第42話 野中伊織は諦めない

「いやぁ……中々いい啖呵でしたねぇ。私、シビれちゃいましたよ~」


 クーラーの効いた空き教室。


 雛森は椅子の背もたれに体重をかけながら言う。浮いた両足はブラブラと宙を泳いでいる。


 全然シビれてなさそう。声がふわっとしている。


「やはり……伊織さんは素晴らしい殿方ということですね。私もあれだけのセリフを言われてみたいです」


 雛森の前に座る東雲が想いを馳せるようにうっとりと呟く。


 どのあたりが素晴らしい殿方になるのか。褒められているのに、東雲が言うだけで不気味になる不思議。


「ま、あんたらしくていいんじゃない?」


 なぜか十波もいる。契約満了でお役御免。さよなら! と思っていたがなぜかまだいる。


 もう用は済んだから、お前はいなくてもいいぞ。まだ俺を解放するつもりがないのか? ええ?


「盗み聞きは感心しないんだが?」


「そんなこと言わないでくださいよ伊織先輩。宣戦布告なんて聞いたら、こんな絶対おも……大事なことは見届けないとですよ」


「お前今面白いって言いかけたよな?」


「気のせいです」


 ちゃんと目を見て言ってみろ、な?


「でも最後の啖呵以外は全然聞こえませんでした。どうせなら最初から伊織さんに盗聴器をつけておくべきでしたね」


「いいじゃない。面白いものは見られたんだから」


「あれは見せものじゃないんだが?」


「そう? 意外とかっこよかったわよ。ミジンコくらいはあんたの評価が上がったわ」


 それってどんくらい上がったんですかね?


 要は、こいつらは俺が氷瀬に啖呵を切ったあの時、屋上の扉から聞き耳を立てていたらしい。全然気がつかなかった。


 見られて困るものではないが、なんかいい気分はしない。恥ずかしいとかじゃない。絶対。


「にしても、ここは快適ね」


「ほんとにな。どっかの誰かが本気出したみたいだぞ?」


「伊織さんの視線は今日も魅力的ですね!」


 件の少女を見れば、ただニコニコと屈託のない笑顔をお返ししてくれた。答えになってない。だけど、その笑顔の裏で泣いた奴がきっといるだろう。先生の誰かしらとか。


 ここは部室棟の一室。文科系の部活動の部室が立ち並ぶところのひとつ。


 少しずつ夏が本気を出してくる今日この頃、東雲はとうとう部室を一室手に入れ、あげくクーラーまで取り付けてしまった。


 どうやって手に入れたか訊いても、東雲は今のような笑顔をするだけだった。めっちゃ怖い。


 語らないところがめっちゃ怖い。いやなにしたのマジで? 文科系の部室でクーラーついてる部屋ここだけよ? 勝手に魔改造されてんじゃん。


 東雲神楽の強権は留まることを知らない。こいつ、俺が育てたんだぜ? 自由を知った者は強い。そういうことにしよう。


「で、雛森。俺たちを集めたのはどういう要件だ?」


 今だ足をブラブラさせている雛森を見る。


「俺は氷瀬への告白に失敗した。それでも、お前との約束は、俺が氷瀬へ告白するまでって話だったろ? もう俺たちは全員自由になったものだと思ってたけど」


 雛森、東雲、ついでに十波。俺たちは、俺が氷瀬に告白するという名目で集まり、それはこの前成し遂げられた。


 結果は結果だが、まずはひとつの目的は達成したわけだ。


 恋愛心理学なる謎学問でスキルを磨いて、結果なんの役にも立たなかった。なにせ相手は好きという感情を知らなかったのだから。


 恋愛心理学。俺にとっては何匹ものモンスターを生み出してしまった忌むべき学問。


 ここにいる奴らがまさにそう。それぞれが変な方向に突き抜けているモンスターしかいない。


 つまりここはモンスターハウス。生徒の皆さん、討伐クエストの時間ですよ! まあ大概のハンターは東雲に食い散らかされてゲームオーバーになるだろう。それが東雲神楽というラスボス。


 話を戻せば、もう俺たちが集まる理由はなくなっている。


 各自が自分の世界に帰り、思うがままに生きるはずだった。


 俺もそう。俺は俺で氷瀬とのガチバトルに興じる予定だった。今日もちゃんと一発攻撃しといた。全然響いてなさそうだったけど。


「伊織先輩はひとつ間違ったことを覚えています」


「ほお……」


「私は、恋のキューピッドとして告白を成功させると言ったはずです」


「そうだっけ?」


「いや覚えておいてくださいよ!? 大事なところですよここ!?」


「俺にとっては割とどうでもいいことだけど?」


「私にとっては大事なことなんですよ! 逃がしませんよ!」


「そうは言ってもな。俺はもう氷瀬には告白しないぞ? 聞いてたならわかるだろ?」


 屋上で俺の啖呵を盗み聞きしていたならわかっているはずだ。俺がもう氷瀬には告白しないって。


 告白するんじゃなくて、される方にシフトする。


「そうでしたね。ですが、これでは私の気がおさまりませんので、これからも引き続き伊織先輩の恋の手助けをさせていもらいます。ちなみに拒否権はありません」


「えぇ……」


「そうです伊織さん! 私もまだまだ離れませんからね!」


「あんたを見てると意外と飽きないのよね」


「マジかよ……」


 え? 俺まだ解放されないの? つらい。


 なんかこいつらといると毎日疲労感が半端じゃないんだよな。風呂入っても全然疲れが取れない。


 たぶん、こいつらといると俺らしくない面がいっぱいで出るから疲れるんだ。柄にもないこと色々したからな。


 しかし、どうやらモンスターに囲まれているか弱い子羊状態はまだ続くらしい。


「というわけで作戦会議ですよ! さあ次はどんな作戦で氷瀬先輩をキュンとさせるかみんなで考えましょう!」


「いいねそれ。私も混ぜてよ?」


 全員の視線が扉に向く。


 そこには眩い銀髪をたなびかせたパーフェクト美少女が勝気な笑みを浮かべて立っていた。


 こいつ……音もなく扉を開けやがった……!


「玲奈!?」


 十波が驚きの声をあげた。


「出ましたね。伊織さんの純情をもてあそんだ性悪女」


「私そんな風に思われてるんだ。まあ、否定はし辛いかなぁ」


 怪訝そうな表情を浮かべる東雲。それでも氷瀬は勝気な表情を崩さない。


「いいのか。お前のそれを後輩たちに見せて?」


「べつにこの子たちには隠さなくてもいいかなって。それに、こんな面白そうなことしてるなら早く言ってよ」


「言うかよ。お前を倒すための会合だぞ?」


「なら、倒す相手がいた方がより参考になるんじゃないかな?」


「なるほど……一理ありますね」


 雛森が顎に手を当てて納得するように頷く。


「でしょ? だから私も混ぜてよ。いいよね、野中君?」


「……断る理由もない。近くにいた方が落としやすいしな」


 近接の要因。単純接触の原理。近くにいる、一緒にいる時間が増える。それのメリットは大きいはずだ。あと単純に俺が嬉しい。


「いいね。期待してるよ」


 氷瀬は楽しそうに笑った。


「へぇ……これは意外と」


「どうした雛森?」


「いえ……なんでも。じゃあ、ご本人を交えて作戦会議をしますか!」


 氷瀬はその辺に置いてある椅子を持ってきて俺の隣に座った。


「私は簡単に負けないよ?」


 視線が交錯すれば、彼女は俺を挑発するように口元を吊り上げる。


 告白させる。やれるものならやってみろと、彼女の視線が物語っていた。


 恋愛は、好きになった方が負けというのを聞いたことがある。


 その点で言えば、俺はもう負けている。だって俺は氷瀬のことが好きなんだから。


 そう、俺は負けている。負けている側から勝負を仕掛けても勝ち目は薄い。


 なら、相手を負けさせてしまえばいい。そうすれば立場は逆転する。


 告白をする人間の立場は弱い。結論を相手に委ねるから。現に俺は一度敗北した。


 だからこそ、次は氷瀬から告白させる。絶対に俺が勝てる状況に持って行くんだ。


 それこそが、この物語の終着点なんだから。


「そう言ってられるのも今の内だ。せいぜい今のうちに吠えておけ。俺は、絶対に諦めない」


 これは、俺が氷瀬に告白されるまでの、騒がしくハチャメチャな日々を綴る物語。


 本当の物語は、ここから始まるんだ。





――――――――――――――――

途中失踪してすみませんでした。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

後半の展開を書き直そうかと思いつつ、

人気もないしこれでいっかと諦めました。すみません。

続きが書けそう感を出しつつ、本作はここで終わりです!


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意中のあの子は振り向かない!?  国産タケノコ @takenokono-sato

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