ」


 するとオーディンが何か思い出したように「あっ」と声を出す。


「聞いたことあるな。かつて全部の龍と喧嘩して勝っちまったっていう黒い龍の話をよ。それ、あんたのことじゃねぇのか?」

「若気の至りじゃのう」

「ヤバいやつじゃん……」


 そんなすごいじいさんだったのか。

 人だけでなく龍も見かけによらぬものだ。

 私が一人で感心していると、黒龍は他の龍をゆっくりと眺めた。

 見つめられた龍たちは一歩後ろに足を引く。


「お前さんたち、悪いが、この者たちに龍酒を分けてやってはくれんかね」


 すると先程の青龍が「し、しかし」と反論した。


「龍酒は伝統あるものでして、それを人間や妖怪に飲ますなど」

「何が伝統よ」


 私は思わず口を挟む。

 言葉を遮られ、青龍はギロリと私を睨んだ。

 その程度の眼光に怯む私ではない。


「このじいさんから聞いたわよ。龍酒って元々は他の種族と交流するためのものだったんでしょ? それを龍だけで飲むようになって、引きこもってるらしいじゃない」

「高尚な龍の文化に他種族が触れてなるものか」

「何が高尚よ。ただの自己満足じゃない。それに、同じ龍でも入り口の龍たちはオープンに絡もうとしてくれたわよ。ちょっとは見習ったら?」


 すると青龍は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「あれらはまだ若い下位の者だ。我々高位龍と同じにするな」

「あんたらが龍の中でどんな立場か知らないけどね、そんな位、私には何の価値もないのよ。そう言うのをねぇ、お山の大将って言うのよ」

「何を貴様……!」


 再度詰め寄ってくる青龍に、私は真正面からぶつかる。


「あんたらの方が年齢的に上なんでしょ。と言うことは、感性が古いのよ。新しい物を受け入れられなくなっている。伝統を守るのは私も大賛成。でも時代に合わせて適応するのも必要なんじゃないの。じゃなきゃ、今に龍は衰退するわね」

「何を根拠に……」

「少なくとも人間はそうよ。だから、今地上で一番繁栄してる」


 私が言うと、青龍はぐっと言葉に詰まった。

 その様子を見て傍観していた黒龍がのんびりした笑い声を出す。


「一本取られたのぉ。こう言っておるが、どうかね?」

「しかし……」


 すると――


「良いじゃねぇか」


 大きな声が響くと共に、先程まで巨大な岩だと思っていたものがのそりと動いた。


 それは龍だった。

 巨大な八つの首を持つ龍。

 首と同じく尾も八つに分かれ、それぞれの顔には大きなキズがついている。


 まごうことなくヤマタノオロチだった。


 完全に他の龍とは体躯が違う。

 この中にいる誰よりも体が大きい。

 伝説上のヤマタノオロチは谷を八つ超えるほどの巨大な体だったという。

 ということは、このヤマタノオロチは、これでもまだ何らかの方法で体を小さくしているのだろうか。


 ヤマタノオロチは体を起こすと、黒龍をジロリと眺めた。

 黒龍は、まるで旧友に会ったかのようににこやかな視線を向ける。

 他の龍は、その様子を緊張した様子で見守っていた。


「ほっほっほ、オロチよ、そんな場所におったのかね」

「少し面白そうだったからなぁ、様子を見てた。久しいな、黒龍。会うのは何年ぶりだ?」

「ほっほ、歳を喰ったせいで覚えとらんわい」

「すっかり老いぼれちまったな、お前も。かつては俺と覇権争いまでしていたというのに」

「年相応に生きるのが、万事うまく行く方法じゃよ。お前さんこそ、その生き方では敵ばかり増えて仕方なかろう」

「敵なんざ片っ端から捻り潰してやるわ」


 どうやらこの二匹は本当に旧友らしい。

 真逆の性格に見えるのだが、どう言う関係なのだろう。

 不思議に思っていると、ヤマタノオロチがその八つ首を近づけてきた。

 周囲を巨大な龍の顔に囲まれる。

 まるでジュラシックパークだな。


「良い女だなぁ。龍酒を飲もうとする気概が良い」


 伝説ではヤマタノオロチは女ばかり喰っていたんだったか。

 それが事実かは知らないが、女好きであることは間違いないようだ。

 私はナンパ男に絡まれた時のように「どうも」と手をヒラヒラさせる。


「それで、どうなのよ。龍酒、飲ませてくれるの?」

「いいだろう。別に構わん」

「オロチ様、良いのですか?」


 周囲の龍がヤマタノオロチに尋ねる。

 するとヤマタノオロチは「あぁ」八本の首で頷いた。

 傍から見るとすこし面白い情景だ。


「たまにはこういう面白いのに飲ませてみるのも一興だろう」


 どうやらヤマタノオロチは黒龍と同じくかなりの権力者らしい。

 誰も逆らおうとする様子が見えない。

 でもそのお陰で、龍酒にありつけそうだ。


 しばらく待つと、やがて龍の一匹が酒枡を私の元へ持ってきた。

 私が枡を両手で受取ると、そこに酒が注がれる。

 透明な、発酵臭の強い酒。

 量は二合くらい。


 これが世にも珍しい、龍が作った龍酒だろう。


「結構匂いが強いのね」


 でも嫌な匂いじゃない。

 むしろ後引く独特の匂いがする。


 私はぐっと龍酒を流し込んだ。

 ゆっくり咀嚼するように、その酒を飲む。


 すると、まるで熱いマグマの塊を飲み込んだかのような、燃え上がるような熱気が胃の腑から湧き上がるのを感じた。

 熱が体に満ち、熱くなる。


 それはどこか、スピリタスにも、古酒にも似ていた。

 でもそれよりずっと濃厚で、ガツンとくる感じだ。

 酒の独特の風味と、ベースになっているのは米だろうか。

 しかしミルクのようなまろやかな風味もしていて、どう言う味か表現がし辛い。

 香りが強く味もまろやかだが、不思議と口には残らずスッと抜けるのは良い酒の特徴だろう。


「すごい、これが龍酒か……」


 私が呟くと、黒龍が「どうじゃ?」と声をかけてくる


「初めて飲んだ龍酒の感想は」

「思った以上に美味しいわね。沖縄の泡盛に似てるけど、もっと濃いっていうか」

「龍酒はかなり濃いと聞く。体は何ともないのか?」


 尋ねてきた天狗に、私は頷いた。


「言ったじゃない。こんくらいじゃ酔わないわよ」


 すると大声でヤマタノオロチが笑った。


「良い飲みっぷりだなぁ! 女ぁ、お前本当に酒が強いんだな」

「まぁね。今日だって本当は、ここに飲み比べに来たんだから」

「飲み比べだと?」


 ピクリとヤマタノオロチが反応する。


「私、今まで酒で潰されたことないのよね。だから酒豪と闘ってみたいと思ってたの。龍って酒強いんでしょ? だから龍となら、まともな闘いになるんじゃないかと思ったわけ」

「馬鹿なことを。人間風情が我々龍に勝てるはずないだろう」

「あら、逃げんの?」


 私がニヤリと笑みを浮かべると、ヤマタノオロチはプライドを刺激されたのか、ムッと表情を変えた。


「調子に乗るなよ小娘。俺は龍で一番の酒飲みだ。人間ごときに飲み比べで負けるはず無いだろう。だいたい、体が違う」

「なら私のサイズに合わせなさいよ。この街の住民みたいに、人型になればいいじゃない。あんたもどうせ、体の大きさとか弄れる類なんでしょ?」

「ぬぅ……」


 私は腕組して真正面から退治する。

 ヤマタノオロチはしばらく八つの首で私を睨みつけていたが。

 やがて大きな口をにぃと真一文字に広げた。


「そこまでいうなら、飲み比べてやろう。お前の底を俺が見てやる」

「じゃあ、決まりね」


 私はパンと柏手を打つと、背後に立っていたオーディンを振り返った。


「オーディン、あんたも参加しなさいよ。全然飲んでないじゃない」

「大将は最後に出るもんよ。良いぜ。仲間の仇討ちだ。決着つけてやるよ」

「天狗は?」


 しかし天狗は首を振った。


「己れはいい。元より酒の強さを競い合う趣味はない」

「ちぇっ、つまんないの。でも嫌なら仕方ないか。ただ、三人で飲み比べだと面白みが足りないわね」


 こんなことならもっとたくさん連れてくればよかったな。

 そう思っていると、黒龍が何か閃いたように口を開いた。


「それなら、いっそ街を挙げての飲み比べなんてどうじゃ。龍の力を使えば、簡単に出来るじゃろう」

「何それ!? 面白そう!」


 するとヤマタノオロチが大声で笑い、「良いだろう! 乗った!」と叫んだ。


「おいお前ら、龍の総力を上げろ! すぐに準備だ!」


 話がトントン拍子で決まっていく。

 このあたりのノリの良さは、やはり宴の街ならではか。


「ほっほっほ、楽しくなってきおったのう」


 そう言う黒龍の瞳は、どこか活き活きしているようにも見える。


「じいさん、あんたこうなることを狙ってたでしょ? 龍酒の本来の役割通り、色んな人に酒を飲ませたかったから」

「はて、何の話かのう」


 とぼけたように黒龍は首を傾げた。

 やっぱり食えないじいさんだと思う。

 でも、そのお陰でたのしくなってきたんだから良いか。


「良いわよ。乗ってあげる。でも私、ただ利用されるようなタマじゃないから」

「それはそれは、楽しみじゃのう」


 黒龍はそう言うと、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 これまで見たどの笑みより、嬉しそうに。

 辺りに熱気が満ち溢れ、ヤマタノオロチは大声で号令をかけた。


「街の入り口に向かうぞ! 銅鑼どらを鳴らせ!」


 こうして、宴の街の締めくくりとなる飲み比べが開催されることとなった。

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