第34話 女神との休日
来る日曜日。今日は最終決戦の日。
電車で揺られることいくばくか。煌びやかな街並みを臨む駅の出口。
デートで気合を入れすぎると空回りする。だから普段通りにしろ。屋上でうるさい奴らがそう言った。
だけど少しは気合を入れろ。これも屋上でうるさい奴らが言った言葉。
秒でわかる矛盾。素晴らしいアドバイスだな。全く参考にならねぇ。
要はこれも個人の価値観的な話に委ねられるってわけ。デートでは気合を入れてほしい人もいれば、普段通りにしてほしい人もいるってこと。それがわかっただけでも収穫か。
だから俺はそのアドバイスを自分なりに咀嚼して、結果普段通りに行くことにした。
背伸びをしたって、やがて困るのは自分。相手にとっては背伸びをした自分が基準になって、求められるものが高くなってしまう。それならば、普段通りの俺を見てもらって、それで受け入れてもらいたい。
待ち合わせ場所は駅の出口すぐにある時計台の下。待ち人がいないか探すまでもなかった。
「はぁ……」
思わず嘆息してしまう。
太陽に照らされた輝く銀色の髪。それを際立たせるような落ち着いた装い。ひとつの芸術作品を見ているような感覚に陥る。
集合時間よりもまだ早い時間。だけど彼女、氷瀬は時計台に背中を預けて静かに読書を嗜んでいた。
通りすがる人がチラチラと氷瀬を見ている。それでも本に集中しているのか、氷瀬はそれを意に介していなかった。
スマホで時間を確認する。集合までは15分以上早い。
ごめん待った。今来たとこ。ラブコメの定番イベントは発生しなかった。
微妙に残念な気持ちを持ちながら、俺は彼女の近くへ行く。隣に立ってみても、氷瀬は俺に気づいてくれなかった。よほど本に集中しているらしい。決戦開始前、俺の存在感は本に負けた。
「……氷瀬」
「あ、野中君!」
本への嫉妬を隠しながら声をかければ、氷瀬は俺の存在に気づいてパァっと明るい笑顔を向けてくれた。
ま、眩しい。直視できない。サングラスが必要だ……!
「ごめんね! まだ時間には早いかなって本を読んでたら集中しちゃってた!」
「いつからいたんだよ?」
「うーん……遅刻しちゃいけないって思って結構早く家を出たからだいぶ前からいたかも? いつからとかは覚えてないかな」
「そ、そうか……それって楽しみにしてくれてたってこと?」
「うん! 約束した時にも言ったのに、私ってもしかして信用ない!?」
「い、いや! そんなことはないよ!」
え……なにこれ。本当にこれ現実? 頬をつねっても痛覚はたしかにあった。
「なにしてるの?」
「夢と現実の答えを求めていた」
氷瀬は俺とのデートを楽しみにしいてくれていた。今日は赤飯で確定かこれ!?
ピークエンドの法則とか黄昏効果とかの前に、もうアタックしそうな心を静める。
慌てて頭の後ろを掻きそうになった心も抑えた。大丈夫、まだ処理できてる。落ち着け俺。
「答えは出た?」
「紛れもない現実でした」
「よかった。私もこれが夢だったら困ってるよ」
「――!?」
ふぁあああああああああああああああああ。
なになになになに!? なんかすごい氷瀬が積極的なんですけど!?
最初はお互い緊張して今日どうしようか? みたいな空気感も予想していたのになんか全然そんなことないんですけど!?
俺だけが全然落ち着いてない。氷瀬はいつも通り、いやいつも以上にニコニコしている気がする。
しっかりしろ俺。普段通りだ。テンパって意味わかんないことしたら大幅減点になるって屋上でうるさい奴らが言っていた。これは満場一致だったからその通りなんだろう。
俺は心の動揺を表へ出さないように知りもしない般若神教を唱えた。アバダケダブラ。それは死の呪文だった。
「今日はどこへ行く?」
「そういえばどこへ行くって話はしなかったもんね。楽しみ過ぎて忘れてたよ!」
「楽しみ過ぎて……」
やばいやばい。そろそろ脳がオーバーヒートしそう。夏間近なのに頭から湯気が出て来そう。
右手が……疼く。頭の後ろを全力で掻きたがっている。
沈まれ俺の右手。闇の力を解放するときは今ここではない。まだ早い。
「……実は俺もノープランだったり」
高鳴る心を地べたに叩きつけて、俺は努めて平静に答えた。
下手にプランを決めていくと型にはまった行動しかできなくなる可能性がある。たしかに完璧なプランを組める奴ならプランは組んだ方がいい。だが、屋上で作戦会議をして俺は理解した。4人そろってデートの経験など皆無だったことに。
雛森、東雲、十波、俺。そろいも揃ってデートに関しては無能であった。
そしてああでもないこうでもないと雑魚同士で言い合った末にたどり着いた結論。考えるだけ無駄。元も子もない結論だった。
だから今日は戦術的ノープラン。雑魚が考える作戦など紙切れも同然。ならば自由に遊撃隊として動いた方がまだマシだろう。試されるのはアドリブ力。日々自由を謳う俺にとっては得意分野……のはず。
「そうなんだ! じゃあ適当に街中ブラブラしようか!」
氷瀬は俺のノープランでも顔色を悪くすることはなかった。サンキュー十波。お前の事前情報通りだ。
氷瀬はそんな細かいところを気にしない。その前情報があればこその戦術的ノープラン。さすが最後に加入した最強の味方。スポット参戦ゲストキャラ並みの強さをもつ女。
これが終われば喜んで契約解除してやるよ。元々俺たちは友達ではないからな。
「そうだな。氷瀬がよければ今日はそれでお願いできるか?」
「うん! 全然大丈夫だよ! じゃあ時間がもったいないし行こうか!」
「ああ……ふぁ!?」
まず襲ってきたのは左腕に何か柔らかい感触。次に襲ってきたのは鼻腔をくすぐふ花の香り。最後は左腕が拘束される感覚。
見れば、氷瀬が俺の腕に抱きついてきていた。
「ひ、氷瀬さん!? ど、どうしたんですか!?」
「ん? どうもしてないよ?」
氷瀬はただ平然と俺の腕に抱きついたまま。
どうもしてるよこれは!?
いやさ、あわよくば手くらい繋げないかなぁとか思ってたよ。まあそれは付き合ってからかなぁ。とか思ってたよ。
もうさ、そんなの飛び越えちゃったよね。手を飛び越えて腕に来ちゃったよね。
てか柔らかい。いい匂い。頭が……頭が幸せに侵食されていく。
「う、うううう、うう腕に抱きついていらっしゃいますが!?」
「え? でもデートはこうするものだって前見た小説に書いてあったんだけどな?」
どんな小説読んでんの!? 初デートでいきなり腕に抱きつくことを推奨する本なんてあるの!?
氷瀬もそれを真に受けるってめっちゃピュアじゃねぇか。そんなピュアな女神になんてこと教えてんだよなにかしらの小説!?
「そ、それはどうかなぁ」
「……もしかして違った?」
途端に氷瀬が困ったように瞳を揺らす。
「ち、違わないと思うけど……ちょっと……俺には刺激が強い……」
「そっか。じゃあ名残惜しいけどやめようかな。野中君が困るのはよくないしね」
そう言って氷瀬は抱きついた腕を離した。
「…………」
内心もう少し堪能すればよかったかなぁ、と思いつつ、開始早々俺の予想をはるかに越える行動を取った氷瀬。
だめだ……氷瀬がなにを考えているのか全く分からねぇ。
これはもう……使うしかねぇ。闇の力を使うしかねぇ。
俺は氷瀬と並んで歩きつつ、右手で自分の頭の後ろをガシガシと掻いた。助けてくださいの合図。
『いや早い早い! 伊織先輩こっち頼るの早すぎですって!』
そして右耳から聞こえてきたのは、聞き馴染みのあるキューピッドの声だった。
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