第33話 決戦前夜と言う程でもない明るさ
金曜日の放課後。要は氷瀬と昼ご飯を食べた次の日。
俺たちは来るべき明日の決戦に備え、屋上へ集合していた。
「ピークエンドの法則。これによれば告白は最初に行うより最後に行う方がいいと書いてあります」
ご自慢の恋愛心理学ノートを見ながら雛森が言う。
ピークエンドの法則。人は、自分の経験について、その絶頂時にどうだったか(ピーク)、どう終わったか(エンド)の2点を重視する法則。いわゆる、終わりよければ全てよし! もこれに当てはまるのかもしれない。終わり、つまりエンドを重視しているということだ。
「出会い頭に告白するよりも、二人で楽しい時間を過ごしてから、最後にとっておきの情報を伝える方が相手に強く印象付けることができます。これと黄昏効果を組み合わせれば、成功率はアップ間違いなしです!」
「なるほどなぁ」
つまり、俺の最初の告白は全然センスがなかったってことね。朝の校舎で出会い頭の告白。今回練っているプランの真逆を行く最悪の行動。はは、知らなくてもいい事実ってあるよね。
だが、人は変わり、成長する生き物。同じ過ちを二度繰り返さなければいい。
「ただ、そればっかりに気を取られて途中をおざなりにするのはいけないです。まず伊織先輩と一緒にいて楽しい、と氷瀬先輩に思ってもらわないと心理学もクソもないですから」
「それは言えてるわね。心理学的にどれだけ効果があっても、少しも好意がない人から告白されたら意味がないのは同意するわ」
「だそうですよ伊織さん。ここはひとつ、いつでも手に入れることができる私にしておきませんか!」
「お前手伝う気ある?」
「ありますよ!」
東雲はむぅ、と眉間にしわを寄せる。
「私は愛人枠でも喜んで受け入れる覚悟があります! だから本妻のために頑張る伊織さんへの協力は惜しみません。それに……」
東雲がどこか黒い笑みを浮かべる。
この表情をするとき、彼女はよからぬことを企んでいる。
「この仕事を手伝ったら伊織さんがなんでも言うことひとつ聞いてくれるって夕陽さんが言ってましたので!」
「はあ!?」
この世で一番、なんでも言うこと聞く券を渡してはいけない女子、それが東雲神楽。ちなみに俺調べ。
その東雲へ、俺の預かり知らないところで勝手になんでも言うこと聞く券が発行されていた。
俺はバッと勢いよく代理発行しやがった女子を睨みつける。
「伊織先輩……そんなに情熱的に見られると照れちゃいます」
「お前……なにしたかわかってるのか?」
「わかってますよ。でも、なんでもいうこと1回聞くだけで東雲家の援助をいただけるんですから安いものじゃないですか」
「それはお前が決めることじゃないんだよなぁ……」
「そうよ野中。ただで手伝えなんて虫が良すぎるわ。ちゃんとお礼はするべきよ」
「俺べつにこいつに手伝ってくれって言った覚えないんだよなぁ」
気づいたら一緒にいて、気づいたら手伝ってくれてた。そんな関係。
それになお前ら……相手はあの東雲だぞわかってんのか? 雛森、お前は見てただろ? この前、婚姻届けで俺の筆跡を偽造する様を、ハンコをコピーするその様を。倫理が壊れているその様を。
どうすんだよ? なんでも言うこと聞くが婚姻届けのハンコ押せだったら。断っても絶対逃がしてくれないだろ。
「東雲……あれは雛森が勝手に言ってるだけだから無効だ。それに、無理に手伝わなくてもいいぞ?」
言った言わないの世界では契約など無効だ。
そんな他人の口約束がまかり通ったら世界が混乱してしまうだろ。俺は認めないぞ絶対!
こんなん確実に俺の自由を侵害されるに決まってる。却下だ却下。
「伊織さん。これを」
東雲は俺に一枚の紙きれを渡してくる。婚姻届け? 違った。
綺麗に折りたたまれたそれを開く。
「なに……誓約書……?」
誓約書。私、野中伊織は東雲神楽さんのお願いに対して、1度だけ必ず言うことを聞くことをここに誓います。
「は……なにこれ!?」
「誓約書ですよ。伊織さん」
「それはわかってるんだわ!? 俺こんなん書いた覚えないんだけど!?」
しかもご丁寧に野中印まで押されてるし。俺の実家のやつにそっくりだし!
「口約束に拘束力はありませんからね! しっかり一筆いただきました!」
「だから書いた覚えないんだよなぁ!?」
「べつに、伊織さんに一筆もらわなくても、伊織さんの筆跡で書けば結局伊織さんに書いてもらったのと変わりませんから。あとは夕陽さんに代理でハンコを押してもらって完成しました!」
「いやぁ、誓約書なんて初めてみたからワクワクしましたよ伊織先輩! 見てくださいこのハンコ、きれいに真っすぐ押せてるんですよ!」
雛森は楽しそうに、本当にきれいに真っすぐ押印されている野中スタンプを指さした。
「さすがにハンコは私が押したら意味ないですからね。東雲家お抱えの弁護士のお墨付きがあるので、効力はしっかりありますよ!」
「……詰んでんじゃんそれ」
東雲家お抱えの弁護士はなにしてんの? 子供のお遊びでガチになんなよ……暇なの?
公文書が生きている限りその効果は発揮されるはず。ならば……なかったことにしよう。
東雲は雛森と楽しそうに誓約書を掲げて遊んでいる。つまり……今は隙だらけ。よし。
俺が奪い取って破ればその効力は無効だ。もうこれしかない。勝手に結ばれた契約を勝手に破棄したって罰は当たらないってかそれが普通なんだよ。
俺は隙を突いて東雲の持つ誓約書を奪い取るため、勢いよく手を伸ばした。
「……いけませんよ伊織様」
が、その手は途中で掴まれて止められる。
東雲神楽専属メイド、可憐な見た目とは裏腹に東雲家最強の戦士、秋月さんの手によって。
華奢な腕から出てくるとは思えない怪力。軽く掴まれているだけなのに、俺の腕は微動だにしなかった。
「伊織様でもそれはお戯れが過ぎます」
「え……この人どこから出てきたの!?」
今まで影すら見えなかった人の登場に、十波が目を丸くしている。
懐かしいな。俺も最初は今の十波みたいだったのに、気づいたらこの世界を受け入れてる。
十波……秋月さんはそういう人なんだ。考えるだけ時間の無駄。俺はそう悟った。
「お初にお目にかかります。私、神楽様専属メイドの秋月亜希と申します。以後お見知りおきを」
「え、あ、はい。よろしくお願いします」
「秋月さん。いいんですか? 東雲のあんな暴挙を許して。あの誓約書、俺1ミリも絡んでないですよ?」
「伊織様のお気持ちもわかります。ですが、私はお嬢様のメイドです。お嬢様が悲しむことを見過ごすことはできません」
「俺が酷い目に遭ってもですか?」
「お嬢様の言うことを聞けるのはご褒美ですよ?」
「あ、はい」
そっか……この人もどっかおかしいんだな。そういやファーストインプレッションは首筋にナイフ当てられるだったな。そんな人が普通なわけなかった。
え? ここにいるやつみんな壊れてんじゃん。どうなってんだよ?
こんなんで本当にまともな作戦練れるの? 不安しかないんだが?
まったく、一人でいる方が楽だったな。ほんと。こいつらといるとなぜか俺が振り回されてばかりだ。
見渡せば騒がしい連中と元天敵の姿。
俺一人の憩いの場だった屋上。それも気がつけば随分にぎやかになったもんだ。
雛森と半ば無理やりに始まった氷瀬攻略作戦の数々。その結果、なぜか俺の周りには氷瀬以外の奴らが集まってしまったわけだが。
しかし、それも次の氷瀬攻略作戦が成功すれば終わり。
この騒がしい時間から解放されて、俺と氷瀬の穏やかな時間が手に入る。
「お前ら、もうなんでもいいから最後の作戦会議するぞ」
「最後……ですか。でも、そうですね。氷瀬先輩と付き合えたらこの関係もおしまいですもんね」
「私はこの関係が終わっても伊織さんと絡みに行きますからね! 絶対に逃がしません!」
「まあ、やれるだけやってみなさいよ」
各々がそれぞれの想いを胸にしまい、ここに最後の作戦会議が改めて始まった。
全ては、氷瀬と付き合うために。
そのために俺はここまでやりたくないことも含めて色々やってきたんだ。
言われなくても、やれるだけやるさ。俺のやりたいようにな。
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