意中のあの子は振り向かない!? 

国産タケノコ

始まるまでの物語

第1話 意中のあの子は振り向かない

 氷の乙女アイスメイデン。目の前で雪のように輝く銀髪をたなびかせる少女に付けられたあだ名。


 冷たいから氷の乙女と呼ばれているわけではない。普通に明るくコミュニケーションを取っている姿を俺は見ている。


 ただ、儚く、触れれば溶けてしまいそうな美貌と、彼女の纏う穏やかな雰囲気に魅了された男共がつけたあだ名。そして彼女の心を射止めようと、数多の男が戦いを挑み、ことごとく返り討ちにあってきた。彼女のキルレートはすさまじいことになっているだろう。


 だが、それも昨日までの話。


 氷瀬玲奈ひせれいな。今日、俺は彼女の氷を溶かす第一人者となるのだ。


 朝の学校。春らしい桜が舞う校門から昇降口まで向かう途中。多くの生徒の視線を集めながら、俺は氷瀬の進路を塞ぐように立つ。


 周りの生徒は、また氷瀬に告白して死ぬ奴が出るなぁ、と面白半分に横目で見物している。


「あいつ朝から氷の乙女に挑むつもりだぞ」


「また無謀にも挑む男が現れたのか」


「成功か失敗かにジュース賭けるか?」


「そんなの勝負にならないだろ」


 おいおい。人の告白を賭けの対象にするとか良くないぞ諸君。それに勝負にならないって……そうだよな。告白は成功するに決まってるから勝負にならないよな。野次馬の中にも見る目あるやついるじゃん。わかってるな。


 今まで氷瀬に挑んでいた奴に足りないもの。それは氷瀬への滾る愛情。氷瀬の氷はそんじょそこらの冷凍庫からできる氷とは違うんだよ。普通の熱ではきっと溶かせない。太陽の如く熱く滾った熱でなくては溶けない。そう、俺のような!


「氷瀬……お前に話がある!」

「えっと……野中君だよね? 同じクラスの?」

「え? まじ? 俺のこと知ってるの?」

「さすがに同じクラスだから」


 氷瀬は困ったように笑う。衆目の視線を集めてなお普段の穏やかな空気を崩さない様は、世に生きる男全ての庇護欲を掻き立てる。つまり尊い。


 はぁ……幸せ。氷瀬に認知されてるとかもうこの上なき幸せじゃん。


 そうです。2年生にしてやっと同じクラスになれた野中伊織のなかいおりです。ちなみに朝の電車もたまに一緒になってます。気づいてる? 気づいてないよなぁ。俺が一方的に氷瀬を見つめちゃってるだけ。


 氷瀬は電車の中ではいつも静かに読書をしてるからな。なんの本読んでるのかなぁ。きっと氷瀬のことだから格式高い本を読んでるんだろうな。俺はスマホいじってる。


 毎日氷瀬の手に触れられる本への羨望を抱えながら、俺は改めて氷瀬に向き直る。


 朝の時間は限られている。


 なんでこの場所、この時間にしたのか。色々理由はあるけど、その最たるものはこの衆目に証人となってもらうため。俺が氷瀬の氷を溶かすその歴史的瞬間をな……!


「氷瀬、俺は――」


 今、俺の愛を君に。


「あ、せんぱーい! やっと見つけましたよ!」


 告白を遮るように聞こえた甘ったるい声。


 氷瀬の後ろを何か小動物が駆けてくる。こっちに向かってくるが俺には一切の見覚えがない。


 まったく、氷瀬は女の子にまでモテてしまう魅力の持ち主だったか。いやはやさすがは氷瀬だ。でも後輩ちゃん、今は空気読もうな?


 女の子は氷瀬へ絡みに行っているのかと思った。しかし、女の子はスピードを緩めることなく彼女を通り越す。


 え? 通り越す?


「おはようございます! 伊織先輩!」


「……え? お前誰⁉︎」


 理解が追い付く前に、少女は正面から全力で俺に抱きついてきた。


 背中までがっしりホールドされており、引きはがそうとしても微動だにしなかった。は? 力つよ!?


「ひどいです! 私のこと忘れたんですか!?」


「いや、会った覚えないんだけど!?」


「ひどい! 忘れるなんてひどい!」


 やいやいと少女が騒ぐ。


「待て待て! お前今この状況わかってるのか!?」


 俺と氷瀬を囲むようにできた円の中、異分子が入り込んでしまったこの状況。


 今まさに氷瀬へ告白しようとしていた俺の胸には名も知らぬ自称後輩。


 目の前には状況を掴めていない氷瀬の姿。


 告白は1対1が常なのに、なぜか2対1の構図になっている。告白に2対1の戦いなんてないんだよ⁉︎


「え? 先輩と後輩の感動的再会ですが?」


「お前この状況でどうやったらそう判断できんだよ!? 頭沸いてんのか!?」


「ひどい! それが可愛い後輩に言う言葉ですか!?」


「可愛い後輩なら先輩の顔を立てろよ! どう見ても告白シーンだっただろ!? お前アニメとか漫画でこんなシーン見たことねぇのかよ!?」


「え……」


 自称後輩は俺の言葉にハッとして首を後ろに捻り、氷瀬の姿を見ると途端に顔を青ざめる。


「その……もしかして邪魔でした?」


「もしかしなくても邪魔だよ! なんで気づかねぇんだよ!」


「すみません! 先輩しか見えてませんでした!」


 バッと俺から離れて、自称後輩は氷瀬に向かって思い切り頭を下げた。


「邪魔してごめんなさい! 続きをどうぞ!」


 そういって彼女は俺の背中にそそくさと隠れてしまった。


 なんで背中に隠れんだよ!? 人ごみの中に帰れよ! 少なくとも俺の背中は不正解だから!


 氷瀬はどうしていいかわからず、手をもじもじさせている。


「ひ、氷瀬……」


「えっと……お幸せに?」


 氷瀬もどうしていいかわからなさそうに頭を横に倒した。


 そして彼女はその言葉を残して、俺の横を通り過ぎて行った。


「氷瀬!? これは違うんだ!?」


 伸ばした手は虚空を掴む。


「あいつ、告白する前に振られたぞ」


「氷の乙女は健在だったな」


「想いを伝える前に玉砕は始めて見た。あいつやるな」


 一連のイベントを見守っていた衆目は、いつも通りの結果に満足しながら各々昇降口まで歩みを進めた。


 そうしてみんな日常の世界へと帰って行き、あとに残されたのは俺と自称後輩のみ。


 桜が舞う景色を一人寂しく眺める。風の音がよく聞こえる。こんなはずじゃなかったのに。


 今朝家で起きた時に思い描いた現実と、今目に映る景色は正反対のものだった。


 春の風ってよく感じてみるとべつに暖かくないんだなぁ。


「先輩……その、まあこんな日もありますよ!」


 どこか慰めるように後輩は言う。お前のせいなんだよなぁ。


 だが、起きてしまったことは仕方ない。ただ結果として、意中のあの子は俺に振り向いてくれなかった。


 思い伝えることすらできず試合終了してしまった。要は不戦敗。


 さらには盛大な勘違いのおまけだけを残して。


「え、なにこれ……」


 春の風は、思ったよりも体に染みた。


 氷瀬へ告白をするはずの物語が、今ここで始まる前に終わりを告げた。




――――――――――――――――――――

またぼちぼち頑張っていきますので、

よろしくお願いします。

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