第32話 決戦は日曜日
次の日。昼休み。以前東雲からとんでも弁当をご馳走になった中庭。
今日は東雲ではなく、クラスの女子2名+俺が座っている。
「中庭も意外と悪くないわね」
そう言ったのは十波。向かい合った先で自前の弁当を広げながら辺りを見渡している。
今日は影に潜んでいるメイドはいないから何もないぞ。
「そうだね! なんかいつもと違う雰囲気で新鮮かも!」
そして、その隣にいるのは我が女神。氷瀬玲奈その人だった。
十波は本当にランチをセッティングした。なにやら氷瀬もノリノリらしく、喜んでいたとは休憩時間の十波の言。ウィンザー効果は俺にしても意味ないんだけど、それでも好きな人が俺とのランチをノリ気なのは嬉しい。
その氷の乙女は初夏の暑さでも色褪せない輝きを放っている。太陽……お前の輝きも氷瀬の前では2番目なんだよ。だから少し暑さを自嘲しろ。まだ6月だぞお前?
氷瀬も自分の眩い弁当を広げて手に付けた。羨ましいぜ卵焼き。お前は氷瀬の口の中に入れるんだな。
「野中君はいつもコンビニのパンなの?」
氷瀬が俺の食べるパンを見ながら言う。
「ん? まあそうだな。母さんに朝早く起きて弁当作ってもらうのも悪いからそうしてる」
その代わり昼ご飯代はいくらか貰っている。
まあバイトである程度は稼いでるけど、それでも出費が浮くのは嬉しい。
母さんは遅くまで寝れる。俺は昼ご飯代を貰える。まさにWin-Winの関係。
「そうなんだ。でもコンビニのパンばっかりだと栄養バランスよくないよね」
「まあ家では普通に食べてるから、昼くらい不健康でも大丈夫だろ」
父さんはなんか血糖値が……とか言って最近野菜を食べるようになってたな。
「だめだよ。健康は大事なんだから普段から気を付けないと。ほら、私のきんぴら少しわけてあげる!」
氷瀬はそう言って自分のきんぴらを俺のアンパンの上に乗っけてきた。受け皿ないから仕方ないね、ってそうじゃなくて!
俺はアンパンの上に乗った女神の施しに目を向ける。
きんぴらごぼうってこんなキラキラしてたっけ?
東雲の超高級弁当とは違う輝きを放っているきんぴら。アンパンがくすんで見えるぜ。でもなアンパン、お前は悪くない。きんぴらが輝きすぎてるんだ。
てか、え? 氷瀬の弁当のお惣菜を……俺が食べる? そんな幸せなことがあっていいの?
「いいのか?」
「もちろん!」
「そ、そっか……じゃあ……」
え? マジで食べていいの!?
「早く食べなさいよ。玲奈の弁当が食べられないっていうの?」
俺が現状に戸惑っていると、十波から鋭い眼差しを向けられる。
そういえばお前は氷瀬のことを病的に愛してたんだったな。幸せで忘れかけてたわ。
「食べないなら私が食べてもいいんだけど?」
よだれを垂らした顔で氷瀬のきんぴらを見るな。
お前隣の人にその顔見せていいのか? 氷瀬は気づいていないようだった。
「は? お前なんかにあげるか! これは俺のだ!」
十波から本当にこれを奪い取られそうなほど恨めしい視線を感じて、俺はアンパンの上のきんぴらを口に運んだ。
ごめんなきんぴら。お前たちも本当だったら氷瀬の口で咀嚼されたかったろうに。
懺悔と感謝を一緒に咀嚼して、俺は幸せの塊を胃に流し込んだ。
体が……脳天から足先までその全てが世界に感謝している。ラブ&ピース。これが、世界の真理……!
「どう? おいしい?」
「ありがとう氷瀬。このおいしさは一生忘れない」
単純な味なら東雲の弁当の方がうまい。だけどこれは、幸せという勝負では比べ物にならないほど圧勝している。
氷瀬というプラス効果はとどまることを知らないらしい。ふへへ。幸せ。
「おおげさだなぁ」
「そんなことないわ!」
「えぇ!? 朱莉どうしたの!?」
食い気味に十波が反応したもんだから氷瀬が驚いてピクッと肩を上げた。
「玲奈の弁当は美術館に飾れるくらい価値の高いものよ。一生忘れないのは当然の感想よ」
「え、そうかな……?」
おい十波、氷瀬が若干引いてるぞ。お前自分が思ってるより全然変態性を隠せてねぇぞ。この前は真剣に悩んで普段は隠してるとか言ってたけど全然隠せてねぇぞ。お前の自覚と世間の感覚相当ずれてるっぽいぞ!
「それにしても意外だったな。朱莉が野中君と一緒にお昼ご飯食べようって誘ってくるなんて思ってなかったよ。いつのまにそんなに仲良くなったの?」
「それは……」
氷瀬の真っすぐな瞳に、十波が口ごもる。
氷瀬の疑問はもっともだろう。ごく最近まで十波と俺はいがみ合っていたわけで、それが急にその相手と一緒に昼ご飯を食べようってなったら普通は疑問に思う。
しかし、俺と十波の仲をつないだのは十波が持っている特級呪物だ。あの氷瀬への狂気じみた愛の呪物が原因ですとは十波も言えないだろう。
ま、十波がなんて言うか面白そうだから静観しよう。
「あんた……説明しなさいよ」
やがて十波が助けを求めるように俺を見る。本当のことは言えないから何とかしろってことね。
十波がどう答えるか楽しみにしてたけど、十波はこのランチをセッティングするっていう最強プレイをかましてくれたからな。仕方ない。受けた恩はしっかり返しますよ俺は。
「そうだな……簡単に言えば、色々あって十波の誤解が解けたんだよ」
その色々が濃すぎてダークマターになってるけどな。黒を超える深淵。覗いたら覗き返されるあれ。
「そうなんだ! ほらね朱莉、私の言った通り野中君は噂されてるような人じゃなかったでしょ!」
「まあ……それは……そうね」
なんで煮え切らないような顔してるんですかね十波さん。
大好きな氷瀬が俺のことを褒めてるのは気に食わない感じですか? いやぁごめんな!
「野中君は面白い人なんだよ! 朱莉の誤解も解けて私は嬉しいな!」
「…………」
おい十波、そんな感情を殺した目で俺を見るな。大好きな女が別の人を褒めたっていいだろうが。現実を受け入れろ。
これが底辺から好感度を上げ直した男なんだよ。谷が深いほど上がり幅は大きいんだよ。
「それで、仲良くなったのはいいけど、どうして急に一緒にお昼ご飯を食べようと思ったの? 私は全然いいんだけど、ちょっと気になるかな」
「「…………」」
俺と十波の視線が交差する。
べつに今日は目が合えばバトルになるわけではない。事前に話した内容をここで切り出すかどうかのアイコンタクトだ。
俺は氷瀬に気づかれない程度に小さく視線で頷いた。ここで行くぞ。その合図だ。
十波も俺の反応を確認してから視線で頷いた。
「野中が、玲奈ともっと仲良くなりたいって言ってきたのよ」
「それで一緒にお昼ごはんなんだ!」
「いえ、もうちょっと先のことまでしたいのよ」
「もうちょっと先のこと?」
「そう。ほら、最後は自分から言いなさいよ」
「だな。氷瀬、俺と遊びに行かないか? お前ともっと仲良くなりたいんだ」
その言葉に氷瀬の表情が一瞬固まった。
デートの最後で氷瀬に告白する。それには前提としてまず氷瀬とデートに行かなければならない。これを断れられる時点でまだ告白に至れるほど仲良くはない。仲良くなれたという俺の想いは勘違いで仕切り直し。
しかし、勝算がなければ誘わない。だから不思議と緊張はなかった。
断られる恐怖を持って誘うなど愚の骨頂。男たるもの堂々としていればいいのだ。
「それは……二人で?」
伺うような上目遣い。
「当然だろ?」
「そっか……いいよ!」
想像より早い回答。
「じゃあいつにしようか? 野中君はいつがいい?」
「今週の日曜は?」
「うん、大丈夫。私も野中君ともっと仲良くなりたいと思ってたんだ。だから楽しみ!」
氷瀬はそう言って柔らかく微笑んだ。
とんとん拍子に進んで内心驚いているが、これで第一関門突破だ。
あとはデートをして夕方に告白すれば完璧。いや、これはさすがに勝ったろ。
なんか氷瀬もわりと俺に好意的っぽいし、勝算かなりあるんじゃね?
「うんうん! 楽しみだなぁ!」
「ああ、楽しみにしててくれ」
「わかった!」
「…………」
楽しそうに笑う氷瀬と対象に、十波はどこか複雑な表情で氷瀬のことを見ていた。
協力するとは言っても、大好きな氷瀬が別の男とのデートを楽しみにしているのを眺めるのは嫌か。俺も好きな子が別の誰かと楽しそうに話してたら相手を消し去りたくなるからわかるぞ。
でも十波、お前は最強の味方だ。よく敵キャラが味方になった場合は途端に弱体化することが多いけど、お前は最強のままだったよ。
ちゃんと今度地獄のトークショーに付き合ってやるから許してくれ。
とにかく、決戦は今週の日曜日だ。やるぞ、俺!
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