第31話 昨日の敵は今日の盟友
もはや定番になっている屋上。つまり作戦会議。
6月中旬の日差しはだいぶ強い。無策でずっといたら日焼けしてしまいそうなほどに。裸で寝転がったら天然の日焼けサロンになると思う。やりたい人がいたらどうぞ。
「あっついですねぇ……」
雛森がけだるそうに言う。その姿は溶けかけのアイスのよう。
「近々どこか空いている部室でもあれば借りましょうか? その方がまだ涼しくなると思いますよ」
「へぇ……どうやって? 部活やってないのに借りられるのか?」
「…………」
いやそこで笑顔のまま固まるなよ。
お前絶対正攻法でいかないやつじゃん。お家の力使うやつじゃん。
「屋上……初めて来たわ」
恒例の屋上での作戦会議。だけどいつもと違うのは、ここにまた一人新たな協力者が追加されたことだ。
十波は興味深そうに屋上を見渡している。まあ、普通は来られないからな。だからこそ秘密の会議にちょうどいいわけだし。
「まあ、ここに来られるのは俺の特殊能力だから」
どやぁ。ワンオブアビリティってやつ。選ばれし人間のみに与えられた特権。
「いい景色……野中にもいいところはあったのね」
「おい待てよ。それは屋上に来られる以外はクソって聞こえるんだよなぁ?」
「ごめんね。自尊心傷つけちゃった?」
「は? お前の言葉で傷つく自尊心なんてない。お前には微塵も興味ないからな」
「そう。なら何を言ってもいいわけね!」
そうはならねぇだろ。
なんだこいつ。俺とポケモンバトルしたいのか? 売られた喧嘩は買うぞ。やる気があるならかかってこい。行け、ピカチュウ! 10万ボルト!
でも、ポケモンが本当に人間へ10万ボルトをお見舞いしたら、普通に人を殺せそうだよな。あの世界の住人は常に命を懸けて戦っていると思うと、作品の見方も変わるってもんだ。
「いやはや、伊織先輩はさすがですね。ちゃんと朱莉先輩を仲間にしたんですから。凄いです!」
これで仲間って言えるんですかね? 俺にはわからない。
「まあ……色々あってな」
「仲間にした割には浮かない顔ですね?」
「はは……」
それは失うものも結構あったから。だって協力の代償に、時折あの地獄の氷瀬大好きトークをサシで聞かないといけないんだから。
得られるものより、失うものの方が多いような気がするのは気のせい?
「いきなり名前呼びなのね」
「嫌でしたか?」
「いや、大丈夫よ。下の名前は夕陽だったわよね? そうしたら私も夕陽って呼ぶわ」
たしかに、今まで十波先輩だったのに、今日は朱莉先輩になっていた。
東雲のことも神楽っていきなり呼んでたし、雛森の中で名前呼びする基準があるのかね。俺も最初から名前呼びだし。
「はい! よろしくお願いしますね、朱莉先輩!」
「ちょっと野中……この子可愛いんだけど?」
狩人みたいな目で俺を見るな十波。舌なめずりするな。
お前の言う可愛いってそのまま受け取っていいかわかんないんだわ。もらったシャーペン舐めたり、ベッドでぐちゃぐちゃに襲いたくなる感じの可愛いだろ? その可愛さの表現技法を俺は知らない。でも、たぶん俺の思ってる可愛いとは違う。
こいつクラスでよくこれを隠し通せてるよな。俺が知らないだけで実は周りにもバレてるんじゃねぇの?
「見た目に騙されるなよ? こいつ結構壊れてるからな」
十波、こいつはたしかに小動物的な可愛さがあるけど、頭のネジは何本か落としてるからな。お前とは別ベクトルで壊れてるから。そのうちわかるぞ。
「んな!? 伊織先輩に言われたくないんですけど!」
「はあ!? お前に比べたら俺なんて相当まともだろうが!」
俺は人間として失ってはいけない倫理観は持ってるから。あるとないではだいぶ違うからなこれ。
「でも、十波さんは伊織さんに感謝した方がいいですよ」
ポケモンを使わなくても間接的に人を殺せる危ない女、東雲が頬を膨らませる。
無害そうな顔してこいつが一番ぶっ壊れてる。
下手な男が「へぇ……面しれぇ奴」とか言った次の日から消えていてもなんら不思議ではない権力を有している。
「え? どうして?」
十波はわけがわからずに首を傾げる。
そりゃそうだわな。急に俺に感謝しろとか言われても意味わからないよな。
しかし、今回は本当にその通りだからしっかり感謝しろ。そして俺をお前の地獄のトークショーから解放してくださいお願いします。
「伊織さんが十波さんを仲間にしていなければ、私があなたを消す予定でしたから」
「消す? どういうこと?」
「あんま気にすんな。もう終わった話だ」
「そう? じゃあそうするわ」
そう、もう終わった話だ。だからこれ以上過去を見るのはやめよう。俺が見たくねぇんだ。
意識してしまうとあの日の喫茶店での会話が……うっ、頭が……! これがトラウマか。勉強になったぜ……。
「さあさあ! 朱莉先輩も仲間に加わって、いよいよ決戦の時ですよ!」
「盛り上がってきましたね! そして早く玉砕しましょう! そうすれば私の番です!」
後輩ペアが楽しそうにしている。
既に協力体制が崩壊している模様。先生! 死ぬ前提で俺を突撃させようとしてるやつがいまーす!
「で、あんたはどうしたいのよ?」
「どうしたい、とは?」
「玲奈に告白するんでしょ? どんなシチュエーションでやりたいのよ?」
「言ったら環境整えてくれるのか?」
「は? できるわけないでしょ」
「じゃあなんで訊いたんだよ!?」
「私ならできますよ伊織さん! なんでもおっしゃってください!」
本当にできちゃうから困るんだよなぁ。
いや実際は困らないけどさ、東雲に借りを作ると後が怖そうなんだよな。なんでかわからんけど俺の本能がそう言っている。
「そこの口だけの女よりは有能ですよ私!」
「え、なんかこの子私に当たり強くない?」
「当たり前ですよ。伊織さんに協力するからと言って、過去に伊織さんのこと悪く言っていた事実は消えませんからね。私はあなたのこと嫌いなので」
「え、ええ……?」
つーん、という効果音が似合いそうなほど、東雲は十波に対してそっけない態度を取る。
あの十波がどうしていいかわからずに困惑している。
「伊織さんが消せって言えばいつでもあなたのことなんて消しちゃいますから。しっかり伊織さんに感謝してくださいね」
「野中……この子怖いんだけど」
「おいおい。そんなのいちいち気にしてたらこの先もたないぞ」
こいつのやばさの少しもまだ出てないんだから。
口だけで済ませてるだけまだマシだと思わないとだめだぞ十波。やるときは本当にやれるやつだからなこいつ。だって自分の母親を蹴落とした正真正銘の怪物だぜ? 口だけならまだ可愛いもんだって。
「あんたらどんな関係なのよ……」
絶句してるところ悪いけど、お前もこいつらとあんまり変わらないからな。
なんか自分普通ですけどみたいな雰囲気醸し出してるけど全然普通じゃないから。
「はいはい! 話を戻しますよ! 朱莉先輩の言う通り、告白するにはシチュエーションも大事ですからね!」
「それはまたお得意の恋愛心理学か?」
「そうです!」
雛森はいつものノートをガバッと広げて見せた。
「告白するなら、ずばり夕方ですよ!」
「その心は?」
「恋愛心理学には『黄昏効果』と呼ばれるものがあるんです」
雛森はノートを見ながら今言った言葉の説明を始めた。
黄昏効果。体内時計が不安定になる夕暮れ時は、注意力が散漫になったり、理性的な判断力が鈍ったりすること。
つまり夕暮れ時は相手の本音を引き出したり、告白を成功させたりするには最適な時間ということ、らしい。
「夕方は理性より感情が強くなって、ムードも高まるそうです。なので告白のタイミングは夕方で決まりです!」
「そうすると、どうやってその状況に持ってくかが大事ってことだな」
「ですね。やはり一番は伊織先輩がかねてより希望していた氷瀬先輩とのデートでしょう。デートの終わりで告白……完璧じゃないですか!」
氷瀬とデートの終わりで告白か。控えめに言って最高だな。これ以上ない完璧な作戦じゃないか。
注意力が散漫になってり、理性的な判断力が鈍ったりとかは置いておいて、夕方……告白の定番と言って差し支えない時間帯。まさかこれも心理学的に意味があったとは……学問はどこまでも人間を解剖してしまうな。
ともあれ、成功率を高められるなら使わない手はないわな。
「いい作戦なのは理解しましたが、伊織さんは氷瀬さんをデートに誘えるんですか? あ、私は伊織さんに誘われたらいつでも行きますよ!」
後半のは聞かなかったことにしよう。
「デートか……まあ誘うこと自体は正直余裕だけど、クラスで誘うと氷瀬に変な注目が集まりそうだからあんまりやりたくないな」
俺としては全然いけるんだが、また前みたいに公開告白みたいな空気感は避けたい。好きな人に変な迷惑をかけるのは俺としても望んでいない。
俺は成長する男だから、二度と同じ過ちは繰り返さない。
「だけど、そうするとどうやって誘うかだな」
当然のことながら俺は氷瀬のPINEアカウントを知らない。だからちょっとメッセージでデート行こうぜ! とも言えない。
そもそもデートの約束は口でしっかりしたい派の俺からしたら顔の見えないところで誘うのは論外。
男なら男らしく堂々と正面突破だろ。
「じゃあ、私の出番ね」
「十波?」
「野中、明日の昼はどうせなにもないでしょ?」
「言い方が気に食わないけどその通りだな」
どうせいつも通り恭平と食べるだけだし。
「だったら、私が玲奈とのランチタイムをセッティングしてあげる」
「……十波?」
「協力するって言った言葉に嘘はないわ。最強の味方の力、見せてあげる」
「と、十波……!」
俺は今日、初めて十波のことを崇めそうになった。危ない。
こいつの本性はクレイジーレズだからな。崇拝してはいけない人間だ。
だけど、お前……実はいい奴なのか!?
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