第6話 鳥居の道にて

 見覚えのない鳥居だ。

 ここには何度も来たことあるが、あんなものは目にしたことがない。


「何あれ」

「あんな場所に鳥居なんてないですよね」


「新しく作ったんじゃないの?」

「それにしては古くありません?」


「あ、ちょっと! やめときなさいって。ねぇ!」


 先輩が止めるのを無視して僕は鳥居に近づいた。

 よく見ると鳥居の向こうにも鳥居があるみたいだ。

 そのさらに奥にもまた鳥居。

 

 月明かりのせいだろうか。

 真っ暗な空間に、鳥居だけが浮かんで見える。


 何となく鳥居をくぐった。

 温かった空気が、急に冷たくなって肌に刺さる。

 先程までは風も吹いていなかったのに、急に空気が流れるのが分かった。

 まるで鳥居が風を吸っているように感じる。


「何か寒くない?」


 先輩も肌寒さを感じたのか、僕の横で腕を擦った。


「ビールがよく冷えるそうですね」

「そゆこと言ってんじゃないのよ」


 昔、友人たちに強制的に連れられた心霊スポットがこんな感じだった。

 空気感が異質なのだ。


 たぶん先輩も僕も、何となくこれ以上進まない方が良い気はしていた。

 ただ、僕は構わずに歩きだした。

 恐怖より先に、好奇心が勝ったのだ。


「ちょっとコウヘイ、戻りましょ。怒られるわよ。……あぁもう、知らないわよ私は」


 なんだかんだ文句を言いながら先輩はついて来る。

 どうやら恐怖で酔いもさめたらしい。

 先輩は空いている手で僕の服をつかんだ。


 二つ目の鳥居をくぐる。

 さらに奥に三つ目の鳥居が見える。

 まるでそれは道標のごとく点在していた。


 そのまま三つ目、四つ目と鳥居を抜ける。

 と、鳥居の間隔が急に狭くなり、トンネルのように連続するようになった。


「まるで伏見稲荷ね……。あそこも鳥居がトンネルみたいだった」

「確かに、見覚えありますね」


 鳥居のトンネルを奥へ奥へ進んでいく。

 鳥居の隙間から月明かりが差し込み、妙に幻想的な光景だ。


 紅い鳥居に囲まれた道を進むと、時々進行方向を見失いそうになった。

 一本道なのに妙な話だ。

 でも、ふと振り返ると、もうどちら前で後ろか分からなくなる気がする。


 僕が前、先輩が後ろの縦並びになった。

 こうすれば方向を見失うことはない。

 一本道で道を見失うことは有り得ないはずだが、この空間の妙な感覚が僕と先輩の警戒心を煽っていた。


 しばらく歩くと不意に目の前に別れ道がやってきた。


 右と左、そして来た道。

 丁度Y字の形となっている。


「別れ道ですね。どっちに進みましょうか?」

「下手に進むと帰り道が分からなくなりそうね」


「さすがにそれはないと思いますけど……」

「でももしも、よ? 同じような別れ道がこの先も、さらにその先もあったら……って思わない?」


 この先同じような道がもし続いていくならば、きちんと道を確認して進まないとどっちから来たのか分からなくなる。


「たぶんもう分かってると思うけど、この道、おかしいわよね。普通じゃないっていうか」


 すると先輩はブルリと震え、僕の服を更に強くつかんだ


「……自分で言って怖くなったわ」


「怖いなら言わないで下さいよ」

「うるさいわね」


「先輩、怖がりなのによくここまで着いて来ましたね」

「一人になったほうが怖いに決まってるでしょうが」


 とうとう怖がっていたことを認めてしまった。

 見た目では分からないが、余裕がないのかもしれない。

 普段は喜怒哀楽の分かりやすい人だが、感情を隠すのは意外と巧いのだ。


「大体、あんたは不気味じゃないの? 普通じゃないってとっくに気付いてんでしょ?」

「こう言う場所は嫌いじゃないですね。元々怖い話とかは好きなんですけど、それとはまた別の理由で」


「別の理由?」


 先輩は眉をひそめる。


「綺麗じゃないですか? 純粋に」


 僕が言うと先輩は細目で道を眺めた後。

「まぁ、確かに、ね」と小刻みに頷いた。


「この鳥居で出来た道、伏見稲荷よりずっと徹底されていて僕は好きですね。月明かりは幻想的だし」

「ふむ、分からんでもないわね。私個人としては石畳だった方が好きかも」


 先ほどよりも強く先輩は頷く。

 どうやら考えを改めているらしい。


「じゃあ右に進むわよ」


 先輩はそう言うと右に歩き出した。

 恐怖心は払拭されたらしく、単純な人だなと感じる。


 右の道を進むと、不意に目の前に階段が見えた。

 四、五段くらいの低い物で、石で出来ている。

 どうやらここから足元が石畳になっているようだった。


「良いじゃん。言われると確かに風情があるように思えてきたわ」

「でしょ? 先輩、こういう雰囲気好きですよね。ワビとかサビとか意識するし」

「日本人なら当然でしょ」


 しばらく歩くとまた別れ道。先輩は当然のように右に曲がる。

 その次も別れ道。右へ。

 さらに次。右。

 さらに。右。

 右。

 右。


 同じ方向に曲がり続けるのに異論はない。

 帰りは左に曲がれば良いだけだからだ。


「先輩」

「何よ」


「ずっと右ばっかりですけど、このままだと行き止まりか、元の道に戻る可能性があります」


 先輩ははたと足を止めた。


「どういうこと?」


「僕らはずっとY字路を右に行っています。同じ方向に曲がり続けるってことは同じ角度で右に曲がり続けてるってことで、同じ場所をぐるぐるしてるだけになるんじゃないかと」


「……なんでもっと早く言わないのよ」

「さすがに知っててやってると思ってました」


 先輩は膝を突いて力なくうなだれた。

 全く何も考えていなかったらしい。


「どこから来たかも分かんなくなっちゃいましたね……」

「もうやってられないわよ!」


 先輩はあぐらをかき、ビールを飲み干すと缶をその場に置いた。

 そしてリュックを開け、日本酒のビンを取り出す。

 フタを外してラッパ飲みをはじめる。


「何やってるんですか」

「見りゃわかんでしょ。飲んでるのよ!」


「あんなに酔ってたのに、また飲むんですか」

「いつの間にか酔いも冷めてるわよ!」


 先輩は喉を鳴らして日本酒を飲んでいる。

 日本酒の飲み方じゃない。

 尋常じゃない量だ。

 

 こんな場所でアルコール中毒にでもなられたら僕にはどうしようもない。


「先輩、あんまり飲みすぎるとトイレ行きたくなりますよ」

「……立ちションでも何でもするわよ」


 何を言っているのだこの人は。完全に切れている。僕は恐れた。

 今の僕にこの人を止められる気がしない。しかしやらねば。


 僕は先輩の手を止めた。

 お酒が四分の一程度になっている。

 この僅かの間にこんなに飲んだのか。


「飲みすぎです。もう止めましょう」

「邪魔すんじゃないわよ」


「邪魔しますよ。倒れられでもしたら厄介です」

「そん時はそん時よ」


「先輩!」


 僕は先輩を律する。しかし先輩も負けずとこちらを睨み返してきた。

 こんなところで喧嘩をする気はないが、このままでは喧嘩に発展しかねない。


「何をやっている。こんなところで」


 背後から声が聞こえた。

 くぐもった、低い男の声。

 振り返ると、二メートル近くはある巨大な男がそこにいた。

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