第11話 吊り橋効果実証実験②
「閉じ込められたって……お前が仕組んだんだろうが」
「だって閉じ込められてからのことを確かめないと実験にならないじゃないですか?」
「実験ってどんなだよ?」
「本当に脱出できないかってことですよ」
雛森は体育倉庫の扉を力づくで開けようとするも、ガタガタ音を鳴らすだけで開く気配はない。
「扉は開きませんね。窓も……高いから厳しそうですね」
雛森は上部の窓を見上げる。少なくとも窓の高さまでは3メートル以上はありそうだ。
中の備品を移動させれば何とかよじ登れる足場を作れそう。だけど、ところ狭しと備品が置かれているため、動かそうとしても何から手を付けていいかわからない状況だ。汚部屋みたいだなここ。
「よし、まず自力で脱出が難しそうってことがわかりましたね!」
「なんか楽しそうだなお前」
「そりゃ伊織先輩のために頑張ってるんだから楽しいですよ!」
「その原動力はなんだよ……」
「さあ、次は他力で脱出できないかの実験ですよ! 先輩、スマホを出してください!」
ポケットからスマホを出した。
「電波入ってますか?」
「入ってるな。普通にアンテナ全部立ってる」
「ですよね~」
スマホの電波は完全に通っていた。まあこの程度の壁なら当然だわな。まさかこんなところに電波遮断の妨害とかされてるとも思わないし。
雛森は自分のスマホを確認した後、神妙な面持ちで顎に手を当てた。
「よく、アニメとか漫画で体育倉庫に閉じ込められるイベントあるじゃないですか? あれずっとおかしいなって思ってたんですよ」
「急にどうした? まあそれには同意するけどさ」
なんでそんなことを言い出したのか、それはこのスマホの存在だろう。
昔のアニメならスマホが普及していなかったから、閉じ込められた時に本当の悲壮感が出てくるのはわかる。
しかし時は現代。このスマホひとつで誰とでも繋がれてしまう。助けだって簡単に呼べるだろう。
PINEでも普通の電話でも、電波さえあれば何とかなる。
「これがあれば吊り橋効果もクソもないよな」
「やっぱりそこがネックになりますね。便利すぎる世の中も考えものですね」
「体育倉庫で出てくるセリフじゃないんだよなそれ」
そのセリフってもっと近未来的な世界で出てくるセリフじゃん?
体育倉庫とか普通に古代な部類に入るからな。今いる体育倉庫の扉の音とかお前ちゃんと聞いてたか? あれ絶対油差してないぞ。年季入りまくってたぞ?
「まあこれで大体状況は掴めました。では友達を呼んで脱出するとしましょうか」
雛森はそう言って俺の方をじっと見つめる。
「なんで俺を見るんだ?」
「先輩は私より1年多く学校にいるんですから当然友達も多くいますよね? 一人くらいは助けに来てくれるんじゃないですか?」
「…………」
「なんで言葉に詰まるんですか?」
額から油ギッシュな雫が浮かんでくる。背中も冷たくなってきた。
「なあ雛森。あえて閉じ込められたのって、俺のスマホを使って脱出できると思ってたからか?」
「当たり前です。助けに来てくれる友達くらい普通にいますよね? なんで目を逸らすんですか?」
……まずい。これはまずいぞ。
さっきから嫌な汗がとめどなく溢れてくる。
「雛森……俺は自慢じゃないけど友達が少ない」
「……なにか嫌な予感がするんですが?」
先ほどまで余裕そうだった雛森の顔が僅かに歪む。
俺は追い打ちをかけるように、雛森に自身のPINEの友達一覧を見せた。
「この学校にいる俺の友達は、お前と恭平しかいない」
「…………え?」
この時、初めて雛森の顔に焦りが浮かんだ。誤算。手に取るように感情がわかった。
「俺は、友達が少ない」
「わぁ……」
「俺に期待をするな。だから雛森、お前に任せた」
「…………」
今度は雛森が目を逸らした。
「雛森?」
「伊織先輩……自慢ではありませんが私も友達が少ないです」
そう言って雛森は俺に自身のPINEの画面を見せた。
友達のページ。いるのは一人だけ。俺だけだった。
「私の友達は、先輩だけです!」
それは、諦めを感じさせる清々しい笑顔だった。
まさか家族以外では二人しか友達がいない俺より少ない奴がいるとは。ってそんな場合じゃねぇ!
「おま!? どうすんだよこれ!? もうほぼ脱出の見込みないじゃねぇか!?」
「落ち着きましょう伊織先輩! 先輩には一人だけ頼れる仲間がいるはずです!」
「そうだった! とりあえず連絡しないと!」
恭平へ通話を呼び掛けてしばらく、反応はなかった。
めげずにもう一回かけてみたけど、それでも出なかった。
しかし、代わりにメッセージが来ていた。
『今忙しいから出れない。どうした?』
『緊急事態。体育倉庫に閉じ込められた。助けろ』
『草。それなんてギャルゲー?』
『違う! 本当なんだよ。学校の体育倉庫に閉じ込められてんだよ!』
『お前も面白い嘘吐くようになったな。でも俺今電車でソシャゲの周回してるから忙しいんですわ。んじゃ』
「恭平? 恭平!? ちくしょうお前なんて友達じゃねぇ!」
とりあえずラインをブロックしておいた。これで俺の友達も雛森だけになる。
電車って……お前帰るの早すぎんだろ。少しは学校で時間潰してろよ。
俺は雛森へ、さっき彼女が俺に向けた様な諦めの笑みをお返しした。
雛森はそれで全部察したようだ。
「伊織先輩……本当に閉じ込められちゃいましたね」
「他になんか脱出の策はないのか!?」
「ありません。伊織先輩の友達が少なかった時点で私の作戦は詰みました。私の判断が甘かったです。すみません」
雛森は申し訳なさそうに頭を下げた。そのはずなのに、俺はなんか複雑な気持ちだった。
お前の友達が少ないから閉じ込められちゃったよ。ははは。みたいに聞こえるんだわ。てか絶対そうだろ。
まあいいや。今はそんな悪態を吐いている場合ではない。
「で、どうすんのこれ?」
頼れる仲間は来ない。文明の利器というチートアイテムを持っていても、使う方がポンコツだとこうして脱出できないことが証明されてしまった。嫌な真実だ。
俺たちが自力で出られないことはさっきの雛森の検証で確認している。
つまり……詰み。
「まあ明日にはきっと出られるから大丈夫ですよ」
雛森が言うには、用務員さんが朝一でカギを開けに来てくれるらしい。
「ここに泊まりとか勘弁しろよ! 最悪じゃねぇか!」
「うるさいですよ! これも全部伊織先輩に友達がいないのがいけないんじゃないですか!」
「いないんじゃない、少ないんだよ! そこ間違えるな!」
「0と2なんて大した違いじゃないでしょう!」
0と2じゃ雲泥の差だからな? そこは間違えるな。
「じゃあお前はどうなんだよ! お前にもっと友達がいれば万事解決だっただろ!」
「私のことはいいんです! 入学してすぐにみんな友達なんておかしいんですよ!」
「まあ……それはわかる」
無暗やたらに友達の名前だけ増えてもなってのはわかる。
「はぁ……私たちが言い争っても仕方ないですし、ここは奇跡を信じて少し待ってみますか」
雛森は床にちょこんと腰を降ろし、スカートを抱きかかえるように体育座りした。
俺も少し間を開けて座ることにした。体育倉庫の床は想像以上に冷たくて、座った瞬間にゾワッとした。
ただ無言の時間が続く。
「先輩、このまま次の日の朝まで取り残されたらどうしますか?」
下校時刻の鐘が鳴る頃、不意に雛森が口を開いた。
「私たち……二人きりですよ? ドキドキしますか?」
吊り橋効果。ドキドキする状況にいることで、そのドキドキを相手への好意や恋愛感情だと思い込んでしまう現象。
つまり、不安や恐怖や驚きのドキドキを恋愛と錯覚する心理作用のこと。
心理学ではこれを『錯誤作用』と呼ぶらしい。ある現象が起きたとき、その原因を誤って判断してしまうこと。
この状況。いつ助けが来るかもわからない状況。
心理的にはドキドキして、雛森の顔が妙に色っぽくな……らない。全然効果ない。
「いや全然」
むしろよくもやってくれやがったなって感情しかない。
ここは吊り橋でもなんでもなく、ただの平坦な地面でしかなかった。
「お前は? 吊り橋効果出てる?」
「いえ全然。理論を知ってると全くと言っていいほど効果ないんですね」
「そりゃそうか。ん?」
見れば、座りながらも雛森が小刻みに震えている。
「どうした雛森? 寒いのか?」
「伊織先輩。私、体育倉庫に閉じ込められたとき、もうひとつ気になっていたことがあるんですよ」
「急にどうした?」
「トイレって、どうすればいいんですかね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます